終章 - 送別 -
タイカたちはひと月ほど、カヌ・トゥの住処に滞在した。
シュトへの授業は後半、座学が多くなった。シュトは吸収の早い生徒で、その辺りはかつてのタイカと同じだったが、違いもあった。
タイカは知識をどう役に立てるかばかりを重視していた。カヌ・トゥもタイカほどではないにしろ同じような傾向がある。
だがシュトは、ある知識を教えるにせよ、その知識が生まれた切っ掛けや逸話にこそ強い興味をもつことが多かった。
無口な少女だ。口に出して「興味がある」などとは言わない。
だが、そういった少々脱線するような話、特に詩人が謡いそうな叙情な話題になった時、その赤い、
そんな仕草で関心があることを示すのだ。
カヌ・トゥは苦笑しながらも過去の記録を引っ張り出し、その物語を語ってみせた。
他にも栄養学なども教えたが何故か不評であった。いかにも胡散臭げな顔のシュトに、それならばとカヌ・トゥは昔、栄養素を考慮した食事を作り娘と食べた話を披露した。内臓に刺激が強過ぎたのか三日間ほど腹痛で苦しみ、娘に殺されるかと思うほど怒られたと語ると、シュトが信じられないものを見るような目でカヌ・トゥを眺めてきた。
おかしい。カヌ・トゥは内心首を傾げた。もしや意図が伝わっていないのか。
「失敗を経験したから大丈夫だと言いたかったんだが?」
口に出してみたが、シュトの表情は変わらない。胡散臭げに鼻頭に皺を寄るばかりだ。しかも以後、厨房へ向かおうとすると物凄い顔で睨まれるようになった。
またカヌ・トゥはシュトと鍛冶場に籠り、刀の形を形成する火造りや刃を鍛える焼き入れなどの火を使う場面で協力してもらった。
シュトの助力が必須という訳ではなかったが、それでも敢えて同席させ刀の構造や手入れの方法なども一緒に教えた。
タイカは片づけても片づけても終わらないといった風に、掃除や整理に勤しんでいた。鍛冶場に向かうカヌ・トゥとシュトを少し気にした様子で見やることはあったが、尋ねてくることはなかった。
カヌ・トゥからも何も言わなかった。
そして出立の日。
「これを持っていけ」
カヌ・トゥが放り投げたのは、一振りの大太刀だった。柄も合わせると、タイカの背丈よりも長い。
「先生、この長さでは」
「何も毎度振り回せなんて言ってない。普段は杖代わりにつかえ。稽古にも使える」
「独りでは引き抜けませんよ」
「俺は出来るぞ」
「あの、背に回す曲芸みたいな引き方ですか。私には」
「お前には、後ろから引いてくれる奴がいるじゃないか」
はっとして、タイカがシュトを見た。シュトもタイカをじっと見返してる。
「その太刀の鍛造にはシュトと、シュトの火にも手伝ってもらった」
タイカが眉を動かす。カヌ・トゥとシュトが鍛冶場に籠っていたことを思い出したのだろう。
「精霊の火で鍛えられた、精霊刀だ。俺が鍛えた刀の中でも逸品だ。俺が欲しい位だよ」
「なら」
「察しろよ。それは、お前の刀だ」
タイカが、シュトとカヌ・トゥとを交互に見返す。
「分かりました。有難うございます、先生」
それにシュト。タイカの視線がシュトの顔と、シュトの腰の
「あとは」
するりとザナドゥが現れた。
背には鞄が背嚢のように括りつけられている。
中が少しだけ膨らんでいる。カヌ・トゥが詰めた干し野菜やら干し肉やらだ。味の保証はしかねるが、栄養価は問題ない。
「ええと、途中まで送ってくれるのですか?」
タイカが困惑した調子で尋ねてくる。鞄を背負ったザナドゥの姿を見て、意図が読めず混乱しているようだ。
「ザナドゥがな。ついていきたいそうだ」
「はあ?」
タイカが思わず声を上げる。その後慌てて、貴女がどうだということではないとザナドゥに向かって言い訳をしている。ザナドゥから叱責を受けたらしい。
「外の世界を見てみたいんだとよ。それともお前、ザナドゥが嫌いか?」
「嫌な訊き方をしますね。そんな訳ないじゃないですか。だけど私たちは分かっているとはいえ、ザナドゥは猛獣ですよ。狼に似たザナドゥを連れて村など入れません」
「これから行く先の村は、以前お前が行ったことのある村ばかりなんだろう? ならお前が口添えすれは何とでもなるんじゃないか」
その程度の信頼は得ているのだろう?
カヌ・トゥの挑発するような言葉に、しかしタイカは反論しなかった。
《物語り》は、農耕や畜産の知識や種子を村々に提供する。そして改善出来る点がないか成果を確認する為、数年毎に村に再訪することを常としている。
シュトに追っ手が掛かっていることを懸念し、本来の経路を外れて北へ向かったが数年が経過している。追っ手の影もない。
元の経路に戻ることは、カヌ・トゥも聞いていた。
「私も、ザナドゥと一緒に行ってもいいと思う」
助けを求める様にタイカがシュトを見るが、そのシュトからも同意の声が上がった。
ザナドゥはカヌ・トゥと一緒に、シュトにも話を通していたのだ。
《
後から悔し気な顔をしていたシュトだが約束は約束と、しっかり口添えするあたり、随分と義理堅い。
「それにな。今のお前なら、そんな情のないことは言わんだろう」
カヌ・トゥが言う。自分でも意外な位に優しい声音になっていた。
タイカと視線が絡む。驚いたような、僅かばかり怯えすら入ったような揺れが、瞳に現れていた。
「言ったろう。そいつは伸びしろだ。大事にしろよ」
タイカが大きく息を吐き、頷いた。
森の中に消えていく、タイカとシュト、ザナドゥの背を送りつつ、カヌ・トゥは祈った。柄にもなく。
俺の弟子たち。子供たちが、健やかであるように、と。
── 第五話 了 ──
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