希望の地味OL

「いえーい!新色ネイルチップゲットー!」

 ヒョウ柄キャミソールの女が、ふわふわの金髪を揺らし、得意げな顔で小さなパッケージを高々と掲げる。箱を掴むその指も派手な付け爪がキラリと光っていた。


「見て見てアスカー!てかちょーうれしー!もう夏じゃん?こう言う感じの欲しかったんだよねー」

 女は嬉しさを体全体で表しているかのように、厚底ブーツの踵を床で鳴らして小躍りした。


「もういいだろこんなんで……」

 アスカと呼ばれたモデルのように身長の高い女は、所狭しと積み上げられた商品の間を窮屈そうに進むと、片目にかかった銀髪を払い、呆れ顔でため息をつく。

「やべっ!」

 その拍子にいくつかの商品が派手な音を立てて棚からこぼれ落ちる。それほどまでに二人のいる店内は狭かった。


「あ!ヤバ!香水コーナー発見!」

「ちょ!待てって、サーヤ!」

 ヒョウ柄キャミソールのサーヤは軽いステップで店内を動き回り、あっという間にアスカの視界から消え去った。


 二人が今いるのは通称「ゾンキ」。ジャングルのようなレイアウトでお馴染みのディスカウントストアだ。

 いつも聞こえる軽快なテーマソングは聞こえず、静まり返った店内に響くのは二人の声だけだった。


「もー帰ろうぜー。ここ暑いんだけど」

 ウンザリした調子でゼブラ柄のカットソーをつまみ上げては、体に風を送る。褐色の肌には玉のような汗が浮かんでいた。

 近くにあったちょうど良い高さのダンボールを見つけると、長い足を投げ出してぐったりと座り込む。


 すると商品棚の隙間から金髪を揺らし、ひょっこり現れたサーヤは、彼女の仏頂面を見上げて手を合わせた。

「てかここ、ちょー欲しいものいっぱいあるし、もう少し!」

「つってもこれ後が大変だぞ」

 すでに山盛りになったショッピングカートを、アスカは軽くヒールブーツで蹴るが、ピクリとも動かない。

 カートの中身はタオルなどの日用品から食糧、コスメ、酒類と多岐に渡っている。

 少しでも動かせばこぼれ落ちそうだ。


「てかまたここに来る方が大変だしー」

「まーそうだけど……」

 煮え切らない返事のアスカに対し、駄目押しとばかりにサーヤは近くの商品を指差す。

「あ!ほらほら!アスカのちょー好きなこのお菓子もいっぱい入れちゃお!」

 顔色を伺いながらラックに掛かったカラフルなパッケージのグミをごっそり抱えて、いそいそとカートに詰め込んでいく。


「わかったわかった……せっかく来たし、サーヤが満足するまで付き合ってやるよ」

 アスカが渋々といった様子で了承すると、彼女はピースサインを出す。

「やったー!アスカちょーいいやつー!」


「……どうでもいいけど、この量持って帰れるのかよ」

 アスカはため息混じりにそう呟くと、嬉々として商品を漁りに行く彼女の背中を見送った。


 まるで花と巣をせわしなく往復するミツバチのように、商品を抱えてはカートに戻って来るサーヤ。それをうちわを扇ぎつつ、呆れ顔で見ていたアスカだが、いつまでも終わらない様子にとうとう痺れを切らす。


「暑い!もう限界だ!」


 アスカは「ゾンペン君」が描かれたうちわを雑に放り投げると、「もう絶対帰るぞ」と言わんばかりサーヤを睨みつけた。

 その様子にサーヤも渋々といった様子でカートのところまで戻って来るが、まだ未練があるようで、目だけはチラチラと商品を伺っている。

「いつまで見てんだよ!」

 そろそろ本気で怒られそうな気がしたサーヤは、愛想笑いとともに慌ててカートに手を掛ける。


「行くぞ! 」

 アスカの掛け声と同時に二人は全身を使って力を込め、カートを押し出した。

 軋む音を立てながら、カートは徐々に動き始める。


「てか、重っ!」
「ほとんどサーヤの荷物だかんな!」
「アスカのだって結構入ってるし!」軽口を言い合いながら押し続けるうちに、カートは次第に勢いを増していく。
 重戦車さながらのショッピングカートは、通路に積み上げられた商品を軽々と薙ぎ倒しながら進んでいった。


