第26話 「このまま加速を続けるわ。月を脱出する」
Gストランド同士の戦闘は、まず出会い頭に勝負が決まることが多い。
初手で致命的な攻撃を、先に叩き込んだ方が有利なのだ。
そこで決め手に欠けたままだと、以後は先読みの難しい機動の応酬になって、なかなか決着がつかなくなる。
チェスの立体版のような複雑なやりとりだ。
そうなると数と手数が多い方が有利になる。
ジンと私は2機の〈ゼルズ〉を相手にして、不利な『機動戦(本来の軍事用語とは意味が違うが)』に引きずりこまれていた。
こちらは防御力でも運動性でも〈ゼルズ〉を上回っていたが、ダメージ覚悟で突っ込んでみても向こうが退いてしまう。
そして、すかさずもう1機がマシンガンを撃ち込んできて、地味にこちらのGシールドを削っていく。
最初に3機を落とせたのは幸運だった。
もう1機でも敵が残っていたら、詰んでいたか、それに近い打撃を受けていたかもしれない。
「くそっ! たった2機なのに…!」
しかも残る1機は〈S・ヘイワード〉に向かっている。
ジンが焦るのも無理はなかった。
だが『たった2機』とはいただけない。
ジンは素人、向こうは何百時間の訓練を受けた専門家なのだ。
本来のスキルからいえば、明らかに敵の方が上手だ。それが二人もいる。
いまごろ敵は気付き始めているかもしれない。
『このパイロット、妙だ。動きも直線的だし、まさか素人なのか?』と。
《ジン。焦りは禁物です》
「で、でも」
《こういう時は、基本に忠実に。集中して、ひたすら1機だけに食いついて》
「でも、もう一機から攻撃が……」
《大丈夫です。耐えきります》
「っ……わかった」
〈S・ヘイワード〉が心配だが、エメルがなんとかしてくれるのを期待するしかない。
砲座になったスペクターは、あの基地で見つけた大量のエレメントGカートリッジのおかげで、ある程度はGシールドが展開できるはずだった。
1機の〈ゼルズ〉に集中する。
相手のフェイントをしっかりと読んで、食らいつき、こちらも陽動の動きを織り交ぜる。ある意味、サッカーやバスケの試合にすこし似ていた。
不思議と1機に集中している方が、もう1機からの攻撃も受けにくくなった。
こちらが狙い通りの位置にやってこないのと、味方の誤射を避けるためだろう。
「もう……少し」
時間にしたら、ほんの10秒かそこらだった。
しかしこちらの機動の明らかな変化に、敵が動揺して押されてきた。
ジンが敵を『視界の外』でも捉えているのがわかった。複雑な3次元機動の応酬で、まず必要な能力といえる。
《そうです。1機ずつ、ていねいに、心をこめて——》
殺す。
直上。
弾倉最後の210ミリ弾を、至近距離から〈ゼルズ〉に叩き込む。
頭から入って、股下まで抜けた。
《撃破》
爆縮して消滅する敵機。
実のところ、これまで私とジンは不意打ちや力技でしか敵を落としてこなかった。
これは違う。本当の意味での『撃墜・1』だ。
「やった……?」
これまでと質の違う手応えを感じたのだろう。
ジンも半信半疑でレバーを持つ手をしばし見つめた。
《7時、もう1機が来ます》
ライフルはいま弾切れだ。5発入りの弾倉はまだあるが、交換している暇さえなかった。
「ハンマーを……!」
《レディ》
背中から抜きざまにハンマーを振るう。
ハンマーの頭部が外れて飛ぶ。
かろうじて命中。敵の右腕を吹き飛ばして、きりもみさせた。
「十分だ、〈S・ヘイワード〉へ!」
深追いしている時間はない。ハンマーは収容、損傷した敵機はそのままに、〈S・ヘイワード〉に向かう。
さいわい、われわれの艦はまだ健在だった。
艦尾に砲座として設置された〈スペクター〉が、120ミリ砲と150ミリ砲を惜しみなく撃っている。
〈ゼルズ〉1機はそれらを難なくかわして、マシンガンで〈スペクター〉を何度も攻撃していた。
〈スペクター〉はGシールドで耐えていたが、もう限界だろう。
『だめっ! 素早過ぎて……!』
エメルの声は悲鳴に近かった。
業を煮やしたのか、〈ゼルズ〉が斧を抜いて〈スペクター〉に迫る。
私とジンはまだ艦から遠い。
「エメルさん!」
〈ゼルズ〉が斧を振り下ろす。
エメルは爆発ボルトで〈スペクター〉を艦尾から切り離して、その切先をぎりぎりで避けた。
『この……!』
エメルは至近距離から150ミリ砲を撃った。
さすがに外さない距離だ。
頭部に命中。Gシールドが消失し、衝撃でよろめく。
だが〈スペクター〉も脚のアクチュエーターがない。そのまま転倒し、甲板の上をはげしく滑った。
