回復術士、これからを考える


「来るなら来るって言ってくれたらよかったのにぃ」


 酒場でもぐもぐとお肉を貪る私は、エールビールを啜るカルマを相手に文句を言った。

 カルマは「だからそれを言いに来たんだっつーの」と苦笑しているが、相変わらず隣に座っているレイラはキッとこちらを睨みつけている。


「付き合い始めてどんくらいになるんだっけ? 長いことお熱なこって。ひゅーひゅー」


「んなっ!? あ、あんたからかってんじゃないわよ!」


 少し小突くと顔を真っ赤にするレイラで遊んで笑う。

 俗に言うツンデレの素養がある彼女は、こちらからのアクションに対してなにかしら反応が良い。

 私がいるときの鉄氷柱内の会話でもツッコミ役に回ることが多くて、根の真面目さと頑固さがよく現れていた。

 

「正直言うと仲が良すぎて困ってるんだンな。宿を借りるとき『空気読めよ?』って圧がすごいんだンな。隣の部屋から毎夜毎夜……」


「おいドンノちょっと待て」


「あんた聞こえてたなら言いなさいよ!?」 


「言えるわけないんだンな。あんなことや、こんなこと……!」


「……とりあえず、いまの鉄氷柱がどうなってるかはわかったよ。うまくやってるみたいでなによりだね」


 三人は私がパーティーにいたころと変わらず、元気いっぱいに生還してきた。

 てっきりもう会えないかもしれないと心の中で思っていたんだけど……それも杞憂だったようだ。


「みんなが魔物と戦ってるあいだ、私は王国でバカンス楽しんでたよ」


「は?」


「てへっ」


 閑話休題。

 それから互いの近況を報告しおわったころに、カルマはジョッキを机に置いて無言になった。

 腹もくちくなったタイミングで、私は特にその事情を推し量るつもりもなく伺った。


「どしたの? お腹でも痛くなった?」


「ああ、いや。違うんだよ。少し思うところがあってさ。いま子供のときのこと思い出してたところだ」


「子供のとき? あぁ、懐かしいよね。あのときはカルマ、『有名な冒険者になるんだー』って息巻いてたっけ」


「んで、現にいまは国を代表するような冒険者パーティーのリーダーだ。王国のレイドウェーブでも、王国軍の退却を俺たちが守り切って女王陛下直々に勲章までもらったんだ。やばいだろ?」


「夢、叶ってよかったねぇ」


 カルマの夢は子供のころからずっと変わったことがなかった。

 ただ冒険者としてその名を轟かせるために、ずっと剣術や体づくりに邁進していたところを私はそばで見守ってきた。

 そんな幼馴染が夢を叶えて帰ってきたんだから、祝福の一言くらいはあげないとね。


「はっきり言うとさ。後悔してるんだ。お前を追放したこと。どうせならこの勲章を、リーチェと一緒にもらいたかった」


「あっはは、ムリムリ。私がいたら色々あしでまといになっちゃうじゃん?」


「それでも……!」


「カルマ。感情的になりすぎ」


 レイラの一声でハッとしたカルマは前のめりになっていた体勢を直し、咳払いをしてお茶を濁した。

 ちなみに、さっきの私の自虐はべつに嫌味とか自己嫌悪とかそういうところから出てきたものじゃない。

 ちょっと前までの私ならわからないけれど、いまはちゃんと自分のことについて理解しているつもりだ。

 回復魔法の使えない回復術士なんてパーティーに入れていても、敵の攻撃から守るべき味方が増えるだけだから。


「私のこと、気にしなくて大丈夫だよ? たしかにそっちほどの華はないかもしれないけど、アリアちゃんのお手伝いするのも楽しいしさ」


「それはいいんだ。リーチェが楽しそうで俺も安心してる。俺が話したいのはそのあとのことだよ」


「あとのこと?」


「もうすぐ依頼の期間が終わるんだろ? そうしたらお前はまたパーティー未所属のソロ冒険者。おまけに実績もない」


 ……ははーん? なるほどなるほど。

 だんだん私にも話が読めてきたぞ?

