第45話 「だってわたし高校、普通科だったから……」女子高生のサミーナ(16)か。


 艦内へのアクセスハッチは、手動のレバーがついていた。

 ロックをはずしてからレバーを時計周りに50回転。ジンたちが無重力でやるのは骨が折れるだろうから私のマニピュレーターで回してやる。


 ハッチが開いた。その先はまだエアロックの小部屋だ。

 ジンはサミーナが先に入るのを待っていた。まあ軍人だし、年上だし、なんとなく譲ったのだろう。


『先にいってくれ』


『? ……はい』


 ジンがエアロック室に入る。さらに扉があって、その向こうが艦内通路のはずだった。


『たぶん、艦内は非与圧ですね』


 扉についているゆがみゲージを調べながらジンが言った。


 仮に扉の向こう側が1気圧なら、この扉には約20トンの力がかかっていることになる(すごく危ない)。

 もちろんハッチはらくらく耐えられるくらい頑丈だが、20トンの気圧の力でわずかに数ミリ歪む。その歪みがハッチの外に取り付けられた1・5メートルのゲージでわかるようになっている。

 とても簡単な仕組みだし、電源もいらない。このゲージは宇宙船の扉にはよくついている(私にはついてない。超小型の気圧計がハッチに内蔵されている。この仕組みは値段がお高い)。


『開けるぞ』


 ハッチはスライド式だった。二人がかりでどうにか開く。

 やはり艦内も空気はなかった。

 無人の通路はまったくの暗闇で、ジンたちのEVA服の照明だけが頼りだった。ヘルメットと腕のLEDが、柔らかな光であたりを照らし出す。


『先に行ってくれ』


『いいですけど……その』


『なんだ』


『もしかして、怖いんですか?』


 若干の、間。


『馬鹿なことを言うな。後ろの方が全体を見渡せるし、判断を下しやすいからだ。軍人のわたしが率先すべきだと考えているなら、それは大きな間違いだ。もし危険があったら、もちろんわたしが前に出る。だがその可能性は今のところ限りなく低いと言っていいだろう。だからわたしが後ろに控えていた方が適切なのだ』


 すっごい早口。


 そのとき通路の奥からEVA服が1着、ふわりと漂ってきた。エアロックの備え付けのものだろう。


『ひゃう……! ってこれはEVA服だな。M82というタイプだ。この時代のEVA服はナノテクノロジーが多用されていて今のものよりも高性能だときく。うむ、見ろ。こんな薄手で、よく放射線を防護できるものだ』


 サミーナのEVA服のバイタルは読み取れなかったが、声のストレスがものすごい。


『…………。まあいいや。行きましょう』


『なんだその物言いは。何か勝手に判断したな? ひょっとして、わたしがEVA服をお化けだと勘違いして悲鳴をあげたと勘違いしてないか?』


『してません。行きますよー』


『答えろ、カミクラ!』


 ジンはそれ以上相手にせずに先導する。


『配電盤、っていってもどんな形なのかな? どこにあるか見当がつきますか?』


『教えてもいいが、悲鳴なんてあげてないからな』


 サミーナは上目遣いで言った。


『はいはい。いいから教えてください』


『……わたしもよくわからない』


 ああ、もう。ジンも私も脱力した。


『〈レイダス〉? 配電盤についてわかる?』


《この時代の艦船の情報は限られていますが、〈S・ヘイワード〉と極端に異なる艦内システムではないでしょう。そうなると、分電盤でも大型の冷蔵庫3〜4個くらいのサイズかと思われます。制御装置や非常用発電機も考えると、専用の部屋が設けられているでしょう》


『ふむふむ』


『ふむふむ』


《配電室は各ブロックごとにあるでしょう。艦の動脈みたいなものですから、艦体構造の中央付近にレイアウトされているはずです》


 普通なら、だが。

 お役所仕事やら設計上のグダグダなど複雑怪奇な理由で、常識では考えられない位置に重要施設がレイアウトされることも世の中多いが。


『さすが! 頼りになるね!』


《えー、まあその。どうも》


『……悪かったな。頼りにならなくて』


『別に少尉のことは何も言ってないですよ?』


 ジンはサミーナ相手だと辛辣しんらつ……というか、当たりがきつい。

 最初のころほどギクシャクはしてないが。


 想像はできるのだ。サミーナは大人の顔をしてジンに接してくるが、実のところ大人一年生なので内実ないじつが伴っていない。高一くらいの彼には、それが欺瞞ぎまんに見えて、つい意地悪く対応してしまうのだろう。

