第44話 《私はAC戦争のことを知らないのですが。やはり被害は大きかったのですか?》


 接近するにつれその廃艦——『DL−04』の全貌が明らかになってきた。


 やはり巡洋艦だったが、私の持つ戦術マニュアルには資料がない。

 もう使ってない旧式とはいえ、多少の情報は載せておいてくれても良さそうなものだが。


 艦体に書かれた所属がUH——『The Union of Humanity』とある。『人類連合体』くらいの意味か。


《UHとはなんでしょう?》


「UIBの前身だね。AC戦争で発展解消したんだ」


 と、ジンが説明してくれた。


「これは……たぶんステノー級巡洋艦だな。AC戦争ですべて失われていたと思っていたが」


 サミーナが言った。


《よければその巡洋艦について、ご存知のことを聞かせてください》


「よくは知らない。当時の最新鋭艦で10隻くらい建造されたが、『融合派』のサイバー攻撃に脆弱なため、たいした活躍もできないまま大半が撃沈された……としか。10隻? 15隻? 覚えていない。士官学校の戦史でやっただけだから」


「ふーん。少尉って成績優秀だったんですか?」


「ふつうだ。いや——正直にいうと、平均よりやや下だった」


 まあ普段はあのポンコツっぷりだから、平時の教育課程には向いていないのだろう。

 とはいえ士官学校を卒業してるだけでもすごいのだが。

 まあ、あの、ぶっちゃけ、東大レベルです。


 ちなみに私も前世で東大出身者と何人か仕事でご一緒したが、あの人たちはなんというのか、頭のクロック数とかグラボの性能が違う。

 われわれ一般人が10万弱のノートPCだとしたら、あの人たちは50万のゲーミングPCくらいある(逆にいえば根本的に違う人種でもないような気もする)。

 あとなぜか、すごくいい人が多い。金持ち喧嘩せず、という奴だろうか。


 それはさておき。


「まあ、わたしの成績はどうでもいい。あの艦の損傷状況を見たい。まわってくれ」


「はいはい」


 サミーナの正直な答えに、ジンはむしろ好感を抱いたようだった。

 すこし親しみのこもった声で答えると、機体わたしをゆっくりと減速させて、2キロの距離からDLー04をぐるりとまわった。


 遠くからもわかっていたが、艦後部の推進系が大きく破壊されていた。

 大型のメインエンジンは4発のようだったが、そのうち2発は脱落して跡形もなくなっており、残りも大きくひしゃげてぶら下がるか、破裂した花火の焼けカスみたいになっていた。


 ただ他の部分は損傷も少なかった。

 空力的にも洗練されているし、ステルス性もよく考慮されている。

 現在UIBで稼働している現役艦よりも、よほどエレガントな設計に見える。


「なんか……やっぱりきれいですねえ。この時代の船って」


 ジンが言った。


「いろいろと合理化を徹底していたからな。工作機械も今のものより高性能だったし。だが、敵に侵入されるとひとたまりもなかった」


 『合理化』というのにはネットワーク化も含まれているのだろう。あの艦はむしろ『融合派』の艦に似ているくらいだ。

 やはり40年前の『AC戦争』というのが一癖も二癖もあるようだ。

 地球側(?)の艦も、昔は洗練されていたのだ。それが敵のサイバー攻撃で滅茶苦茶な被害が出た、ということだろうか。


《すみません。私はAC戦争のことを知らないのですが。やはり被害は大きかったのですか?》


「大きい?」


 サミーナは鼻を鳴らした。


「それは大きいだろうな。なにしろ全人口の8割が失われたんだから」


 私は絶句した。


 ジンだけでなく他の誰もが、前からこの戦争については口が重かったのだ。その理由がはっきりした。


《8割。なぜです》


「インフラへの侵入、核の同士討ち、それに続く飢餓と無秩序……。文明に依存していた人間ほど生き残れなかったと聞く」


「僕らの親世代から上の人は話したがらないね……」


 それではほとんど最終戦争ではないか。

 私は自分の身の上がAIなことに感謝した。2秒くらいの沈黙で済んだからだ。人間だったら20秒くらいは言葉を失っていたかもしれない。


《そんな……すさまじい被害を出しておきながら、よく『融合派』軍を撃退しましたね》


「『ALTオルトウイルス』とかいうものを使ったらしい。それが功を奏して、融合派は大打撃を受けて、火星に撤退した。ALTウイルスは敵も味方も関係なく猛威を振るったそうだ。おかげでその時代のあらゆるインフラは使い物にならなくなった。ついでにネットワーク技術やAI技術は強く禁じられた」


