第六話 逃亡者たち

第一章 - 戦禍 -

 毛長駝鳥ツェル・ツェヌは何故、毛長ツェルとつくのだろう?


 リディは疑問に思っていた。

 リディの知る限り、毛長駝鳥以外の駝鳥、羽毛がなかったり毛が短い駝鳥なぞ見たことがない。

 だから、毛長などつける必要はなく、ただ駝鳥ツェヌと呼べばいいのではないか。


 そんなことを言うと、大抵不思議そうな顔をされる。

 空は何故青いのか、何故冬になると霜が降りるのか。そんな疑問も同様だ。


 そんなの、当たり前のことじゃないか。


 そう言われてしまうのだ。当たり前。皆、そう言っておしまいだ。

 だけど、本当にそうなのだろうか。世界は不思議で満ちている。

 不思議と、理不尽。


「いたか」

「いや、いない」

「畜生、だたでさえ腹が減っているのに」

「うるさい、余計なことを言うな。腹に響く」


 そんなことを、兄のスリンを始めとする周囲の男たちが言っている。


 大森林。

 いつ果てるとも知れない広大な森。

 その森に、リディたちは居た。

 逃げて来た。




 中原、あるいは南方諸王国。

 その名の通り大小無数の国々、王政あるいは少数の貴族が支配する寡頭政の国々がひしめき合う地域である。


 その地で近年、騒乱の度合いが激しくなった。

 元々、隣国同士での小競り合いはあった。小国が潰れ大国に飲み込まれることも。だが多くは局地的な、特定の国、あるいは領地同士のみに諍いに留まっていた。


 その均衡が崩れたのは、ある小国、竜王国ウシュムという名の国に新王が即位してからであった。


 父である前王の追放という劇的な登極だった。

 父王を追い、復権を画策する父王の亡命先の国を攻撃、征服した。父王は再び亡命、そんなことを三度繰り返した時、竜王国ウシュムは南方諸王国でも強豪と呼べる国にまで成長していた。

 三度目の亡命先で父王は死に、王の征途も止まった。だが周辺諸国は疑わずにはいられなかった。

 父王、暴君の討伐は名目に過ぎず本当の目的は近隣の国々の征服ではなかったのか。

 何故なら、見よ。

 この戦いで誰が最も得をしたかを。

 諸国を征し、版図を広げた竜王国ウシュムではないか。

 ならばその食指が、留まる保証がどこにあるのか。味を占め、更なる征服を試みるのでないか。


 かくして竜王国ウシュムと周辺諸国の間に、戦の火蓋は切られた。

 大国となった竜王国ウシュムと、連合を組む周辺諸国の戦いは休戦を経ながらも未だ治まっていない。




 リディは、竜王国ウシュムと連合諸国の間にある、小さな村の村人だった。

 大森林の南側にほど近いその村は連合諸国の領土だったが、別の連合諸国の軍団に食料の徴発という名目で襲われた。自らの国名を堂々と名乗り、村人たちが少しばかり食糧の提供を渋ったところ、名目を得たとばかりに略奪者に変貌した。

 連合諸国内も一枚岩ではないし、貴族たちは辺境の村など気にも掛けていないのだろう。


 持てる財産、そして家畜を連れ、リディたち村人は大森林へ逃れた。

 襲撃に備えて用意してあった隠れ場に潜んでいたリディたちだったが、やがて兵士たちに隠れ場が見つかってしまった。

 老人や壮年の者たちが盾となり、リディら若者たちを森の更に奥へと逃がした。


 その先は未知の領域であった。木々は深く大勢が進むことは困難であり、人を襲う獣も潜んでいる。

 逃げる途中で財産や、かなりの食料、家畜も奪われた。


 誰もが疲れ切っていた。そして空腹だった。

 飢えに耐えかね、木の根に生えていた茸を食べしていまい中毒に苦しみ倒れる者もいた。


「仕方ない、こいつを食うしかない」


 若者たちの指導者となっていたリディの兄、スリンが唯一の家畜として残った、荷物運びに使っていた毛長駝鳥を指差した。

 逃亡の苦しみを共にしてきた動物だ。愛着のある者もいた。この毛長駝鳥を殺し食べてしまった後はどうなるのだ、という先の見えない恐怖もあった。

 だがその時は何より飢えを凌ぐことが大事だと、皆思ってしまった。


 大勢が決しかけた時、突然、毛長駝鳥が暴れ始め、逃げ出した。

 自らの命の危機を察知したのか。


 森の奥へ逃げる毛長駝鳥を捜し、追いかけた。


 そして今に至る。

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