3、楽しいダンジョンの遊び方【完】
「さてと、どのへんかな」
このダンジョンは、上に行けばいくほど強い魔物やボスが出る。
下層・中層・上層・天層の四つに分かれており、新規の奴ならせいぜい下層止まり。
いわゆるゲームでお馴染みらしい『レベル』。
このダンジョン内にレベルは存在せず、個別の身体能力が物を言う。
ゆえに、上に行くには個人の技量と装備品。
当然ながらレア装備を身につければおのずと強くなる。
これはダンジョン内の宝箱や交換所で入手できる。
個人の技量、スキルは経験則による。
地球人は魔法が使えないから、せいぜい武器の扱いを熟練させるか魔法アイテム便りとなる。
そしてダンジョン内で狩った魔物の数や強さに応じて『ポイン』が貰える。
コインとポイントを掛け合わせた言葉らしいポインは、その名の通りダンジョン内での通貨だ。
剣に防具。
回復薬に魔法アイテム。
食べ物とも交換できるそれは、一定数貯めると【成長のしずく】と引き換えることができる。
【成長のしずく】とは、特定の
物攻、魔攻、物防、魔防。あとは俊敏性。
いわゆる強化魔法というやつだ。
この付与値を積むことで、個人の身体的な技量とあわせて強くなっていく。
そんな仕組みだ。
ちなみに、この世界には多くの魔法が存在するが、【成長のしずく】は人間の魔法使いどもが使う『付与魔法』を
しずくの色が赤なら物攻、青なら魔攻、というように色別で強化したい内容が変わるのだが、このへん仕組みは俺にもよくわからない。
詳しくはアイテム開発部に聞いてほしい。
【成長のしずく】を使い、たくさん強化することで
だから地球人たちはその【成長のしずく】を目当てにポインを稼ぐべくダンジョンに潜るのだ。
「さてと」
俺はあたりを見渡した。
このあたりには例の迷惑なお客様はいないらしい。
「もうひとつ上の層に上がるか」
フロア端の
下か?
俺が急いでワープすると、ジオンさんの言う通りになっていた。
白煙と瓦礫の数々。
見事に壊れたフロア全域の中央──そこにアズ先輩はいた。
「いたいた」
「テンメェッ、マジでふざけんなよ! CEOの愛するこのダンジョンをぶっ壊しやがって、覚悟は出来てんだろうなァ!? アァ!?」
超怖い。
冒険者の胸ぐらをつかんで捲し立てるアズ先輩は
冒険者は白目を剥いて気絶している。
「アズ先輩。落ち着いて」
「ウルセェ! これが落ち着いていられるかってんだ!」
「や、その人、しんじゃいますし」
「はん! どうせ死んでもゲート前に戻るんだ。だったらせいぜい痛め付けてから送ってやるぜ! ヒャッハー!」
ボコボコ殴り始めた。
うーん、流石は天使と悪魔は紙一重。
普段は優しく明るいアズ先輩だが、キレると昔が出る。
大昔は天界でブイブイ言わせていたらしいから、今はこれでも丸くなった方だとジオンさんが前に言っていた。
やっとアズ先輩の制裁か終わり、冒険者の身体は床に倒れた。
「──で、ずいぶん派手なぶっ壊しですけど、神級爆弾を?」
「……ごほん。それがわからないのよ。召喚用のアイテムを使ったところまでは見たのだけども」
元に戻ったアズ先輩が天井を見上げる。
ぱらぱら石くずが降ってきて今にも倒壊しそうだ。
とはいえ四つの階層は微妙に次元をずらしているとかで、下層の上、つまり中層部より上の階への影響ない。
あるのはこの下層フロア1から10まで。
この様子だと一気にぺしゃる未来は確定している。
しかし案ずることなかれ。
修繕作業は一瞬で戻る。なんとも便利な建築魔法なのである。
俺はアズ先輩に尋ねた。
「わからない? 召喚用って……なにを出したんです?」
「さぁ」
アズ先輩が肩をすくめる。
通常、召喚された魔物は召喚者の側にとどまる。それがどこにもいない……?
