第25話 「ちょ……だめだめッ! 先っぽが当たって……ああ!」


 〈S・ヘイワード〉が離昇する。

 まだクルーの一部は乗り込んでいなかったが、もう待ってはいられない。

 〈レイダスわたし〉は徒歩の2、3人を拾ってぽいぽいと甲板に放り出してから(すごい悲鳴をあげてた)、基地を出たばかりのローバーへ飛んだ。

 10人くらいがすし詰めだ。


「誰か残ってる⁉︎」


 ジンが聞く。


『いや……これが最後だと思う! たぶん!』


 運転手の言葉を信じるしかないだろう。私はローバーを両手でつかむと、〈S・ヘイワード〉へ急いだ。

 艦はもう高度30メートルくらいに浮かび上がっている。

 係留の途中だった小さなコンテナや荷物がポロポロと甲板からこぼれ落ちているが、かまってなどいられない。

 その甲板の中ほどに、ローバーを置いてやる。


「ブリッジへ! クルーは全員収容!」


『わかった……!』


 〈S・ヘイワード〉は高度をあげようとしたが、お尻を引きずるような斜め姿勢だった。

 山ほど物資やコンテナを積み込んだせいで、重量配分ができていないのだ。


『こちら艦砲! 艦尾が下がってる!』


 と、エメルが叫んだ。

 艦尾に砲座としてしつらえた〈スペクター〉のコックピットからだった。

 

『このままだと、基地の電波塔に……! ちょ……だめだめッ! 先っぽが当たって……ああ!』


 見ればみっともなくたれ下がった艦尾が、モホロビチッチ基地の小高い塔にぶつかりそうになっていて——接触した。

 アンテナと上部構造物を弾き飛ばして、ガクガクと艦体が揺れる。


『准尉、無事か⁉︎』


 サミーナが言った。


『一応……ね』


『いまトリムを……調節してる! 全員、何かに掴まってて!』


 本来なら、離昇する前に重量配分の計算と、トリムの調整は行っておくものだ。飛びながら、しかも加速もしながら調整なんて、どんな不具合が起きるかわかったものではない。


 しかもいま、操舵手はケンだ。

 操舵手だった水兵は、先ほどクレイを見張っていて殺されてしまった。ケンは交代要員として最低限の操作を習っていただけだ。

 ケンの操舵をサミーナが手伝って、あれこれいじって加速しつつ——という慌ただしさだった。


 だが私とジンは、そんな危なっかしい操艦を見守っている暇などなかった。

 敵艦が高速で接近している。あと1分ちょいの距離だ。


「対艦ミサイルを使おう……!」


 そう。実は対艦ミサイルが4発あるのだ。

 前に〈S・ヘイワード〉の積荷から、微妙な150ミリ・ライフルやレイダス・ハンマーを見つけたとき、対艦ミサイルもあった。

 大型で強力なタンデム弾頭だ。


《しかしこのミサイルは、射程30キロ以上で使用するよう設計されています。いまの敵は近すぎて、誘導ができません》


 反論しながらも、私は武装ラックから対艦ミサイルを1発取り出して、両手で抱えた。いまは議論の時間がない。

 1発でもほとんど私の身長(体高)くらいの長さだ。

 弾頭部分も私の胸部くらいのボリュームはある。


「誘導なんていらないよ。ここに突っ込んでくるんだから……!」


 まあ、それはそうだが。


《ですが終末ターミナル誘導は必要です》


 ミサイルを持って、艦と並走しながら1000メートル上空に上がる。


「終末誘導は僕たちがやる。直前に逃げるんだ」


《ミサイルを抱えて突っ込むと? 危険です》


「やるしかない……!」


 〈S・ヘイワード〉はどうにか前後のバランスを取り戻し、加速を始めていた。

 しかしまだ毎時100キロも出ていない。

 対する敵艦は毎時1500キロ(さっきは1800だったから減速を始めている)。もう見えている。

 あと20秒。8キロの距離。

 まだ点のような大きさだが、どんどん大きくなりつつある。


「行くよ……!」


 ああ、もう知らん。

 私は敵艦の〈ベルソ〉級巡洋艦に対峙した。

 まず高度を合わせる。敵艦は1500メートル上だ。それからミサイルを抱えたまま、まっしぐらに突っ込む。

 

 〈ベルソ〉級は減速中だが、艦首をこちらに向けていた。

 尾部の外側についた4発のロケットエンジンを、150度回転させて逆噴射できる構造なのだ。

 すさまじい噴射だったが、ロケットの噴射炎は人間の肉眼では見えない。水素ロケットで大気がないため、無色透明なのだ。


 もう3キロの距離だった。はっきりと大きく艦影が見える。

 あと10秒ちょっと。

 艦砲が火を吹き、ハンガーから敵のGストランドが空中に飛び出してきた。


《ゼルズB、3機。いえ6機!》


 正面から〈ベルソ〉級の斉射を受け、〈ゼルズ〉も私めがけて90ミリ・マシンガンを発砲したが、ほとんど当たらなかった。

 なにしろ距離が近すぎる上に、相対速度が大きすぎる。


《ダメージなし》


「このまま突っ込む!」


 残り1キロ——

 その後のすれ違いはほんの数秒だった。

 眼前の視界いっぱいに〈ベルソ〉級巡洋艦が迫る。淡いオレンジ色の装甲。


「行けぇぇ!」

 

