第40話 「レイちゃん、何か隠してない?」《イイエ? ナニモ?》
コックピット内は散々な有様だったが、意外にも、その後は目的を達することができた。
〈サロン〉級の3つあるメインエンジンのうち2つに、90ミリ弾をそれぞれ30発叩きこむのは簡単だった。
なにしろ至近距離だ。ぱんつで目隠ししていたって外さないくらいだ。
2基目のエンジンが火を吹くのと、ネイがぱんつを取り戻すのは同時だった。
「見えた……!」
これほど情けない戦闘中の「見えた」があるだろうか。
ネイも叫ぶ。
「止まってください、ぱんつがはけません……!」
《あなたは少し黙っててください》
そこでようやく艦内から〈ゼルズ〉が出てきた。なぜか1機だった。
だがこちらは予備弾倉もないし、激しい戦闘機動もできない。
《退避しましょう》
「あ? ああ、逃げよう!」
残弾を適当にばらまいてから、元来た方角へと全速で加速する。
〈ゼルズ〉は追撃してきたが、クアッドタービンの〈
ランダム
敵弾が雨あられと襲いかかるが、まったく当たらない。
敵も追尾を諦めた。
1万メートルほど離れてアクティブ・ステルスを起動し、〈S・ヘイワード〉との合流軌道へと遷移する。
あとは帰るだけ。
やれやれ。一安心だ。
急いでいたのでハッキングなどする余裕もなかったが、あの〈サロン〉級駆逐艦には見覚えがあった。
艦番に『3E』とあったので間違いない。
あのIMC母艦〈ナグルファル〉を中破させた時、やりとりした〈サロン3E〉だ。
あの時も散々な目に遭わせたが、またやってしまった。きっと艦長は怒り狂っているだろう(更迭されてなければ、だが)。
艦載Gストランドが一機だけだったのも、前に搭載していた3機は私たちが撃破してしまったからかもしれない。
「あの〈サロン3E〉だって?」
一息ついてから(ネイもEVA服を着て)私が報告すると、ジンがいぶかしんだ。
「偶然じゃないよね……。追ってきた、ってこと?」
《やはりそう考えるのが自然でしょう。広大な宇宙空間で、偶然に〈サロン3E〉に出会うなど考えられません》
「でも、一隻で? Gストランドも1機しかいなかったし。言っちゃなんだけど、今の僕たちなら勝てる戦力だろう?」
《相討ち覚悟なら十分な脅威です》
「相討ち……」
〈S・ヘイワード〉は
主砲の射程内に捕えれば、十分に致命傷を狙えるし、いざとなれば体当たりもできる。
「失態を演じた者には、名誉を取り戻す機会が与えられています。おそらく同じ艦長でしょう」
とネイが言った。
しかし私の奇襲によって、〈サロン3E〉はメインエンジンを2基失った。〈S・ヘイワード〉の追跡はもはや不可能だ。
「2回任務に失敗したら……どうなるの?」
「場合によりけりですが、いちばん重い処分は老化刑です」
「老化刑?」
「物理世界ではたらく者も最終的にはデータ世界に戻って、クロック数を落として余生を過ごします。老化刑はその権利を
「……死刑とかじゃないの?」
「死刑もありますけど、死んだら終わりですし。他の兄弟姉妹もいますから、あんまり死ぬのは『別に……』という感じです。でも老いていくのは怖いです。皮膚が垂れ下がり、腰が曲がって、頭もどんどん働かなくなって……」
ネイの声色には本物の恐怖が宿っていた。
もしかしたらその『老化刑』の受刑者を見たことがあるのかもしれない。
「でも、普通そうだよ」
「それがわかりません。UIBの人だって病気は治療するでしょう? じゃあなぜ老化は治療しないんです?」
「年を取るのは病気じゃないから……ということなのかな。それにデータ世界に『戻る』って言うけど、その時、肉体はどうするの?」
「物理世界の肉体は分解消去します」
「それ、死ぬのと、どう違うの?」
「ぜんぜん違います。ゴーストコードもデータ世界に転送済みだから死んでません」
「いや肉体から見たら死ぬだけってことでしょ」
「どうしてです? 死にませんよ」
「いやいや、死んでるでしょ!」
「死んでませんって!」
データ中心と物理中心。ものすごいすれ違いである。
世界観と死生観がここまで異なると、こうも噛み合わないものなのか。
ある意味、両者の中間的な存在である私は、二人の言い合いを興味深く聞いていた。
そのあとは大した会話もなく、スケベイベントもなかった。
数時間後〈S・ヘイワード〉に帰艦すると、すぐにジンとネイはブリッジに呼び出されて機を降りていった。
ノーパン騒動のことは2人ともおくびにも出していない。
うーむ。これは報告すべきか否か。
動画はさておき、録音データをサミーナ以下のクルーたちに公開して、厳正なる裁き(?)を受けさせるべきなのではないか?