「このまま一気に出口まで行くぞ」

 アスカは体重をかけ、さらに勢いを乗せる。

「てか出口わかんなくなっちゃった」

「こっちだ!」

 全体重を乗せてカートを巧みに方向転換させると、通路は少し幅の広い場所へと変わった。

 と同時に強烈な西日が二人を照らす。


「うわっ! まぶしい!」
 不意に差し込む強い光に、二人は思わず目を細めた。

 やがて、ぼやけた視界の中に光を背負った人影が浮かび上がる。仄かに漂う腐臭。影は何をするでもなく、ただゆらゆらとその場に立ち尽くしていた。


「あれ、ゾンビ入ってきちゃてるよ?」

「つーかドアちゃんと閉めなかっただろ?」

「だったけかなー?」

 笑ってごまかそうとするサーヤを軽く睨みつけるアスカ。

「てかゾンビなんてこのままぶっ飛ばしちゃえば?」

「お、それ良いね!」

 サーヤの提案に軽く答える。

「そんじゃ、気合入れて行くぞ!」
「りょーかーい!」
 サーヤは敬礼のポーズを決め、どこか楽しげに答える。

 二人は再び息を合わせて全体重をカートにかけた。厚底ブーツとヒールブーツ、二人の足が地面を強く蹴り上げる。

 軋む音とともに、ショッピングカートがじわじわと滑り出した。

「ジャマだぞー!」
 サーヤの声が楽しげに響き渡る。

 やがて勢いを増したカートは、振り返るゾンビを容赦なく跳ね飛ばし、二人はそのままカートごと店の外へと飛び出した。


 ◇◇◇


 寿美子はレンズ越しに映る光景に息を呑んだ。
 驚きと混乱が胸を掻き乱し、乾いた唇からかすれた声が漏れる。


「何、あれ……?」


 無数のゾンビで埋め尽くされたスクランブル交差点。
 その中を器用に縫うように走り抜けていく二匹の動物がいた。

 シマウマとヒョウ――。
 異様な光景に、寿美子の思考が瞬時に駆け巡る。

「動物園から逃げ出したの……?」


 だが、すぐにおかしいことに気づく。

 普通であれば獲物と捕食者。それが綺麗に横一列に並んでいる。

 その不自然なほど息の合った動きに違和感を感じ、もっとよく見ようと目を凝らす。


 すると信じがたいことに、二匹が何かを押している。さらに目を凝らして、動きを目で追う。

 それは大量の何かをぎっしり詰めたショッピングカートだった。

「え?幻覚か何か……?」


 そう目を疑った寿美子は、吹き荒れるビル風に霞む目をこすり、もう一度しっかりと見直した。


 今ははっきりと見える。あれは動物ではなかった。

 動物柄の服を着た二人の女だった。


 驚きに声を上げそうになり、咄嗟に口元を抑える。


 もしかしたら、また彼女たちもゾンビに襲われてしまうのではないか。

 今すぐビル内に引き返せば見なかった事にも出来る。

 もう人がゾンビに変わる姿は見たくない。

 恐怖に怯える寿美子だったが、なぜか彼女たちから目が離せなかった。


 彼女たちは須美子の心配をよそに、金髪の派手な髪色と短いスカートをなびかせ、ゾンビを華麗にかわしながら笑顔でスイスイとすり抜けていく。

 身にまとった金属色のアクセサリーが太陽の光を反射して、キラキラと光り輝いていた。


 死と狂気が支配する灰色の街を、ゼブラ柄とヒョウ柄の鮮やかな衣装が切り裂くように駆け抜ける。

 その場のすべてが静止したかのように、彼女たちだけが鮮明で、まるで光そのものが形を持ったかのような鮮烈さだった。


 寿美子の喉がひとりでに鳴る。その堂々たる立ち振る舞い、圧倒的な存在感。

 その躍動感あふれる動きに、健康的な褐色の肌も相まって、野生の動物を彷彿とさせるような生命力が感じられた。


 露出の多いド派手な服装と髪の色。

 褐色の肌と煌めくアクセサリー。


 ──あれは……ギャル!?


