第52話 天才では辿れなかった研鑽



「試験を始めます」


 メオリ先生のそんな言葉で、緊張に騒めいていた生徒たちが静かになった。


 それをしっかりと確認してから、メオリ先生が「初めに」と口を開く。


「幾つか注意事項を言っていきますね。まず今回の試験魔法と同じものをカフス登録している人は、一時的にカフスからの当該魔法の発動ができないようになっています」


 その一言に、思わず自身のカフスを見る。


 私のカフスに登録しているのは、『物質の収納・引き出し魔法トイボックス』と『引き寄せ魔法ブリング』、そして『風の盾(ウインドウォール』の三つ。

 今回は無属性魔法で『物質の収納・引き出し魔法トイボックス』を使う事になっているので、おそらく今カフス伝手に魔法を使う事はできなくなっているのだろう。


 一体どう言う原理なのかは分からないけど、多分分かる必要もない。

 私はただ、何にも頼らずに一から魔法を発動すればいいだけ。

 練習通りにすればいいだけだから、何かが変わったり不利になるような事はない。


「また、試験を受ける者の立ち位置には、不正防止のための感知魔法を敷いています。他の魔法を保存するような魔道具も使用すれば分かりますし、外からの干渉も同じです。外からの干渉についても同じです。誰かの試験を妨害しようとすればすぐに分かります」


 これについては、たしか『アンネルの手記』に書かれていたなと思い出す。


 どうやらアンネルの世代で、特定の生徒に『魔法を妨害する魔法』を掛けて試験を妨害した人間がいたのだとか。

 それを見破り犯人を捕まえたのが、何を隠そうアンネルだ。


 ついでに日記には、「今後またそういうのがあるとかなり怠いから、元々使っていた不正防止の魔法陣を改良し、不正の入る余地のないやつに仕上げておいた」と書かれてもいた。


 そういうものが実際に自分たちの生活の中にあると思うと、何だか少し不思議な気持ちになる……なんて、思っていると。


「これらの試験の平等性を損なうような工作が発覚し次第、当該人物の試験は零点。落第となるので注意してください。とはいえ」


 メオリ先生が一度話を切って、辺りををゆっくりと見回した。


 そこにいるのは、勿論私たちだ。

 私たち生徒を見て、メオリ先生は目を細めて笑う。


「誰もそのような事をする人は、このクラスにはいないでしょうけどね。だって今年の一年新月クラスは、例年以上に切磋琢磨し懸命に練習していましたから。そのようなズルが介在する必要のない努力の成果を、胸を張って披露してください」


 順位ではなく、各々が当初と比べてどれほど成長できたか、私は楽しみにしています。


 彼女はそう言い、パンと手を叩いた。


「さぁ、それでは始めましょう。呼ばれた方からこちらに来てください」

 

 辺りは再びざわめきを取り戻した。


 緊張している人、自信ありげな人、他の人の心配をしている人、互いに鼓舞しあっている人たち。

 クラスメートたちは皆思い思いに時を過ごす。


 そんな中、私はというと。


「きききききききき緊張してきた……」


 体がガクガクと震える。

 まるで調子の悪い馬車にでも乗って悪路を行っているかのようだ。



 この三週間。

 たくさん練習した。

 頑張った。

 少しは上達もしたと思う。

 でも。


 ――本番は、一度きり。


 あの時はできても、今日はできないかもしれない。

 どうしてもそう思ってしまう私は、どうしようもない臆病者だ。


「ちょっと、レミリス」

「やっぱり緊張してる」


 苦笑気味な声に顔を上げれば、そこにはモアさんとノスディアさんが。

 モアさんは呆れたような顔で、ノスディアさんはいつものポーカーフェイスに僅かに心配を覗かせ、私の事を見てきている。


「やっぱりお姉様たちの言う通りだったわね」

「シルビア姉様の言う事は間違いない」

「三人とも言ってたわよ、同じ事」

「……お三方は、何と……?」

「「あの子の事だから、本番近くになったら『今日は失敗するかもしれない』って考える」」

「うっ!」


 見透かしたような回答が、私の心にグサリと刺さる。


「その、申し訳ないです。お二人にも、お姉様方にだって、たくさん練習にお付き合いいただいたっていうのに」


 我ながら、肝の小ささが恨めしい。

 もうちょっと私にも『自信』というものが備わっていれば、お姉様方のようにもっと胸を張って凛々しくいられたのだろうか。


「まぁそういうところが、レミリスのいい所でもあるんだけどね」

「……へ?」

「『自分を過信しない』。『常に最悪を想定する』。それって実はとても難しい事よ。だって普通、人は努力した分だけ自信がついて、その努力の分だけ驕るもの。貴女なら、どれだけ懸命に努力した先でも、きっと驕る事もなくどこまでも研鑽を詰めるんだわ」

「モアさん……!」


 そんな考え方があるなんて。

 目から鱗な気持ちになりながら、しかし大切な友人にそんなふうに言ってもらえる事が誇らしい。


「そんな事、『アンネルの手記』にも書かれていなかったわ」

「アンネルの? あぁあの稀代の変人・天才魔法使いが書いた日記。あんなのに、こんな事が書かれてる筈ないじゃない」

「私もそれは、そう思う。天才には、凡才の気持ちは分からない」

「う……」

「でも逆に、凡才は、天才にはできない人生の楽しみ方ができる」


 だって、初級魔法が上達して、嬉しかったし楽しかったでしょ?

 そう言われ、私はジワリと納得する。



 たしかに、もし私にアンネルのような才能があれば、きっと今日の試験に出てくる魔法なんてきっと簡単に使えてしまっただろう。

 私はこの三週間、苦労して苦労して苦労して、やっとできるようになったけど、そういう過程をもしかしたら、アンネルは積む事はできなかったのかもしれない。


 楽しかった、皆で頑張ったあの日々を。


「それでは、ベン。前へ」

「あら、ベンってレミリスと並んで、特に魔法ができなかった」


 呼ばれた名にハッとし、彼の名を呼んだメオリ先生の方を見る。


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