……まあ、気まずくなるだけで時間の無駄だからやらないけど。
『おかえりなさい、レイちゃん。その……ふたり、どうだった?』
ジンたちが
《……はい、それは》
私はものすごく迷った。
基本、嘘はつきたくないのだ。
でもネイがお尻丸出しでジンに顔面騎●かましたなんて、言えるわけもない。
いや、むしろ『だからアビー、負けずに顔●騎乗です。おしりと太もものボリュームで、ジンを撃墜できる確率は80パーセントを越えるでしょう』とか戦術的な助言をするのはどうだ(だめだ)。
ここは無難に、あいまいに行こう。
《特別に親しくなる様子はありませんでした。多少のトラブルはありましたが》
『トラブル?』
《EVA服の小さな設定などです》
『…………。そう。レイちゃん、何か隠してない?』
《イイエ? ナニモ?》
『なんでそこだけ簡易AIっぽいの?』
《気のせいでしょう》
『まあいいけど……』
とりあえずアビーとの話はそこまでだった。
ブリッジに上がってきた二人には、アビーは普通に接している。
ただジンはさすがにどこか後ろめたそうだ。軽口で『ははは』と笑うところを『は、ははは……』とやっている感じだ。
ますますあやしまれてる。
女の勘はごまかせんぞ、ジンよ。
『そろったな? はじめるぞ』
サミーナが言った。
『臨時のミーティング』ということだったが、どうやら今後の方針を話し合うつもりらしい。
ほかにはエメルやブーバーも呼ばれていたほか、避難民を代表してコラーニという爺さんが同席していた。通信手のアビーや操舵手のケンもその場にいる。
私もサミーナに呼ばれていた。
計算や分析に便利だから、最近なにかと頼られるのだ。会話式AIの便利さが、ブリッジクルーを中心にだんだん浸透していっている。
『センサの調整に出ていたカミクラたちが、敵の駆逐艦と接触した。……カミクラ』
『はい』
ジンが先刻の戦闘の顛末を、かいつまんで説明した。
推進系統に損傷を負わせたので、こちらを攻撃できる位置には来ないことも。
『問題は、敵がわれわれの軌道をおおよそ知っていたことだ。考えられる理由は2つ。1つは味方の空母〈ルスティクス〉との通信を傍受し、位置を推定した。もう1つは――』
サミーナは琥珀色の瞳を伏せて、言い淀んだ。
言っていいかどうか、迷っているのだろう。だが言うと決めたようだ。
『艦内に内通者がいる可能性だ』
サミーナの言葉にブリッジは静まり返った。
『通信機で誰かが、敵に軌道をばらしたってこと?』
エメルが言った。
『そんな……!』
アビーが真っ青になる。なにしろ通信手だ。そんなことなど身に覚えがないのだろう。
『ターンブル、あなたがやったと言っているわけではない。もし内通者が本当にいるならブリッジの通信機は使っていないだろう。あの旧通信室だ』
あの、月のモホロビチッチ基地で、捕虜のクレイ423が使った通信機だ。
艦齢55年の補給艦なので、古い通信室が倉庫代わりに使われていたりしていたのだ。
一同がなんとなくネイに注目する。視線にさらされ、彼女はそわそわした。
『わたし、やってませんよ?』
『わかっている。この場の人間はシロだ』
『しかし艦から不審な電波が出ていたら、〈レイダス〉が気づきそうなものでしょう? どうなんです?』
とブーバー兵曹が言った。
《常時、すべての周波帯を監視しているわけではありませんので……。短時間だと気づかないこともありえます。特にメートル波より長くなると、技術的な理由により監視は困難です》
最近、与圧整備室に収まっているせいで、使っていないアンテナやセンサーが多いのだ。短い波長のアンテナでも整備で眠らせてることがよくあるし。
あの旧通信室には艦内カメラがあるが、さすがに艦内の全カメラを常時監視してはいないし、録画もしていない。これからはしておこう。
『でも、あくまで可能性の話なんでしょう? 少尉』
エメルが言った。
『ええ。空母〈ルスティクス〉との交信の方が可能性は高い。ただ、そういう疑いもあるので、この場の人員は留意しておいてほしい』
私も内通者の疑いというのは考えなかった。杞憂に終わればいいが。
それにしてもサミーナ、さえてるな。本当、非常時とかに強いんだよな……。
『いずれにしても、いまの軌道は敵にばれているので軌道を変更しなければならない。ただでさえ推進剤が少ないのだが……』
『軌道の変更先は?』
ジンがたずねる。
『墓場軌道だ』
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