 ジンは巧みに機体を誘導してくれた。

 ミサイルのロケットモーターを点火する必要もなかった。

 空中に置いたミサイルに敵が突っ込んでくるような構図——ゲーム風に言うなら『置きミサイル』だ。

 私は超大型のタンデム弾頭を活性化させ、ミサイルを切り離した。


 さっと機体を右にひねり、巡洋艦をぎりぎりでかわす。

 すぐ背後で大爆発が起きた。


「…………ッ!」


 タンデム弾頭はその名の通り、二段階で爆発した。

 まず一つ目の対G成形爆縮弾(HIAG弾)が敵艦のGシールドを打ち消し、二つ目の多層たそう鍛造たんぞう弾(MFF弾)が、艦の装甲と構造物に大ダメージを与える。

 これが1000分の1秒の間に起こった。

 命中したのは艦の左舷、ロケット推進器の基部あたりだった。


 艦の全長に近い爆炎が発生した。

 衝撃で艦の姿勢が狂って、斜めになって横滑りする。

 艦体が大きくきしみ、艦尾の一部は脱落しつつあった。

 真空だから、煙の尾はひかない。放射状に破片と煙が広がり、そのまま遠ざかっていく。


 破片は私にも当たったが、Gシールドを10パーセントくらい持っていかれるだけで済んだ。


《命中。爆撃効果判定(BDA)、評価中。中破以上です》


「当たったならいい! まだ〈ゼルズ〉がいる!」


 その通り、〈ベルソ〉級の損害をのんびり観察してはいられない。たった今すれ違った敵のGストランド〈ゼルズ〉が6機いる。


 私はすぐに振り返って、210ミリ・ライフルを背中から抜いた。

 二つ折りの砲身を伸ばして、構える。

 〈ゼルズ〉は母艦が、突然大ダメージを被って動揺している。目標はどれでもいい。数を減らさなければ——


「まず一機……ッ!」


 ジンが先頭の〈ゼルズ〉を狙って発砲した。


 ずしり、と重い衝撃。


 210ミリの劣化ウラン弾が飛翔し、敵機の胸部ど真ん中に命中した。

 でかい。重い。Gシールドと装甲をまとめて打ち破り、〈ゼルズ〉の背中まで貫通する。

 爆縮。

 重力球が一瞬発生して〈ゼルズ〉の手足まで飲み込む。


《撃破》


「次ッ!」


 ボルトを前後させ次弾を装填。

 照準。

 その敵機は避けようとしたが、私は一瞬早くその回避運動を予測した。

 照準を補正し——発砲。


 撃つたびにフレームの髄まで衝撃が響く。


 頭部の付け根に命中。頭と胸部装甲を吹き飛ばす。

 煙と破片を撒き散らして墜落。


《撃破》


「もう一機!」


 装填。敵が撃ち返してきた。

 Gシールドで強引に行く。

 避けずに照準——発砲。

 3機目は腰部に命中。右脚を根本から持っていった。


《中破》


 とはいえ下半身がほとんど千切れて、もうまともな機動はできないだろう。真っ逆さまに、月の大地へと落ちていく。


 またたく間に3機撃墜。

 ギャラクシー・ライフル。名前はあれだが相当使える。


 残った3機のうち、2機が左右から挟むように攻撃してきた。ランダム・ズールー機動をとって、こちらの照準を撹乱する。

 四発目の210ミリ弾はむなしく外れた。


「すばしっこい……!」


《こちらも動くしかありません》


 私は上昇して左右に乱数混じりの機動をとり、敵に付け入る隙ができるのを待った。こうなるとやはり大口径ライフルよりマシンガンの方が有利だ。


 中速の機動戦闘をしながら、状況を確認する。


 〈S・ヘイワード〉は私の1500メートル眼下を、北に向かって加速していた。だが、まだまだ遅い。


 それとずっと離れたところに、今しがたミサイルを叩き込んだ〈ベルソ〉級巡洋艦が見えた。

 複数の小爆発が起きている。

 ろくに減速もできず、墜落しないよう高度をとるだけで精一杯のようだ。どんどん遠ざかっていく。

 戦闘に復帰はできないだろう。


 しかし〈ゼルズ〉3機のうち、残る1機は私に背を向け、〈S・ヘイワード〉に向かっていた。


「……まずい!」


 こちらは2機の相手で手一杯だ……。

 

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