第四節:一年前期末試験
第51話 早起きと久しぶりの交流
朝、いつもより早く目が覚めた。
寝不足特有の体の重さは、皆無と言っていいだろう。
どうせ私の事だからどちらにしても早起きしてしまうのだろうと思い、そもそも早く寝たのが功を奏したなと思った。
隣のベッドでは、まだモアさんが静かな寝息を立てている。
そんな彼女を起こさないように、そろりとベッドから出て窓際に立った。
何故か誘われたような気がした。
いや、そんなのは気のせいで、もしかしたらただ気分がそうだったというだけの話なのかもしれないけど。
引かれているカーテンの向こう側に潜り、ゆっくりと窓を開け、外を見る。
そこにあるのは、裏庭の延長。
裏庭に繋がった土地だけど、どちらかといえば寮の裏手の、通路と言った方がいいかもしれない。
寮の裏手には森があって、その森が少し向こうに見える場所だ。
そこに、淡い光が明滅していた。
私はそれを見たことがある。
誘われた事がある。
一度鳥かごに捕まえた事があって、私が少し変わった魔法を授かった一因の光。
――徘徊する火の玉。
それが、この子が周りから噂される名だ。
「おはよう、火の玉さん。お久しぶり」
たまに目の端に見たような気はするけど、ここまで明確にソレが私の前に姿を見せたのは、魔法を授かって以降初めてかもしれない。
そんな事を思いながらやんわりと挨拶してみれば、朝風に乗ってその声が届いたのだろうか。
火の玉というより光の玉と呼んだ方が正しいようなソレが、フワフワと左右に揺れる。
私にはそれが、笑っているように見えた。
言葉などまるで話しはしない。
ただの光の玉なのに、何故か意志ある何かに私には見える。
それは初めて会った時からで「おそらくこの子は何らかの魔法で、魔法が意思を持つような事はない」と分かっていても尚、思わず「やっぱりこの子には意思があるのではないか」と期待してしまうような、そんな魅力を持っているように思えた。
何か伝えたい事でもあるんじゃないかしら。
私が自然とそう思ったのは、そういう感覚が理由だった。
そしてその光の玉は、まるで私のその予想を肯定するかのように、何度か瞬きのような明滅を繰り返す。
何を言っているのかは、分からない。
具体的に伝わるようなものはない。
だけど何故か楽しそうに私には見えて、楽しそうで何よりだと思った。
「今日はね、初めての前期末試験なの。先生に魔法を見てもらう」
気が付けば私も話しかけていた。
「私には多分、あまり魔法の才能っていう物はなくて、実際に使える魔法も微々たるものなんだけど、それでもたくさん練習したの。色んな人に教えてもらったの。だから」
だから絶対にうまく行くわ。
そんなふうに強くは思えなかった。
本当は不安だ。
あれだけ頑張ったのに、結果が出なかったらどうしよう。
皆を落胆させたらどうしよう。
そんな気持ちもあるけれど。
「昨日の夜ね、ユーお姉様が言ってくれたの。『たくさん練習してもうできるんだから、普通にやれば普通にできるよ』って。お姉様が私を信じてくれているのに、私が私を疑ってちゃあダメだよね」
その言葉のお陰で、昨日はすぐに眠る事ができた。
今日朝起きても心は穏やかで、心のど真ん中に『大丈夫』っていう、温かな安心感が存在する。
「緊張しないおまじないも、一つ教えてもらったの。だから多分大丈夫。今日はいつも通り、『魔法を使う事を楽しもう』って思ってて」
思えば四カ月ほど前には、まさか私に魔法が使えるだなんて、思いもよらない事だった。
使えなかった事が使えるようになった。
特に試験の練習期間だったこの一月弱は、魔法が少しずつ上達していっているという実感を抱く事だってできて。
上達していく事が嬉しかった。
皆で魔法の使い方を試行錯誤する時間が楽しかった。
使えるようになろうって必死だったけど、決してそれだけの一月ではなかったのだ。
これまで生きてきた中で、もしかしたら一番ワクワクドキドキした日々だったかもしれない。
そう思えるくらいに。
私の声に答えるように、光の玉が明滅した。
そしてフッと姿を消して、目の前の景色はただの「森に面した小さな通路」へと戻った。
「よし、じゃあ私も外に出る準備しようかな」
いつもより少し早い時間だけど、せっかく早起きしたんだし、ゆっくり朝を過ごすのもたまにはいいだろう。
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