新米騎士団の戦い③
走る。
ただ真っ直ぐに走る。
アランの目の前に広がる不定形の黒い軟体生物、黒水がモゾモゾとアランや上空を飛ぶレオナルド目掛けてその触手を向ける。
そんな黒水を目掛けて空からは幾千もの黒雷が降り注ぐ。
雨のように降り注ぐ雷の熱が地面を溶かし、施設のいたる所が融解し、異臭が込み上げている。
それはまるでこの世の終わりの様な光景だった。
しかし、それがアランにはありがたかった。
「ははっ! レオの奴張り切ってんなぁ……!」
『赤眼炎神』の状態だと、周りの炎や熱がアランへのバフになる。
この魔法の本質は炎と同化することで疑似的に精霊と同一の存在になる事。
黒水と融合したネビロスと同一の術式である。
つまり、周りの炎や熱を取り込めば取り込むほど強くなるのだ。
今一つこの魔法の凄さを認識していないアランに、レオナルドはがこの魔法は、炎魔法の概念を拡大解釈して炎の要素を身体に取り込む事が胆なのだと懇切丁寧に色々と説明したが、当然何一つアランは理解できなかった。
この魔法はオレを炎その物にする魔法なのだから、当然周りの熱や炎を取り込めば強くなるのは当たり前だろうと言って雑な理解しか出来ずにいた。
しかし、アランはレオナルドの言葉で気付いたことがある。
―― 魔法って言うのはオレが強く望まきゃ発動しない。
「つまり、オレの戦おうとする意思が、オレをどこまでも強くする!」
そう叫ぶと背中から湧き上がる炎の勢いが増し、更に加速する。
立ち塞がるドロドロも壁も何もかもを焼き飛ばし、ただ真っ直ぐ目的地へ。
次第に近付いてくる巨大な球形のタンク。
それを呑み込むが如く、大量の黒い粘液がへばりついている。
「いくぞぉっ!!」
掛け声と共にアランは拳を握る。
拳に込めた炎が真っ白に輝く。
――御館様は言っていた。
詠唱に意味はないのだと。
ただ魔法に込めた想いを『世界』に向けて叫べばそれがこの世界の在り方を、法則を変える現象になる。
魔力を持って世界法則を操る。故に魔法と言うのだと。
「――――よく分かんないけど、叫ぶのは得意だぜ!
『
アランの掛け声に呼応してアフターバーナーの様に放出されていた背中の炎がさらに勢いを増す。
その勢いに任せてアランは地を蹴り宙を舞う。
軽く数十メートルを飛び上がり、魔力タンクを足元に見下ろした。
腰に差した聖剣を手に取り――そこでアランはふと気づく。
――――これ、このまま全力でタンクを斬るのは拙くないか?
レオはタンクに魔法を当てても問題はないと言っていたが、斬るのはどうなんだろう?
それにそもそも斬ったところで敵は軟体生物。
どこまで斬撃に意味があるのか? でもそんな事はオレの頭では分からない。
そんな事を考えていると、段々と落下して目の前に魔力タンクが近付いて来た。
「えぇい! とりあえず思いっ切りぶん殴る!
『
白熱した拳を振りかぶり、落下の勢いと共にタンクに叩き込む。
――――っ!!!
音すら焼き飛ばす真っ白な爆発が辺りを包む。
アランの全力を込めた白い炎は周囲を呑み込み、魔力タンクの周囲を燃やしてそのまま炎は天に昇る。
遠目からは地面に突き立った白い柱の様に見える異様な爆発。
急激に加熱させられた空気は風を呼ぶ。
莫大な熱を纏った爆風が辺り一面を薙ぎ払った。
いくつもの魔力タンクがひしゃげ、変形し、ピンボールの様に吹き飛んでいく。
周りの壁や施設にぶち当たり、崩れ倒壊する。
魔導伝達所は完全に崩壊してしまっていた。
……身体が炎と同化しているから無事だけど、そうじゃなかったら普通に死んでたな。これ。
レオもそうだけど、同じ炎使いのトニー隊長やJ隊のエレノア隊長が遠距離攻撃専門なのも分かるな。
炎耐性は何とかなるかもしれないが、高威力の魔法の余波で生まれる爆風やら衝撃やらに生身が耐えられないのだ。
爆心地に立っていれば普通に死んでしまうから、皆遠距離から高威力の魔法を放っているんだな……。
ごく当たり前の事に気付いてウンウンと一人頷くアラン。
「でも、流石にこれで終わりってわけにはいかないか……」
そう呟いてアランは魔力タンクを睨みつける。
目線先にはあの爆発をものともせずに黒水がへばりついた六号タンクがそびえ立っていた。
「でもだいぶ体積は減らせた。このまま焼き尽くせば――――!?」
炎を滾らせたアランはタンクの足元に蹲る不格好な人型を発見した。
黒く染まった右手がやけに長い。
赤黒く脈動する半身からはボタボタと黒い水が溢れている。
顔の穴という穴から黒水が滴り落ち、端正な顔は歪み元の顔は既に分からない。