 いまのUIB軌道軍の装備が、微妙にレトロなのはやはりこういう理由があった。

 私の感覚で言うと、1980年代後期のガジェットを彷彿とさせるところがある。

 電話は有線だし、コンピュータはどれも基本的にスタンドアローン。データのやり取りはディスクを使うし、プリントアウトした紙すら現役だ。


 それと『ALTウイルス』か。

 もちろんコンピュータ・ウイルスなのだろうが、この名前。よくわからないが、そこはかとなく不気味に感じてしまうのは、なぜだろうか。


《貴重な情報を……ありがとうございます》


 もっと詳しく知りたかったが、サミーナもジンもこの話題を楽しんでいないのは明らかだった。

 たぶん、この世界の人々は、まだその戦争の痛手から立ち直っていないのだ。


 ともかく、目の前のDL−04——ステノー級巡洋艦はその前の時代の最後の艦ということになるのだろう。


「昔の巡洋艦なんて、わたしも本物を直接見るのは初めてだ。もっと小さい記念艦は見たことがあるが、空母や巡洋艦はほとんど失われたから」


「艦首はほとんど残ってますね」


 ゆっくりと艦を巡りながら、ジンが言った。

 艦首も無傷とはいかなかったが、比較的に艦体後部よりは損傷が少なかった。


「エアロシェルは艦首にいくつかあるハッチ……たぶんあの中だ、あるとしたら」


「〈レイダス〉のダークソードで切り離すとか?」


《そんなことをすれば、エアロシェルが穴だらけになるかもしれません》


 それにエアロシェルは1個だけではない。

 車のエアバッグのようなもので、複数の箇所に設置されている。

 それがハッチから外に膨らんで、艦体の半分近くを覆って、熱から守る。


 艦首と艦底のあちこちに、だいたい8〜10箇所の専用エアロシェル用ハッチ。それぞれ直径7〜8メートルの円筒状のカプセルに収まっている。


「まずひとつ……右舷側の最前列のハッチ。あれを探ってみよう。そばにつけてくれ」 


「わかりました」


 私はDLー04に接近し、サミーナの言った右舷側のハッチの脇に接舷した。

 脚部と腕部のマグネットを起動し、白く日焼けした艦体に張り付く。


「小型のメンテナンス・ハッチがあるはずだ……」


《ありました。開いてみます》


 新聞紙の半分くらいの大きさのハッチが、エアロシェル用のハッチの脇にある。

 私の指についているマニピュレーターでそのメンテナンス・ハッチを開いてみた。

 外板が経年劣化で歪んでいるのか、全く開かない。大きな人差し指で、ごつんごつんと叩いてやるとどうにか開いた。


 中は真っ暗なパネルがあるだけだった。

 おそらくタッチパネルだ。電気が切れているのでもちろん全く反応しない。


「アナログスイッチは? ハッチの解放レバーは?」


《ありません。これはおそらく……電源がないとアクセスできない仕組みです》


「そんな。じゃあ、まさしくこういう時、どうやってアクセスするんだよ」


 ジンがぼやく。いやまったく。

 この艦は、電源が落ちた場合のことは考慮されていないのだ。

 私の時代にもこういう車があったな……。


 むりやり艦体を切り開いて、エアロシェルを取り出すのはあまり現実的ではない。たぶん壊してしまう。

 逆にこのパネルさえ作動してくれれば、すんなり取り出すこともできるはずだった。

 普通に運用するなら艦のメンテナンスで、カプセルの交換をすることもあるだろう。


「〈レイダス〉、対策は考えられるか?」


《非常用電源も失われているためでしょう。艦の内部に入って配電盤を探し、電源ケーブルを私と接続すれば、一時的に復旧できるかもしれません》


「君の電力を使うってこと? 大丈夫なの?」


《非常用電源を肩代わりするだけですから。それに私のクアッドタービンの最大出力は48000kWです》


 これは人口5000人くらいの町を一機でまかなえるくらいの電力だ。すごいぞ、私。


「わかった。配電盤だな」


 それから少し相談して、サミーナとジンが二人で艦内に入ることになった。

 損傷の激しい後部には近づかずに、前部を探索するならまあ安全だろう。


「じゃあ行ってくるね」


《お気をつけて》


 ジンとサミーナは工具類の入ったバッグをそれぞれかつぐと、私のコックピットを出て、艦前部のエアロックへと向かった。


 二人のEVA服の首のあたりには、小型のカメラがついている。とりあえず艦内の様子は私の方でも見れるはずだった。

 ジンのカメラは視界良好だったが、サミーナのカメラは画面の下3分の1が……立派なお胸のせいで塞がれていてあまり視界が良くなかった。

 まあそれはいいのだが、EVA服の上からもわかる巨乳というのもすごいな……。



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