終章 - 見えない想い -

 広場で皆に事件を話した時、表情を曇らせた者は何人かいた。

 だが、毒の注意を促した時、特別顔を蒼ざめさせた若者はひとりだけだった。


 タイカと共に別の村に向かい種子の交換交渉をした若者。

 殺された土色髪の男の、取り巻きだったひとり。土色髪の男とは決別し村を出なかった若者だった。


 その若者は皆が解散した後、用を足しに行くと仲間に言うとそのまま村の外へ出た。その後をシュトがつけた。

 タイカは茸の生えていた場所、同行していた者たちに注意を促した場所へ先回りしていた。


「胞子の毒は嘘ですしね。食べたりしない限りは、致死するほどではありません」

「それにしては、随分苦しそうだっだけど」

「自分が毒に侵されているかもしれない。森の中を急ぎ足で進み続けていた。私に脅されている。体力的にも精神的にも、まともに息など出来ないでしょうね」


 シュトの指摘に、タイカが肩をすくめた。

 胞子の嘘は、シュトとスリンには事前に共有されていた。話を聞いて表情を変えた者が、犯人である可能性が高い。そう判断し、皆を注視し最も怪しい者の後を追った。

 他にも少し挙動が不自然な者もいないでもなかったが、そちらはスリンに担当してもらった。


 スリンの立ち合いの元、若者を尋問した。

 若者は土色髪の男に同行せず無傷だったものの、取り巻きのひとりとして周囲から冷たい目で見られていた。土色髪の男と同行し、死んだり傷ついた元仲間の親戚や友人から罵倒を受けることもあった。

 それに土色髪の男。釈放されたら、唯一人残った無傷の自分を再び仲間に引き込もうとするかもしれない。

 それを若者は恐れ、殺そうと決意した。

 毒茸を採り、分からない様に特徴的な傘は細かく刻んだ。夜中に土倉に忍び込み、差し入れと称して手渡した。開拓が始まったばかりの、貧しい村だ。罪人には最低限の食事しか与えていない。

 土色髪の男は、またつるみたいという若者の言葉を横柄に信じ、疑いもせず食べたという。


「これが、この事件の真相のようだな」

「……ええ。そうですね」


 スリンの言葉を肯定しながら、タイカには戸惑いの色がある。


「タイカ?」

「シュト。うん、話からするとこれで筋が通るのだけどね」

「それって、精霊から聞いた話と違うってこと?」


 シュトの質問に、タイカが躊躇いながらも頷いた。


「タイカ。私、タイカは違うんじゃないかって思ってるかって聞いた」

「うん。覚えているよ」

「あの質問、女の人が運んだから、その女の人と判断するのが違うんじゃないかって言う意味じゃない」


 タイカが驚いた顔をする。

 そうか。このひとは。疑うことを、知らない。

 シュトは、言葉を続けた。


「土地の精霊が言っていることが、事実と違うんじゃないのかという意味で、私は聞いた」




 村外れの墓地。

 無銘の碑の横に、タイカが佇んでいた。

 その後ろ姿を、シュトは少し離れた場所で見つめていた。


 しばらくして、タイカがシュトの許へ戻って来た。

 曖昧な、どういう顔をしていいか分からない。そんな表情だった。


「シュトの言う通りだったよ。問い質したら」


 そこまで言い、問い質すなんてこと彼ら相手には始めてだけどね、とつぶやくように付け加える。


「あの亡くなった女性。女性の最後の願いを守りたかった。そう言っていたよ」


 彼女は最後に祈ったらしい。どうか弟が罪に糾弾されないように。全ての罪は自分が背負うから。この命で贖うから。あの子を止められなかったのは自分の罪だと。村を出ようとした時止められず、土色髪の男の殺害も止められなかった。

 それは私の罪だと。

 祈った先は、彼女の信じる南方諸王国の光の神だったが、その切なる想いを精霊は感じた。感じ取ってしまった。

 だから、彼女の意志を尊重したのだと。


「スレンにも、裏が取れたことを話そう。しかし、私は」


 そこで、タイカが言葉を止めた。愚痴になるとでも思ったのか。

 構わないのに、とシュトは思った。

 たしかに、タイカは精霊に幻想を抱いているところがある。大人が幼子を純真無垢であると信じるように。あるいは、年上の女性に憧れる少年のように。


「私、私の火と喧嘩したりすることもあるよ」


 タイカが、少し目を見開く。

 《はふり》と精霊は、一心同体と思われているが別々の意志、魂を持っているのだ。意見が、意志が食い違うこともある。その原因のほとんどが、お互いを想いやってのことではあっても。


「だいたい、ザナドゥだって精霊なんでしょう?」

「まあ、彼女は揶揄からかい好きだね。確かに」


 ここ数日、狩りに出て朝夕位しか顔を出さない白豹を例えに出す。


「タイカは、タイカのままでいいと思う」


 シュトは言葉を続けた。黄色と黒の、タイカの両の瞳を見つめながら。


「私がいるから。タイカが気付かないところは、私が気付けばいい」

「そう、かな」

「そうだよ」


 シュトが、タイカの手を取った。スレンが待っているに違いない。顔に皺を増やしながら。

 タイカは、抵抗しなかった。




── 第七話 了 ──

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