忍び寄る気配――風呂場での催眠作戦開始
湯気が立ち込める静かな浴場。政宗は湯船に肩まで浸かり、目を閉じて深く息をついた。
「はあ……最高だな……。」
湯の熱さが心地よく、今日一日の疲れがじわじわと癒されていくのを感じる。政宗の表情は穏やかで、練習台にされた苦い思い出も、一時的に忘れてしまいそうだった。
(この世界にも、いいところがあるよな……。少なくとも風呂は平和だし……。)
しかし――その「平和」は、ほんの一瞬のことだった。
「よし、久我くん、もうお風呂に入ってるみたいだね!」
浴場の入り口で小声で話すのは、彩花を先頭に集まったクラスの女子たち。全員、タオルを持ち、少し興奮した様子で顔を見合わせていた。
「それじゃあ、計画通りに行こう!」
彩花が小さく拳を握り締めると、女子たちは一斉に頷いた。そして、できるだけ自然に、何も企んでいない風を装いながら浴場へと足を踏み入れた。
「久我くん、お疲れさま~!」
突然聞こえてきた声に、政宗はバシャッと湯を跳ね上げるほど驚いた。
「な、何だよ!?」
慌てて振り返ると、湯気の向こうからクラスの女子たちがタオル姿で続々と現れる。
「今日はみんなでお風呂に入ることにしたの!」
「久我くんも疲れてるだろうから、一緒におしゃべりしようよ!」
明るい笑顔を浮かべて近づいてくる女子たち。その無防備な姿に、政宗は目を白黒させる。
「い、一緒に……? いやいや、ちょっと待て!」
女子たちは、彼の狼狽ぶりなどお構いなしに湯船に入ってきた。
「ふう、やっぱり広いお風呂はいいよね~!」
「久我くん、リラックスしてる?」
「リ、リラックスなんてできるかよ……!」
政宗は耳まで真っ赤にしながら叫んだが、女子たちは楽しげに笑いながら湯に浸かっている。
女子たちの中で、最初に動いたのは彩花だった。湯船の端に座った彼女は、さりげなく政宗の隣に移動すると、にっこりと微笑んだ。
「ねえ、久我くん。お風呂って気持ちいいよね!」
「ま、まあ、そうだけど……。」
「じゃあ、もっと気持ちよくなるように深呼吸してみて?」
自然な口調で語りかける彩花。その優しい声に、政宗は疑問を抱きながらも従ってしまう。
「ふー……。」
大きく息を吐く政宗の様子を見て、彩花はさらに続ける。
「いい感じ! ほら、そのままリラックスしてね。疲れが全部消えていくから……。」
(え? これってもしかして――催眠術じゃないよな!?)
遅れて疑問を抱いた政宗だったが、彩花の声が耳元で響くたびに、体の力が抜けていくのを感じた。
彩花の様子を見ていた他の女子たちも、それぞれ動き出した。
「ねえ、久我くん、肩の力抜いてみたら?」
「すごくリラックスしてるよね! そのまま眠っちゃいそうじゃない?」
女子たちはそれぞれ自然な会話の流れを装いながら、政宗に催眠術を仕掛け始めた。
「おい、これって――!」
状況に気づいた政宗が声を上げようとした瞬間、別の女子が間髪入れずに声をかける。
「ねえ、久我くん! せっかくだから、みんなで肩を並べて座ろうよ!」
「そ、そんな――待て!」
気づけば、政宗の周囲はタオル姿の女子たちで埋め尽くされていた。近距離で微笑みながら話しかけてくる彼女たちの声は、まるで耳に直接響くようだった。
(これ……絶対にやばい流れだ!)
政宗は必死に抵抗しようとするが、気づかないうちに心は乱され、次第に意識がぼんやりとしていった――。
「ちょっと待て! お風呂くらいはゆっくり入らせてくれよ!」
疲労と動揺から必死の声を上げる政宗。しかし――。
「寮内では催眠術の使用は自由なんだよ、久我くん?」
彩花が悪びれもせずに笑顔を浮かべながら言った。
「嫌なら、ちゃんと抵抗してみればいいじゃない!」
「そうそう! 催眠術にかからないなら、別に問題ないよね!」
女子たちは湯船の中で無邪気に笑いながら、次々と口を挟む。
(いやいやいや、こんな状況で冷静でいられるかよ!)
政宗は心の中で全力でツッコミを入れたが、その状況に打開策が思いつくはずもなかった。
湯船の周囲では、女子たちが自然体すぎる様子で振る舞っている。
「はあ、やっぱり広いお風呂は最高だよね!」
「久我くん、湯加減どう?」
肩まで湯に浸かりながら話しかけてくる椎名香澄の穏やかな笑顔。おっとりとした雰囲気の彼女は、少しだけタオルが緩んでいることに気づいていない。
「久我くんって、こういうときにすごく無防備だよね。もっと警戒心持たなきゃ!」
立花麻衣はそう言いながら、湯船の端に座って足をばしゃばしゃと動かしている。動くたびにタオルが危うい位置までずれているのに、全く気にしていない。
「久我くん、ちゃんと抵抗する気あるの?」
クールな日向凛音は、政宗をじっと見つめながら静かに問いかけた。その鋭い視線と落ち着いた声に、政宗の心は揺さぶられる。
(無理だ……こいつら、全然羞恥心がない……!)
政宗は心の中で叫んだが、状況は彼の意志とは無関係に進んでいく。
「ねえ、久我くん。」
耳元でささやくように話しかけてきたのは、彩花だった。湯船の中で近づいてきた彼女は、政宗の肩にそっと手を置き、にっこり微笑む。
「もっとリラックスしていいんだよ。だって、お風呂だもん!」
その声と笑顔に、政宗の心臓は一気に跳ね上がった。
(近い近い近い! これ以上近づくなって!!)
必死に視線をそらそうとするが、目の前には彩花の無邪気な顔。そして、その下に広がるタオル姿。
「ほら、肩の力抜いて。全部楽にしていいよ。」
彩花の手が肩を優しく揉むたびに、政宗の思考はどんどん混乱していく。
(くそっ、こんな状況じゃ冷静でいられるわけがないだろ……!)
振り返れば、他の女子たちもそれぞれ湯船でリラックスした様子で話しながら、隙を見せている。
「久我くん、目をつぶってみなよ。リラックス効果がもっと上がるよ!」
「深呼吸すると疲れが取れるんだから、試してみて!」
(ダメだ……何か言われるたびに心が揺れる……!)
平常心を保とうとすればするほど、彼女たちの言葉や仕草が気になって仕方がない。
「久我くん、せっかくだからリラックスしながら練習の手伝いもしてよ!」
彩花が耳元でささやくように言うと、他の女子たちも一斉に声を上げた。
「ほら、深呼吸してみて!」
「もっと気持ちよくなるよ!」
「目を閉じたら疲れが取れるかも!」
女子たちの声が次々と耳に入ってくる中、政宗の心はどんどん乱れていった。
(ダメだ……何を言われても、頭がパニックになりそうだ……!)
心を守ろうと必死に抵抗しようとするが、すぐ目の前に迫る無防備な女子たちの姿が視界に入り、そのたびに集中力が崩れていく。
(俺の……平常心……もう……!)
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