無能な回復術士の譚

回復術士、追放される

「リーチェ、お前はクビだ」


 予想だにしない一言だった。私はクッキーを頬張る口をぽっかりと開けて呆けながら、思い出したかのように残りのクッキーを頬張った。


「んむんむ……なんで!?」


「心当たりないのか!?」


「むしろ心当たらないところしかない」


「あのなぁ……」


 当然でしょ。冒険者たちにとってもっとも大事なもの。それは「回復」。ギルドからの依頼で危険な場所に赴くのが常な職業である冒険者は、もちろんその一回一回に命の危険がある。もしもの保険に回復術士をパーティーに入れておくのは当たり前、というかそうしないのはよほどの命知らずか世間知らずぐらいのものなわけだし。

 そんな回復術士である私を追放だなんて、冗談の類いかなにかなんだろう。


「言っとくが俺は本気だからな! そもそも回復のできない回復術士ってなんだよ! 詐欺だろ!」


「はぁぁぁ!? それ言ったら戦争だかんね!? っていうか回復できないわけじゃありませんー!」


「包帯巻いたり消毒したりしかできない回復術士は回復術士とは言わねぇ!」


「荷物運びとか必要装備のおつかいとかしてますぅぅぅ!!」


「それ要するにただのパシリ! 雑用! 回復術士の仕事じゃねぇから!」


 そう言われると言葉に詰まる。確かに私は回復魔法が使えない。

 回復術士を名乗るにはギルドが行なう回復術士の試験をクリアする必要がある。それぞれ実技試験と筆記試験の二つの合計点が百点満点中半分に達することができれば晴れて回復術士だ。私はそれを実技ゼロ点、筆記五十点で突破した超絶ミラクルプリティホーリィガールなわけである。

 そんな花より麗しく儚い私の精神は心無いパーティーのリーダー、カルマにこてんぱんにされ、助けを求めるようにレイラの方へと目を向けた。


「レイラぁ……」


「あんたこの前、私のお金勝手に使ったでしょ」


「……」


 いや、ちがうんです。倍になって帰ってくるはずだったんです。

 メヴァリルの街に滞在していたとき、酒場の席での勢いでポーカーする流れになっちゃったわけで、やるならなにか賭けないと面白くないじゃないですか。生憎そのときは持ち合わせがなかったので、となりで眠っているレイラさんから無断でお金を貸してもらったというか。眠ってるうちに返せば変わらないだろうと思ったというか。まぁ結局全部まとめて溶かしたんだけど。

 私はターゲットを変更して、比較的優男のドンノの方を攻めることにした。


「ど、ドンノぉ……」


「お金返して欲しいだンな。オデの作った料理に毎回微妙な悪口言わないで欲しいんだンな。寝てるとき洗濯バサミを鼻に挟んでくるイタズラをやめて欲しいんだンな。お金返して欲しいんだンな。オデの斧に『はものからあげ』って変な銘を勝手に入れるのやめて欲しいんだンな。オデの虫嫌いわかってて虫を服の中に入れてくるのやめて欲しいんだンな。お金返して欲しいんだンな。」


 ……こいつはさすがに無理か。


「ちなみにいくら貸してるの?」


「三百銀貨だンな」


「軽く家一軒建つぞそれ……」


 ドン引きアンド軽蔑の視線が痛い。正直ドンノに関してはさすがに「やりすぎか……?」と思っていた節はあるのでなんとも言えないのが辛い。


「っていうかそもそも! なにこの私をよってたかってみたいな構図! 裏で結託して私のこと追い出そうとしてるんでしょ!」


「いや、最初からクビだって言ってんだろうが。真っ先にお前のこと追い出すって宣言してただろうが」


「カルマぁ……やだよぉ考え直してよぉ……幼馴染のよしみでしょ……」


「おっ……まえなぁ……」


 私が泣いて縋り付くとカルマは顔を真っ赤にして明白に戸惑う。

 ふっふっふ、私は知っているのだよ。カルマは昔から私にはちょろい。幼馴染であり冗談抜きで顔には定評のある私に対して、非モテをこじらせたカルマ少年が甘ぁくなってしまうのは無理のない話なのだ。この私のお色気の術で、ひとまずはこの場を乗り切ることにして───


「ダメよ。カルマの隣をこれ以上あんたに明け渡してるつもりはないから」


「レイラ……?」


「これからこいつの隣は、私の居場所だから!」


 カルマの腕にギュっと抱きついたレイラに、カルマは跳ねるように驚いたあとで照れくさそうにニヤついた。


「……は?」


「俗に言う『ねとられ』ってやつだンな」


 ねと、られ……?

 この、超プリティーホーリィチャーミングガールの私が……?


「……いや、確かにプライドはちょっと傷ついたけど、カルマだったら別にいいか」


「……」


 その瞬間に私は宿の部屋から蹴り出された。

 廊下を転がってしたたかに全身を壁にぶつける私の前で、無常にも扉はばたりと閉められてしまった。


「……え、これマジなやつ?」


 なんだか雰囲気的にちょっと怒ってそうだったし、もしかしてだいぶまずかったりする?

 私はどんどんと扉を叩いてノブを捻った。だけどすでに扉には鍵がかけられており、私の意思ではもう部屋に入ることすら叶わなかった。

 間違いない。これは、マジなやつだ。

 血の気が引いていく私は、ようやく本気で、命乞いをするつもりで、ドアに縋り付いて叫び続けた。


「ごめんなさい! ホントに! マジで! めっちゃ反省した! お願い許して!?」


 しかし残念ながらとうとうその扉が開くことはなく、やがてそのまま宿屋の店主が私のことを外につまみ出したのを最後に、私は冒険者パーティー「鉄氷柱」を追放されてしまったのだった。

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