 それに気がついた私は手につけていた料理の品々を置いて、汚れた口元を手の甲で拭った。


「悪いけど、鉄氷柱に戻るつもりはないよ」


「は!? な、なんで……」


「いまの私じゃ鉄氷柱には不釣り合いすぎるよ。せめて生命の譚くらいは使えないと、回復術士としての役割ですらカルマに劣った状態なんだし。それに……」


 これはずっと考えていたことだ。

 いまの私は冒険者としてアリアちゃんの工房に身を置いている。

 当然臨時の住み込み作業員だから、冒険者ギルドの依頼の期日を過ぎれば依頼は達成されてアリアちゃんとの生活も終わりを迎えるわけだ。

 だけどそれはあの橋でカルマたちと別れたときと同じように、今生の別れというわけじゃない。


「私、冒険者やめてアリアちゃんのとこで厄介になろうと思ってんの。もちろんアリアちゃんが許してくれるなら、だけどさ」


「冒険者を、やめる……?」


 カルマはとても悲しそうな顔をした。

 それがどうしてなのかはわからないけれど、きっと私にも冒険者でいてほしいと思っていたのだろう。

 あいにく、私の夢は回復術士であって冒険者ではない。

 私の夢において冒険者という道は舗装された近道ではあるけれど、必ず通らなければならない道というわけでもないのだ。


「子供のころに会った回復術士の冒険者を覚えてるか」


 文脈を無視したカルマの一言に、私は一瞬首をかしげる。

 その人のことはもちろん、忘れたことなんて一度もない。

 冒険者ごっこで怪我をしたカルマに、私はなにもしてあげられなかった。

 そんなカルマをその人が、とても綺麗な力で治してくれた。

 その業に私は一目惚れして、私も誰かを救う力が欲しくって、回復術士になりたいと思った。


「王国でな。その人と再会したんだ」


「えぇ!? ちょ、そうなの!? 嘘ぉ! どうしてた? 元気してた!?」


 勢いよく席から立ち上がる私を、座ったままカルマが見つめてくる。

 カルマは肩を落とすような仕草で続けた。


「あの人自体は無事だったんだがな……彼女のパーティーメンバーはドネルヴァ帝国のダンジョンで全滅したんだと。そこからは冒険者を引退して、王国にある小さな村で病院を営んでた」


「そっか……でも、その人が無事でよかった」


「だけど、最近少し困ったことが起こってるみたいでな」


 困ったこと。

 彼女ほどの回復術士の手に負えないこととは、なんとも恐ろしそうな案件だ。

 もしかすると過去の記憶が彼女を美化しすぎているせいなのかもしれないけど、それにしたって彼女の回復魔法は優れたものだったと幼いながらに感じていた。

 だからその困ったことというのがなんなのか、想像もできなかったのだけど、カルマは口を開いた。


「最近村で謎の病が流行っているんだ。症状は発熱、嘔吐、倦怠感、食欲の減衰、そして幻覚。感染経路は不明で、彼女曰く『魔力酔い』に近い」


「それって……」


「ああ、この村でも流行っていた病だ。だがいまは収まってる。蒼醒の霊薬エリクシル・アズールのおかげだ」


 蒼醒の霊薬エリクシル・アズールとは、私がアトリエに来てから初めてアリアちゃんが作った製品だ。

 それは体内の魔力の流れを穏やかにするためのポーションで、かつて流行病で苦しんでいた子供に飲ませると、みるみるうちに病状が回復したのだと言う。

 つまるところ、感染経路も原因も不明のその病の特効薬をアリアちゃんは開発したわけだった。


「彼女は回復術士としての腕はあるが、錬金術や薬学についてはからっきしみたいだった。診察しようにも上手くいかないみたいでさ」


蒼醒の霊薬エリクシル・アズール精製のノウハウがあって、病人の診察ができる人材が必要……?」


「そういうこと。リーチェ、俺は恩返しのためにこの話をお前に持ちかける。俺が、俺自身がここまで来れたのはお前のおかげなんだ。だからお前にも、おなじだけ認められていてほしい。俺を応援してくれたやつがすごいやつなんだって」


 きっと蒼醒の霊薬エリクシル・アズールとその精製法を王国へと持ち込めば、私は猛威を振るう流行病から村を救った英雄にすらなれるかもしれない。私に夢をくれた人の役にも立てるかもしれない。

 私は少しのあいだ逡巡して、もう一度席へと座った。


「私は……」

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