第39話 「ぱんつは何事にも優先されるだろ⁉︎ ぱんつファーストだよ!」


 現在の軌道だと、敵〈サロン〉級と〈S・ヘイワード〉の最接近時の距離は、およそ1000キロメートルというところだった。


 もちろん敵がそのまま離れていくわけがない。

 どこかのタイミングで戦闘噴射をして、射程内に近づいてくるだろう。


《いまなら敵と味方の間に入れます。猶予は160秒。どうしますか?》


「武器が90ミリ・マシンガンとダークソードだけなんだよな……」


 戦闘なんて考えていなかったので、武装が最低限なのだ。

 だが味方が射程に入るずっと手前で、横合いから襲いかかれるというメリットはある。ほぼ奇襲に近い。


 それとは別に〈S・ヘイワード〉に大急ぎで帰艦して、ネイを下ろして武装を整え、再出撃することもできる。

 これは敵艦の射程内に〈S・ヘイワード〉が入ってしまう上、奇襲にもならない。でも武器は強力になる。


 ネイは黙っている。

 パイロットの判断の邪魔をしてはいけないことを、わかっているようだ。


「単艦なのは間違いないんだよね?」


《はい。駆逐艦なので、搭載のGストランドも3機程度でしょう》


「…………。やるか。〈S・ヘイワード〉に打電。〈レイダス〉は敵艦を攻撃する。許可を願う」


 こうした場合、音声通話ではなく、なるべくデータ量の少ないテキストでのやり取りにする。

 〈S・ヘイワード〉も敵艦の情報は共有しているので、返信はすぐに来た。


《許可が出ました。ただし深追いは禁物、とだけ言ってます》


 サミーナが言って、アビーが打電しているのだろう。


「よし。じゃあネイ、すまないけど戦闘になるよ」


「はい。大丈夫です。セッティングは中止します」


 真面目な声で答えて、ネイはPCを畳む。

 すこし息苦しそうに簡易宇宙服の首周りを触って、仮設シートに座り直す。


「進路を変更。敵〈サロン〉級に最速で接近する」


 私は展開していた後頭部のセンサ類を収納し、敵と交差する進路めがけて加速した。

 イナーシャル・タービンは噴射炎を出さない。敵の赤外線センサに見つかることなく加速ができる。

 だがあらゆる機関と同じく、熱は出る。

 その熱は装甲がラジエーターとなって放射するので(主に赤外線)、けっきょくあまりタービンを高出力で回すと敵に探知されてしまう。


 ちなみに装甲のラジエーターで間に合わないほどの熱は、機体に積んだ冷却剤のお世話になる。この冷却剤もどこまで熱して捨てるかで、難しい判断が要求される。


 たまに戦闘機動中のGストランドが、機体の穴からロケットのような激しい気体噴射をすることがあるのだが、あれは加熱された冷却剤なのだ。

 その冷却剤の噴射の頻度が高いと、その機体はイナーシャルタービンを限界近くまで稼働していることがわかってしまう。


 中には大して熱問題を抱えていないのに、冷却剤をやたらとプシュプシュ出す機体もいる。これはブラフだ。もう大した機動ができないふりをして、誘いをかけているわけだ。

 そうしたあれこれを読み取り、助言するのも私の仕事だ。


 閑話休題。


 最初の数十秒で加速を終えた私は、熱や電磁波を極力出さないステルス状態を保ち、〈サロン〉級に接近した。


「奇襲ができたら、敵艦のどこを狙う?」


 ジンが言った。


《まずなにより推進系です。零距離まで接近して、90ミリ弾をすべてメインエンジンに射撃すれば、敵艦はその後の機動を大きく制限されるでしょう》


「たとえばだけど、ブリッジは?」


《戦闘艦のブリッジは、艦の奥深くに設置されている場合がほとんどです。〈S・ヘイワード〉のような見晴らしのいいブリッジは、本来、民用船のものです》


「わかった。推進系を狙うよ。Gストランドの相手は無理にしないで、後は逃げる」


《いまの武装ではそれが最良かと》


「はあ……はあ……」


「ネイ……?」


 ネイの息が荒い。先ほどから私たちの会話をおとなしく聞いていたので妙だとは思ったのだが。


「あつい……」


 ネイは逆さまの姿勢で対面なので、カメラの位置に背を向けている。その上メットをかぶっているので、バイタルを読み取ることができなかった。

 簡易EVA服のバイタルもUIB製なので無線でリンクできない。


《ジン、彼女のEVAスーツの数字を見てくれますか。手首の表示です》


「ああ。……せ、摂氏48度⁉︎ これじゃ蒸し風呂に入ってるようなものだよ!」


「あつい……あつい……ああ、無理です! ちょっと……もうだめ!」


 ネイは首の金具を回して安全装置を解除し、ヘルメットを外しにかかった。


《いけません、ネイ!》


 なにしろ、いまコックピットは非与圧だ。真空なのだ。

 理由は前に述べた通り、むしろ安全のためなのだが、こうなっては仕方がない。

 私は環境調整システムを『非常』『与圧(0.8気圧)』に設定し、大急ぎでコックピットを大気で満たしてやった。


 たちまちコックピット内に轟音が鳴り響き、暴風が吹き荒れた。

 ネイがヘルメットを外し、かすみ色の髪を振り乱す。汗の粒が空中にまき散らされ、みるみる蒸発していった。


「はあ……はあ……。おかしいんです……このEVA服……!」


「ネイ、落ち着いて! もうすぐ敵艦が……!」


 そう叫ぶジンの声は、彼のヘルメットが邪魔して聞こえていない。