俺はあたりを警戒しつつ後ろを振り返ると、ふいにあの冒険者の身体が黒いモヤに包まれた。
まがまがしい気。
その姿が次第に変貌する。
「アズ先輩、離れて!」
「──っ!?」
冒険者の身体は風船のごとく膨れ上がり、天井に届くほど高く背丈が延び上がる。
頭部には一対の角が。
背中からは黒き羽根が。
その形相は──まさに悪魔だった。
紅の双瞳を光られせた大悪魔がそこにいた。
「あれは……エンペルデーモス……」
アズ先輩の瞳が揺れる。
──ときに、憑依型の
悪魔っぽい見た目の残滓体。
人の無念。
賊や魔物に襲われ死んだ者たちの未練の塊。
通常はただの彷徨う幽体だが、ときおり人に取り憑き、死へと誘うことがある。
中には対象者の身を闇の化身へと変貌させることがあり、それがあの黒き魔人である。
ああしてゴーストが取りつき、変わり果てた冒険者のことをこのダンジョン内では
「どうします? あれ」
「そりゃあ、狩るしかないでしょ!」
アズ先輩が頭上に右腕をかざして神呪を唱える。
幾本もの光の槍が降り注ぐ。
アズ先輩の
「これでおしまい──って、ええ!?」
余裕の笑みをこぼしたアズ先輩の瞳が驚愕に見開かれる。
僕も前方に目を向けると、無傷のエンペルデーモスがそこにいた。
「おかしいわね。あんなカス残滓、いつもなら木っ端みじんなのに……」
カス残滓呼ばわりとはまた酷い。
エンペルデーモスが咆哮を上げ、アズ先輩に向かって突進する。
アズ先輩が羽根を広げて、エンペルデーモスの太い拳を受けとめる。が、瞬く間に弾き飛ばされてしまう。
「アズ先輩!」
「きゃあ──っ!?」
悲鳴をあげ、アズ先輩は床に打たれる。
膝をついて苦しげに上体を起こした。
「ま、まさかユニーク……?」
ユニーク、とは特殊な変異体のことだ。
このダンジョン内で多くの冒険者を屠ると進化をとげる魔物。
下手をすると、フロアボスをも越える個体も出てくるのだとか。
「どどどど、どうしよう! クロくん! あの燃えカス残滓やたらと強いんだけど! 天使の鉄槌はねのけたよ!?」
「そうですね。天魔法が効かないゴーストとか、どんな進化を遂げたのかちょっと気になりますね」
「ええええええ! なんでそこでワクワク!? 天魔法が効かないんだよ!? 光が効かない闇の者なんて、悪魔王くらいだよ!」
「たしかに」
悪魔の帝王。
魔界を統べる王のことだが、つまりはあの
話は少し逸れるが、王と帝ってどっちが強いんだろうね。
ともかく。
それじゃあいくら『殺戮の天使』と名高いアズ先輩でも荷が重い。
降り注いだ光矢の雨をエンペルデーモスは咆哮ひとつで掻き消した。
アズ先輩が黒くて大きな
苦悶の表情を浮かべてアズ先輩の身体が締め上げられる。
「くっ……クロくん、逃げ、て……。そしてイケメンの増援を……」
アズ先輩の目の端から雫がこぼれる。
なんとも余裕のある苦しみかただ。
「……まあ、しょうがないですね」
いちおう先に断っておくと、これから始まるのは軽いお仕置きを兼ねた『
間違ってもお客様に危害を加えるつもりはないのであしからず。
俺は黒い
「──では。お客様にひとつ、当ダンジョンにおける【遊び方】をご説明しましょうか」
その一。
「当ヘブンズダンジョンは四つの階層に分かれております。上から天層、上層、中層、下層。これらで使える魔法アイテムの中には階層制限がございます」
その二。
「下級アイテムはどの層でも扱えます。中級は中層以上。上級は上層。そして、お客様がお持ちの天級アイテムは、天層フロアのみでのご使用に限られております」
その三。
「万が一、こちらの制限を破った場合は〈殺戮の天使〉アズエルによって
三度、太刀を浴びせて一息。
僕は大きく口を開き、最後──
「以上。ルールを守って『安全第一』に楽しく遊びましょうっ!」
光のエフェクトさながら爆裂音とともに、俺が剣を振りかぶると、エンペルデーモスの身体に深い傷が刻まれた。
地球でいう、袈裟斬りというやつだ。
エンペルデーモスは耳障りな断末魔を上げると黒い
男の身体が元の形に戻る。光に包まれ姿を消した。
どうやら無事にゲートの入り口へと転送されたようだ。
「はー、疲れた」
僕が一息つき剣を消すと、ぼろぼろのアズ先輩が駆け寄ってくる。
「いやー、お見事、さすがはクロくんだね」
「いや。あれくらいアズ先輩がなんとかしてくださいよ。おかげで僕の制服に砂ついちゃったじゃないですか」
エンペルデーモスとアズ先輩の攻防のすえ巻き上がった砂塵。
僕のシャツが埃っぽくなってしまった。
わずかばかり抗議の視線を送るとアズ先輩はまったく悪びれもない様子で笑った。
「ごめんごめん。油断しちゃった」
でも、と俺の額をトンと指で押す。
「流石はこのヘブンズゲートの
パチリとウインクつき。しかし──
「すみません、そろそろ混む時間くるんで」
「ええーーーーー!」
うしろで騒ぐアズ先輩を無視して、俺は額に浮かび上がっているだろう紋様を手で隠し、転送陣の上に足を乗せた。
──ダンジョン最層にある、蒼天の間。
ヘブンズダンジョンのラスボス〈ゼオス〉がいる神の御座。
そこに繋がる長い長い回廊の途中にある、女神の石像。
その脇の石壁を壊すと、小さな通路が隠されている。
そして、その隠し通路を進むと、深紅の扉に彩られた、開かずの部屋がある。
ラスボス撃破後に手に入る、巨大な鍵。
それを固い錠前に差し込み、開かれた扉先に鎮座するのが、
魔族を統べる、悪魔王の名前である。
そう。
これは、隠しボスである俺と、ヘブンズダンジョンで働く愉快な奴らとの、ささいな日常の記録だ。
《なぜ開かずの部屋にいないの?》
おっと。もう一人の俺が語りかけてくる。
なぜ
そんなの、決まってる。
あんなところにいるのは退屈だし、初手で正体を見抜いた奴のみが、この俺を倒せるという、ゲームのルールを無視したサプライズ仕様なのである。それに──
「だってほら。ダンジョンの受付係が隠しボス、だなんて誰も思わないでしょ」
─ 終わり ─
ダンジョンの受付係が【隠しボス】 遠野イナバ @inaba-tono
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