私は艦に向かって飛びながら、210ミリ・ライフルの弾倉交換を終え、初弾を装填し終えていた。
《撃てます》
「届け!」
800メートルの距離から、艦上の〈ゼルズ〉を狙って撃つ。
命中。
210ミリ弾は敵の左肩と胸部の一部をごっそり持っていった。ほとんど大破だったが、倒れる前によろめいて、90ミリ・マシンガンをでたらめに撃った。
90ミリ弾は艦尾の甲板と、艦前部の構造物、それと艦の水素タンクに命中した。
〈S・ヘイワード〉が着弾の衝撃に揺れる。
「くそっ! ここから撃つとヘイワードに当たる……!」
ジンと私は急いだ。
〈ゼルズ〉はまだ生きている。
冷却剤を血液のように噴き出しながら、艦の前部——
その時、艦の中部に仮設置してあった20ミリ機関砲が火を吹いた。
あのモホロビチッチ基地にあった火器類の一つだ。もう射撃可能になっていたとは——
20ミリ弾が〈ゼルズ〉の装甲や関節を砕いていく。
対ミサイル用の小口径弾だったが、Gシールドを失い大破しかけた〈ゼルズ〉相手なら効果はある。
やがて〈ゼルズ〉はずたずたになって、機関砲の10メートル手前にくずおれた。
「ほっ……」
よくやってくれた。誰だ?
あの20ミリ機関砲は仮設置で、まだ遠隔操作のための有線接続さえしていなかったはずだ。宇宙服を着て直接操作するしかなかったはずだが——
『や、やったか……?』
と言って、折りたたみの砲座から這い出して来たのはブーバー兵曹だった。
ああ、いたの。
まあ……助かったけど(微妙な感謝の気持ち)。
そんなことより(ひどい)、〈ゼルズ〉のばらまいた90ミリ弾の損害が気になる。
『っ……損害は⁉︎』
ブリッジのサミーナが叫んだ。
しかし
叫んだサミーナ自身が制御コンピュータを操作して、損害箇所を調べる始末だった。
《四番の水素タンクに損傷。バルブを閉鎖し漏洩を防ぎますか?》
私はどうにか無線LANで制御に入り、損傷箇所を探し当てた。
『っ……できるの⁉︎ やって!』
《はい》
というか、もうやっていた。
でもあえて聞いてみた。私は上司の顔を立て、職場の雰囲気を大切にする機動兵器だ。
バルブは制御したが、四番タンクはほとんど空になってしまった。
外は真空だから、水素爆発の危険がないのがせめてもの救いか。
私は〈S・ヘイワード〉に追いつき、艦尾に着艦した。
エメルの〈スペクター〉を助け起こし、もう一度砲座に固定し直してやる。
『やれやれ……また命拾いしたわ。でも撃墜スコアはブーバーのものね』
エメルが軽口を叩く。
「モホロビチッチ基地が……見えなくなる」
後ろを振り返ってジンがつぶやく。
眼下のはるか彼方、地平線の向こうへと遠ざかるコンテナ群。
さらばモホロビチッチ基地。その名前は忘れない。……と言うかやっぱり変な名前だな。忘れようがない。
先ほど中破させた最後の一機の〈ゼルズ〉も追ってはこないようだった。
その手前には、大量の爆煙をまとったまま、遠ざかっていく〈ベルソ〉級巡洋艦。どうにか撃沈は免れたようだが、戦闘不能・追跡も不可能なのは明らかだった。
「これで安心……ではなさそうですね。加速、続けてるし」
とジンが言った。
ロケットエンジンが噴射を続け、艦はすでに毎時600キロを超えている。クロンメリン市を出て以来、もっとも速い。
『できるだけ早くモホロビチッチから離れるべきなのは確かだけど。……リム少尉? どこまで逃げるの?』
エメルがたずねる。
『……迷っています』
正直にサミーナは言った。
『減速してまたどこかのクレーターに隠れるか、このまま加速を続けて脱出速度までいくか』
サミーナが迷う気持ちは理解できた。
もう敵も本気になってきている。こそこそと隠れるのも限度があるかもしれない。次の停泊中に、二隻以上の敵に来られたらおしまいだ。
しかしなんの準備もなく月の軌道上に出ていくのも、大変なリスクがある。どの軌道に敵が多いのか、味方の支配している軌道はあるのか、それすら我々は把握していない。
こんな重大な決心を、20そこそこの新米少尉が下さなければならないのだ。
『どちらでもあたしたちは従いますよ、マム』
敬称の『ma`am』をエメルが使ったのは、これが初めてかもしれない。
『ありがとう』
5秒ほどの沈黙の後、サミーナは言った。
『このまま加速を続けるわ。月を脱出する』
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