 寿美子の思考は混乱の渦に飲み込まれた。

 年は寿美子とそう変わらない二十歳前後だろうか。

 二人のギャルはショッピングカートを押しながら、実に楽しそうに渋谷のスクランブル交差点を疾走していく。


 彼女たちを見ていると、周りにいるのは実はゾンビではなく普通の人間で、世界はすでに元どおりになったのではないかと錯覚してしまう。

 それくらい現実感を失わせるような光景だった。


 しかし、ゾンビはちゃんと目の前に存在している。

 これは一体なんなのだろう。


 寿美子は、その奇妙な光景に心底戸惑い、身体が硬直したまま動けなかった。恐怖と不安が胸を締めつけ、思考が止まってしまう。


 ゾンビに囲まれたこの街で、あのギャルたちはどうしてこんなに堂々としているのか、理解が追いつかない。


 しかし、そんな彼女たちの姿を見つめる寿美子の脳裏に、ある考えがよぎった。
 これが最後のチャンスなのではないか、と。


 このままゾンビの群れに飛び込んで楽になるのか。
 それとも、勇気を振り絞って彼女たちに助けを求めるのか。

 二つの選択肢が頭の中で交差するたび、胸が締めつけられるように痛む。
 息苦しさが増す中で、寿美子は迷い続けていた。

 
 派手な見た目の「ギャル」という人種。普段の寿美子なら、絶対に近づかない。

 いや、近づけない。自分とは正反対の存在。キラキラして、自信に満ちて、何も恐れるものなんてないように見える。

 きっと助けを求めても、冷たくあしらわれるだろう。それが怖かった。


 だが、視線をそらそうとしても、どうしても目が離せなかった。
 あのギャルたちは、ゾンビだらけのこの地獄で、まるで光を放つように堂々と立ち回り、互いに声を掛け合いながら助け合っている。

 
 まるで、ゾンビなんてただの背景のように扱っているかのような強さと活気があった。

 寿美子の胸の奥で、何かがざわめいた。

 
「私も、あんなふうになりたい……」思わずそう思ってしまった自分に驚いた。
 彼女たちは怖い。けれど、その輝きが羨ましい。
 何もかも失ったはずの自分の中に、まだそんな感情が残っていることに気づき、思わず涙がこぼれそうになる。


