第39話 ここはどこ?
二人は道中殆ど黙って、自分の思いに没入しながらドライブした。葵は放心したようにボーっと窓の外を見ていたが、その内いつの間にかまたうとうとしてしまったらしい。ふと気が付くと全く知らない街を走っていた。およそ葵のアパートの周りの町並みとは似ても似つかない雰囲気の街だった。葵は驚いて西澤に訪ねた。
「ここはどこですか?」
「やあ、目が覚めたかい。ちょうど良かった。もうすぐ着くよ」
「着くってどこへ?」
「私の実家だ。ここは横浜の南の方の割と新しい街なんだ。東京とはちょっと雰囲気が違うだろう?」
葵はびっくりして、いっぺんに目が覚めた。先生の実家って……
「君をこんな状態なのに一人で放っておくわけには絶対いかないだろう? だけど私も南君も、今はコロナの対応でどうしようもない。君の面倒を見るどころか、自分の面倒もろくに見られない状況だからね。二人ともシフトがギリギリだし、休みもろくに取れない。私の父は内科医だったんだが、二年前にクリニックをやめて引退してしまった。母は世話好きの主婦なんだが、今は一日家でボーっとしている父に困惑している。二人とも変化が必要なんだ。君が行けばちょうどいい転機になるかもしれない。」
「でも…… 見ず知らずの私が転がり込んだりしたら、超ご迷惑になりそうだし、自分の面倒ぐらい自分で見られるのに……」
「その
「はあ……」
そう言っているうちに、車は一軒の家の横で止まった。
西澤は車を降りると助手席側に回り、葵が車を降りるのを手伝った。葵のリュックと骨壺を車から取り出すと、呆然としている葵を促して門の中に入って行った。
「私は家の中には入らないから、道に停めておいても大丈夫だろう。もう夜だし」
と西澤が言う。
「えっ、先生は中に入らないんですか?」
「今日はやめておく。両親もそう若くないし、私はいつ感染していてもおかしくない職場にいるからね。ウイルスを持ち込みたくはない。君だけ送り届けたら、すぐ帰るよ。明日も朝から勤務だし。その事もちゃんと話してある」
葵は妙に心細くなった。全く見ず知らずの人たちの中に自分だけで入って行くのは、何とも気恥ずかしく、心苦しかった。
「そんな顔しないで。大丈夫彼らは取って食いやしないから」
「いえ、そういうことじゃなくて。こんなにご迷惑ばかりかけて、申し訳ないというか…… 先生はどうしてそんなに良くして下さるんですか?」
西澤は暫く黙っていたが、ふっと真剣な眼差しになると、静かに言った。
「大切な人の命を守りたいと思うのは、男として自然な感情だからね。二度と君をあんな目には会わせたくない」
葵は目を一杯に見開いて驚きを隠しもせず、じっと西澤を見つめた。
「そんな目で見ないでくれ。帰れなくなる」
「えっ?」
その時玄関の扉が開く音がして、西澤のお母さんとおぼしき人が顔を出した。
「啓一なの?」
「そうだよ母さん。近づかないで。この人が葵君、電話で話した人だ。大丈夫かな?」
西澤がそう言うと、中からもしっかりした声が答える。
「大丈夫よ。確かにお預かりしました。あなたは遅くならないうちにお帰りなさい」
「分かった。よろしく頼みます。父さんによろしく」
「はいはい。気をつけてね、おやすみなさい」
「おやすみ」
そう言うと葵に骨壺とリュックを渡し、呆然としている葵と後ろの母親に手を挙げ、道に止めた車に戻っていった。見ているとあっという間に車は走り出して行ってしまった。
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