 本当に新任教師とその生徒の関係に似てるよなー。


 さらにその一回り年上の私から見ると、サミーナが気の毒でジンに『手加減してやれよ』とか思ってしまうが、そう言うわけにもいかないし。やれやれ。

 これがエメル相手だとジンも素直なのだが。


 二人はしばらく無人の艦内を探索した。

 通路の構造自体は〈S・ヘイワード〉とそう変わりはない。

 艦首付近なので電探室とミサイル発射管室があるようで、そのクルー用の船室などがいくつかあった。

 私物も漂っていたが、死体などは見かけなかった。

 損害は大きくても原型は保っているし、最終的にクルーはきちんと退艦したのかもしれない。


『この先に配電室があるようですね』


 壁に刻印でそう書いてある。やれやれ、無事に見つかったようだ。

 まず電探室があって、その向こうが配電室のようだ。


『なら、話が早い。〈レイダス〉からの距離は80メートルくらいか? 手持ちの電源ケーブルが100メートルだから、届くな』


 電源ケーブルだけでも30キログラムくらいはあるが、無重力なのでドラムごと簡単に運べるのだ。


 安心したのか、サミーナが率先して電探室に向かった。

 通路を蹴って、すいーっと飛び、電探室の扉を開く。


 いきなり、干からびた死体が抱きついてきた。


『えっ……』


『少尉⁉︎』


『や⁉︎ ちょ⁉︎ ひっ! いっ……!』


 パニクって必死に暴れて死体を引き剥がす。

 無我夢中でもがいていたので、姿勢が180度反対向きになっていて、サミーナはむしろ電探室の奥へ入ってしまった。


『いや……!』


 電探室は、学校の教室より少し小さいくらいの部屋だった。

 こんな名前だが、レーダー以外の全てのセンサ情報を統合するようになっており、非常時は予備のCIC(戦闘情報室)としても機能するようだった。


 中央は大きな円筒状の立体ディスプレイが占めていて、その周囲に10くらいのオペレーター席が取り囲むようになっている。

 いまはもちろん真っ暗だ。

 その席の半分くらいに、やはりミイラ化した死体が腰かけており、さらに何体かの死体が室内を漂っていた。


『やだ……やだ……! おばあちゃん! いやああぁ!』


 サミーナは半狂乱になって手足をふるい、電探室の片隅にぶつかると、その場にあった手すりにしがみついた。

 ひどい有様だったが、ジンの方もやはりこんな死体は初めてだったのか、電探室の入り口付近で固まってわなわなと震えていた。


《落ち着いてください、二人とも。落ち着いて!》


 実のところ、私もミイラ化死体をカメラのドアップで見たので、超ドキドキしていたが、そもそも心臓がなかったし、クロック数が早いのであっという間に落ち着きを取り戻していた。


《この艦の戦没者ですよ! 敬意をもって接しなくてはなりません! サミーナ・リム少尉!》


『はっ。敬意……』


《そうです、敬意です。化け物扱いなど許されません》


 軍人の彼女に、これは効果てきめんだった。

 サミーナはうつむいて何かを考えているようだった。もう叫びもしない。


『ふう……ふう……そうだったわ。〈レイダス〉、お前の言う通りよ』


 胸を撫で下ろし、勇気を出して目を開く。室内に漂う遺体の数々を、彼女は真っ直ぐに見つめた。


『し……失礼しました。UIB軌道軍のリム少尉です。どうか無許可の乗艦をお許しください。この艦の物資をお借りします』


 物言わぬ遺体たちに告げると、略式の無重力式敬礼をする。

 無重力式敬礼というのは、右手でも左手でも良くて、姿勢も向きも問われないものだった。ただこめかみに手のひらを水平に立てるだけでいい。


『しょ、少尉……大丈夫ですか?』


『恥ずかしいところを見せた、カミクラ。この……ご遺体を1カ所に集めるから、君は電源を……ん? あれ?』


 サミーナが怪訝な顔をした。

 いま彼女は電探室の片隅、縦のポール状の手すりに掴まっていたのだが、その手すりから離れられないのだ。


『ど、どうしました?』


『いや……腰の金具が。この手すりとくっついて……。なにこれ?』


 何度も力を込めるがまったく離れない。

 ジンが遺体におびえながらも、電探室に入ってきてサミーナに手を貸した。

 しかし、金具と手すりはくっついたままだ。まるで業務用の強力瞬間接着剤でも使ったかのようだった。


『どうなってるのよ! もう……』


『うんともすんとも言わないですね。あ、これ……真空の冷間溶接ってやつかも』


『なにそれ?』


『知らないんですか⁉︎ 技術科なら高1で習いますよ!』


『だってわたし高校、普通科だったから……』


 女子高生のサミーナ(16)か。写真とかすごく見たいが、いまはそういう場合ではない。


『えーと、〈レイダス〉、説明できる?』


《はい。真空状態で、金属同士の平滑面が合わさった時に、まれに起きる現象です。空気がないと金属の表面が酸化しないため、酸化膜ができません。元からある酸化膜もガス化して消失します。そのため双方の金属原子が剥き出しになっていて、結合することがあります。これが冷間溶接です》


 まあとにかく、真空で起きる変な現象で、ピターっとくっつくのだ。

 溶接と同じなので、ものすごく強固だ。


《これを外す方法はありません。この手すりを切り離すしかないですが、いまある工具では手こずるでしょう。EVA服を傷つけてしまう可能性もあるのでお勧めできません》


『そんな。何か他に方法はないの?』


《まあ、あります》


 気にいらないとは思うけど。


『言ってみて』


《この部屋を与圧して、EVA服を脱ぐのです》

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