 首のファスナーを外し、そのまま胸から下腹部まで一気に下ろしてから、素早くEVA服の上半身を脱ぐ。インナーは面積小さめのスポーツブラだけだ。


「ちょっと! ちょっと!」


 ジンのEVA服は有線で繋いでいるのでバイタルはすぐ読み取れる。

 脈拍増大。顔面に血液が集中。


「ごめんなさい! あつくて……」


 仮設シートのシートベルトを外し、驚異的な素早さでEVA服の下半身も脱ぐ。

 汗でべとつくせいで、ぱんつまで一緒に脱げてしまった。


 おしり丸出しだ。


 玉の汗が浮かぶ、まろやかな双丘。

 ボリュームからいえばアビーやエメルママには負けるものの、なにしろ生後1週間くらいなのでその肌のきめの細かさは他の追随を許さない。

 思わず手を伸ばして鷲掴みにしたくなるような、それはそれは美しいおしりだった。


 でもね……でもネイさん……。

 これからシリアスな戦闘の予定だったんですけど……。


 あと30秒ですよ。


 ジンもなにが悲しくてこんなところでLS(ラッキースケベ)スキルを発動させてるのか?


「ネイ、だ、だだ、駄目だよ。ぱんつ、ぱんつ……!」


「ああ、涼しい……」


「いいから、ぱんつはいてよ!」


 原因はすでにおおよそ推測できていた。

 EVA服には腰にチューブのソケットがある。そのチューブを機体側と繋いで、長時間の電力供給や吸排気、熱交換をする仕組みだ。

 だがそのチューブはパイロット用の一系統しかない。

 そこでネイ用に、予備の生命維持パック(小型スーツケースくらいのサイズ)を運び込んでいたのだが、どうもその生命維持パックに設定ミスがあったようだ。

 服内の最高温度を摂氏20度(華氏68度)にしたかったところを、摂氏68度に設定したっぽい。普通はやらないミスだが、なにしろ物理世界の初心者のすることだ。ちゃんと確認しなかったジンと私のミスだとも言える。


 だがいまの問題はぱんつとお尻だ。

 そして急速に近づく敵艦だ。


《敵〈サロン〉級との距離10000メートル。遷移加速に入ります》


 まあ自機と敵艦の位置だけからいえば減速なのだが、より大きいスケールでいうと加速なのだ。ややこしい。


「待って、見えない! どいて! お尻!」


「すみません! ぱんつはいた方がいいですか?」


《シートベルトが先です。ぱんつはあと》


「いやぱんつだ! ぱんつは何事にも優先されるだろ⁉︎ ぱんつファーストだよ!」


 ああ。ジンが壊れかけている。

 そして時間がない。


 やむなく5G加速を開始。コックピット内にも後ろ方向に重力加速が1.5Gくらいはかかる。


「きゃあー!」


「うあああぁぁ……ふぐっ!」


 ジンのヘルメットにネイが腰かけるような格好になる。

 これは、いわゆる、顔面騎⚫︎という体勢ではないのか。

 小さめのスポーツブラ一枚であとは何も着ていない女の子が、顔の上に乗っている。

 なんといううらやましさだ、ジン。私と君との友情もこれまでのようだ。


「はあ、はあ……何が……」


 だがさいわい、ジンの息が荒くてヘルメットのバイザーがめっちゃ曇っている。たぶん視界は真っ白のはずだ。あと首が折れそうな重みで、それどころではないだろう。大丈夫、レーティング的にはまだいける!


《敵艦との距離5000……4000……3000……》


「降りて、どいて!」


「あん……だめえ!」


 こんな……こんな昭和のエロコメみたいなシチュエーションで会敵することになるなんて。

 情けない。だがある意味、永井豪先生見てますか、という感慨はある(ない)。


《1000……500……! 通常機動に移ります》


 敵艦への遷移加速が終わり、ネイの体がぷかりと浮いた。


「あうっ……」


「こっちに! ほら! 早く!」


 視界を取り戻したジンがどうにか手を伸ばして、ネイを自分の背中に引っ張りあげる。

 パイロットシートとジンの背中に、半裸のネイが挟まりこむような格好だ。

 かなり無理のある姿勢だったが、現状、仕方がない。

 目の前にお尻丸出しの美少女が漂ったコックピットで、戦える男がいるだろうか?(反語)


 ジンがスティックを握り直した(意味深)。

 スロットルペダルを踏み込み、敵艦の後部にまっすぐ機体を近づける。

 さあ、茶番は終了だ。


 敵艦はすでこちらに気づいており、対空火器で迎撃を試みていた。

 無数の40ミリ弾が火線となって〈レイダスわたし〉を追うが、距離が近すぎて決定打にはならない。

 回避し、回り込み、そのままメインエンジンに取り付く。

 敵のGストランドが出てくるまであと少しだろう。チャンスは今しかない。


《Gシールドが無効な距離です》


「よしっ!」


 90ミリマシンガンをエンジンめがけて照準したところで。


 ふわふわ、ぴたり。


 コックピット内を漂っていたネイのぱんつが、ジンのヘルメットにへばりついた。絶妙なタイミングだった。


「見えない⁉︎ 目が……? 目が!」


「ぱんつ! 返してください! わたしのぱんつ!」


《……もう帰っていいですか?》


 私の脳裏をアビーとの約束がよぎる。

 減圧するか。

 いや、減圧は解決にならないけど。もうやだ今回。








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