それは遠目からは黒い涙を流し続ける呪い人形の様に見えた。
アランは人を見た目だけで判断しない。
先程ルーシーと合流した時も、ルーシーが貌なしだと言われるまで最後まで彼女をルーシーだとアランは信用しなかった。
ルーシーの見た目と纏う空気が一致しなかったからだ。
どれだけ見た目がそのままでも纏う匂いが違えばアランからするとそれは別人だ。
そんなアランからすると目の前に蹲る彼女は……。
「そ、ソフィア……?」
どれだけ人の形から離れようと、纏う匂いはあの同級生のものだった。
「あ、あらん? きて、くれたんだ……。すごい、ね。なんにもいってないのに。か、みさまの、お、おぼしめしかな」
喉に黒水が詰まっているのか、ヒューヒューと耳障りな音を喉から出しつつも彼女は声を出す。
「ソフィア……? な、なんでこんな……!」
思わず走り出すアラン。
『赤眼炎神』状態を解除しなかったのは、アランもどこかで分かっていたのかもしれない。
ソフィアの黒い右腕が奇怪な動きで伸び、タンクに突き刺さった大剣を引き抜く。
まるで鞭のようにアランめがけて剣が打ち据えられる。
「ちぃい!」
アランは咄嗟に剣を引き抜いて大剣を防ぎつつ、衝撃に逆らわずに後方に飛ぶ。
「ごふっ! が……がはっ」
びちゃびちゃとソフィアの口から肺に溜まった黒水があふれ出る。
「こ、これで、少しは話しやすくなった……かな?」
はぁはぁと肩で息をしつつ、ソフィアは力なくアランに微笑む。
黒い涙を流す痛ましいソフィアの顔を見て、何とも言えず立ち止まるアラン。
「ねぇアラン。私を――――」
「嫌だ。そんな事――――!」
ソフィアがその言葉を言う前に否定するアラン。
言いたいことは分かる。でもそんなことをアランは考える事もしたくない。
「わたし、ひどい奴なんだ。この世界じゃね、魔力を持たない人が大勢いるの。そして、そんな人がいることで世界は壊れちゃう。だからさ――――」
「この国を滅ぼすつもり、だったのか?」
何となく聞いている魔族達の目的。
人間族の殺戮。
ソフィアはその目的に加担したのだとアランは察する。
「うん。それでね、殺した人の魂を私が食べて産み直すつもりだった」
「……は?」
予想すら出来ないソフィアの言葉に目を丸くするアラン。
それこそが反教皇派である他人種迎合派の目的であった。
魔力と魂は密接に関わりあっている。
ならば、魔力を持たぬ平民に魔力を持たせる為には魂から変質させる必要がある。
まだ生きている生物から魂を抜き出すのは非常に困難であるため、一度殺害し捕食する。
そして子を産む機能を有した性別であり、世界樹と同じ光と地の属性を持つ聖女を起点にする事が一番効率が良い。
それこそが魔族の研究者、魂と魔力研究の第一人者であるネビロスが提唱した人間族改造計画。通称、聖女計画である。
「私、頑張ったんだよ? 何度も何度も身体中いじくりまわされて、まともにご飯も食べれなくなっちゃってさ。ふふ、あの時一緒にお昼ご飯食べたのだってすごく頑張ってたんだから」
体内の黒水が抜けたからか、次第に普通に話せるようになるソフィア。
しかし、アランにはそれがもうどうしようもない所まで事態が進行している様にしか見えなかった。
「ソフィア。もういい。一旦休もう。だ、大丈夫だよ。魔法に詳しいレオのやつもいるし、もう少ししたら御館様だって……!」
「ううん。アランが良いんだ。君じゃなきゃ嫌。ネビロスと戦ったレオナルド君じゃない。
傷痍騎士の皆を殺した公爵でもない。
……君じゃなきゃ嫌なんだ。」
いつの間にか目から流れ落ち続けた黒水も止まり、あの時、あの食堂で話した時と同じ顔ではにかむソフィア。
「やめろ、ソフィア……!」
その言葉を言ってしまうと全てが終わる。
そんな気がして首を振るアラン。
「好きだよ。アラン。」
ずぶずぶとソフィアの身体を黒水が包み込む。
「ごめんね。こんな事になっちゃって。
――本当はあの時、声を掛けるつもりなんかなかったんだ。これが未練、って言うのかな。」
ソフィアの全身を覆い、それでも尚高く伸び続ける黒水。それは次第に一つの形を作り出す。
天を貫く太い幹。空を覆い尽くさんばかりにどこまでも伸びる枝葉。
それは光すら呑み込む漆黒の巨木。
まるで神話に謳われた世界樹の様だった。
「私は貴方に殺して欲しい――――」
ソフィアの願いが風に乗って葉のざわめきに消えていった。
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