 自分だって、本当は生きたい。まだ、生きたいのだ。


 寿美子はゆっくりと深呼吸をし、心を落ち着かせようとした。
 決意を固めるために、握り締めた拳に力を込める。

 彼女たちの背中に向かって、寿美子は声を張り上げた。


「助けてっ!!」


 無数の低いうめき声の中に、寿美子の声がこだまする。


 震える声で、必死に大きな声を出したとき、彼女は自分の中で何かが変わり始めるのを感じていた。

 それは、今まで自分の中にあった弱さや恐怖、そして無力感を少しずつ振り払っていく力でもあった。


 ◇◇◇


「えっ、ヤバ!今、声聞こえたんですけど?」

 サーヤが、ふわふわの金髪を弾ませ興奮気味に叫ぶ。


 ゾンビのうめき声しか聞こえないスクランブル交差点に、突如、女の大声が響き渡った。

 彼女は反射的にショッピングカートから手を離すと、立ち止まって周囲を見回す。


「ちょっ!イキナリ離すな!」

 一緒に押していたアスカは、突然のことに驚くも、重さの乗ったその勢いは一人では止めきれず、目の前のゾンビの群れにカートごと吸い込まれるように突っ込んだ。


 ガシャンと派手な金属音を立て、中身を少しぶちまけたカートが数体のゾンビをなぎ倒す。

「おい!これ死んでもおかしくねーぞ!」

 アスカはゾンビの群れから重たいカートを乱暴に引き戻しつつ、顔にかかった前髪を払いのけた。


「ね? アスカも聞こえたよね?」
 何事もなかったかのように問いかけるサーヤに、アスカは怒りを露わに声をあげた。
「聞こえたよ!」

 そう答えると同時に、アスカは彼女に向かって駆け出し、勢いを込めて長い足を突き出した。

 サーヤにヒールブーツが勢いよく迫る。

「ひぃー! 暴力反対!」
 その迫力に圧倒されたサーヤは咄嗟に頭を押さえるが、アスカの蹴りはサーヤの顔をギリギリで掠め、風圧で彼女の金髪を揺らした。

 そしてそのまま背後のゾンビの顔面へと真っ直ぐ吸い込まれると、バキッっと骨が折れるような音が響く。


 アスカのヒールブーツの踵が離れると、ゾンビはゆっくりと膝から崩れ落ちた。
 彼女は重心を低くして構え直し、サーヤを一瞥する。

「空手は暴力じゃねーよ」

 サーヤの足元には、顔が潰れたゾンビが倒れていた。

「アスカやるぅー」

「まだだ!」

 油断なく見回すアスカの視線の先には、二人を囲むように続々とゾンビが集まって来ている。


「ヤバイな……もう行く――」

「いた! 」

 焦りの混じるアスカの声を遮り、サーヤはビルの屋上を指差した。

 近寄るゾンビを蹴り倒しながら、アスカは指差す方向――逆光の中に浮かぶ人影を眩しそうに見上げた。

「あれか」

 女がひとり、助けを求めるように必死に手を振っていた。


「助けて欲しそうだけど、どーする?」
 アスカはゾンビの頭を足で地面に押しつけながら、軽い笑みを浮かべた。

 その表情には、「答えなんて決まってるでしょ」と言わんばかりの余裕が漂っている。


「てかサーヤが見捨てるとかー、ちょー無いから!」

 サーヤは金髪のふわふわヘアをバサッと揺らし、ウインクとともに派手なピースサインをキメる。

 その指先に輝くピンクのネイルが光を反射し、ゾンビだらけのくすんだ世界に一瞬だけ太陽が差し込んだかのようにきらめいた。

「言うと思った」

 アスカもサーヤに笑顔で頷き返す。


 今にも掴みかかろうと寄ってくるゾンビをアスカは回し蹴りで押し返し、「今から助けに行くぞ!」と屋上に居る女に向かって叫んだ。


 だが、行くには建物の周辺のゾンビが多過ぎて、近づくことができそうもない。

 アスカがどうするか思索していると、その横をサーヤが通り過ぎて行く。

「時間無いしやるしかないっしょ!」

「おい、バカ!まだ危ないからはやめとけ!」

「大丈夫大丈夫!じゃねっ!」

 彼女はひらひらと手を振りながら再び走りだす。


「仕方ねーなー」

 弾むように走り去っていく彼女の背中を見送りながら、ため息をつくアスカ。

 目にかかった銀髪をかきあげ、気持ちを切り替えると、勢いをつけて女の待つビルへとカートを押し出した。


 サーヤが向かった先は、スクランブル交差点の真ん中に鎮座する一台のトラック。

 その荷台は片側が羽のように跳ね上がっている。ウイングトラックというやつだ。


 彼女は厚底ブーツを軽快に鳴らしながら、ゾンビを躱してトラックに近づく。

 その荷台の端を派手なネイルの手が、がっしりとつかんだ。


「よいしょっ!」

 身につけたアクセサーリーを煌めかせ、軽い身のこなしで荷台に飛び乗ると、広げた両腕が空気を切り裂くように動き、体全体で堂々としたポーズをとる。その姿は、 まるでステージに立つスターのようだった。


 サーヤは大きく息を吸い込み、視線を鋭く前方に向けた。

 その目はゾンビたちを睨んでいるのか、それとも見えない観客を意識しているのか――。


「正義のクロギャル!サーヤ登場!!」


 サーヤが声を上げると同時に突然、どこからともなくビートの効いたクラブミュージックが流れ始める。

 荷台が即席のステージと化し、スクランブル交差点はサーヤの独壇場となった。

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