第5話
「はぁ、ようやく着いた…」
教頭先生から解放された私たちは、美術室の前で一息ついていた。
「まさか、今どき廊下を走っただけであんなに怒られるとは思わなかったのですよ…」
さすがの皆月さんも少しだけ落ち込んでいたが、今はしょげている場合ではない。
「でも、この先にあの作品を生み出した張本人がいる。覚悟、できた?」
「大袈裟なのです…ふふっ!」
良かった。やっぱり皆月さんには笑顔が似合う。
「さ、行こう!」
私たちは美術室へと入室した。
私たちが新入生であること、そして美術部の見学を希望していることを伝える。
「あぁ、あなた達のことはみゃーちゃん先生から聞いているわ。私は3年で副部長の
清水先輩はそういうと、私たち2人を席に案内してくれた。
ざっと見たところ、今室内にいるのは20人前後で、1クラスより少し少ないくらいだ。
私たちは最後列に案内された。
案内に従いながら、皆月さんが聞く。
「ありがとうございますです!…ところで、みゃーちゃん先生っていうのは…?」
答えたのは、清水先輩ではなく。
「あなた達の担任の芦原先生のことよ。私たちの学年は芦原先生の授業を経験しているから、親しみを込めてそう呼んでいるの。とても素敵な方だから、少し羨ましいわ…」
瞬間。
私の全てがその人に釘付けとなった。
最前列の中央。
こちらを振り返る際に流れる白銀のショートヘア。
目が合った。
純白の瞳と。
形の良い唇から紡がれる言葉は、音色は、とても心地良く。
「…綺麗、っ」
思わず漏れ出た言葉を抑える。
「ありがとう。私は雛芥子禊。この美術部で部長をやってる。あなたは?」
「蔡姫、彩、です。
私の名を聞いた瞬間、雛芥子先輩の整った表情が少しだけ揺らいだ気がした。
「そう、彩。素敵な名前ね」
雛芥子先輩がこちらに向かって歩いてくる。
そして、私の耳元で…
「だけど、私に見惚れるその顔は、もっと、素敵よ。…食べちゃいたいくらい」
そこから先の記憶は、無い。
気がつくと、私は保健室のベッドに居た。
身体を起こすと、誰かが傍で眠っていた。
燈華だ。
「目が覚めたのね、良かったわ」
保健室の先生だろうか。
白衣の女性が声をかけてきた。
「あなた、美術部の見学中に倒れたのよ?覚えてる?」
脳裏に映像が浮かぶ。
『食べちゃいたいくらい』
「お、覚えて、ます…」
きっと私は酷い顔をしているだろう。
「3年の雛芥子さんがあなたを連れてきてくれたのよ。それから、お友達も途中で着いてきたって。あなたのこと、随分と心配していたわ」
「燈華…」
私は燈華の頭を撫でる。
「いつもありがとう」
そう呟いた私は、もう少しだけ、保健室で休むことにした。
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