第8話 刀龍病

「では、状況説明をしてもらおうか」


 数時間前に見た風景の中で、マリアとすめらぎあくつは重厚感のある空気にまとわれながら多少の怒りを帯びた質問に答えなければならなかった。

 彼らの前にいるのは大東亜連合国を納める盟主、小野寺誠だった。大東亜連合国軍の情報収集能力には目を見張るものがある。数分前に起こったカフェでの事件を通報なしで把握し、マリアたちが救急隊を呼ぶ前に手配を完了していた。のちに警備隊を派遣して今はもう現場検証と事情聴取が行われている頃合いだろう。白伊は事情聴取に連れて行かれ、3人は小野寺の命令でこの場所に戻ってきたというわけだ。

 誰の目から見てもわかるほどに静かな怒りを放っている小野寺に3人は何も言えずに黙っていた。業を煮やした小野寺は1つのため息の後に再度質問を繰り返す。


「状況説明だ。誰でもいいから話せ」

「……じ、じゃあ私が」


 皇は自分には関係ないと言ったふうにそっぽを向き、圷は無表情のまま何も語ろうとはしない。仕方なくマリアが手を上げて状況の説明を行い始めた。

 カフェで白伊と出会い極秘で任されている任務の表面を話したことと、カフェに突如仮面をつけた2人組が現れてこちらを襲ってきたこと。それに加えて戦闘によりカフェのマスターが負傷したことを正直に話すと、しばしの静寂が訪れる。さすがの小野寺といえど情報を噛み砕く時間とそれらから導き出されるこれからの事件を推察するのには時間を要した。

 その間、マリアは視線を落として自らの過ちを吐露する。


「私のせいなの。私がもっとしっかりしていれば……」

「状況はわかった。しかし、マリア。お前は1つ誤解をしている」

「誤解?」

「元軍人であり、曲がりなりにも上層部に属した経験のある彼がたかが賊どもに怪我をするなんてありえない。あり得るとすれば、それは彼の観察眼の衰えだ。彼は敵の力量を見誤った。だから怪我をした。そこにお前の介在する余地はない」

「でも――」

「もちろん、お前の言うとおりしっかりしていればあるいは怪我人はいなかったかもしれない。……だがそれは、結果論だ。現実は1人の元軍人が仮面をつけた何者かにより負傷した。ただそれだけだ」


 小野寺のそれは冷たく突き放すような言い方で、マリアは納得できそうになかった。もしもそうであったとして彼女の願いは結果とは違う。誰も傷つかない世界こそが彼女が求めるものであり、何かできたかもしれないという確信がある上でのこの事態は彼女の求めるものとは遠くかけ離れていた。

 マリアの願望を知っている小野寺は山のように積まれた資料をさばく傍らで彼女を一瞥して、2度目のため息を吐く。

 読んでいた資料を机に投げ、落ち込む姪をまっすぐに見つめて言い放つ。


「マリア。お前に課した命令はなんだ」

「え……?」

「お前は俺に、なんと命令された。復唱してみろ」

「私は……世界を救えって」

「そうだ。世界を救え。世界に蔓延るあの理不尽極まる化け物どもを一掃し、世界に安寧を取り戻せ。お前はたかが1人が傷ついた程度で命令を無視するのか?」

「そうじゃ……ないけど……でも――」

「ならばやるべきことを果たせ。ここで拗ねることはお前のやるべきことではないはずだ」


 言うだけ言って再び資料を確認し始めた小野寺にマリアは何も言えなかった。納得があったわけではない。理解したわけでもない。ただやらなければならないことは何かについて彼女は悩んでいた。

 その様子を見ていた皇と圷はそれぞれ表情を変わる。皇は不敵に笑い、圷は眉をひそめていた。

 下を向いていたマリアが小野寺を見るために視線を上げる。何か文句の1つでも言ってやろうという顔つきではあったが、世界を救うため――現状を維持するために奔走している最中の彼の姿が目に写り、自分が何を伝えなければならないのかについて考えさせられる結果となる。


 小野寺誠は豪傑ごうけつだ。この終末世界において己の力量とその幅広い人脈を駆使して“大東亜連合国”という国を人類が手をくれとなる前に作りあげた。彼は人類を救ったのだ。

 しかし、そんな小野寺でも世界を救うことはできなかった。彼は己の持つ力のほとんどを失い、人類を脅かす化け物どもを駆逐する人類の共通目標を達することが叶わなくなった。それでも彼は諦められなかったのだ。いつの日か。そう願って、彼は待ち続けた。この現状を打破できる何者かの誕生を願い、今というかけがえのない時間を維持し続けたのだ。

 それを知っているマリアには小野寺の発言に意義を申し立てるだけの覚悟が足りなかった。彼女の願いは彼女の覚悟と比例してはいない。そう告げられたように彼女は思った。ゆえに、肯定の返事しかすることができなかったということだ。


「はい……」

「わかればいい。俺がお前に求めるのはただひとつ。世界を救え。俺にあって、お前にないものは確かにある。それは認めよう。だが、お前にあって、俺にないものがあることもまた事実。……俺では世界は救えない。お前でなければならない。俺はそう――確信している」

「はい!」

「それと小僧ども。遊ぶのはいい。気分転換も必要だ。新しい環境に慣れるためにも遊戯は多く取り入れるべきだと俺は思う。だが、遊び過ぎというはだめだ。……俺は言ったな、結果を示せと。これは激励の言葉じゃない。そのままの意味で捉えろ。俺はお前ら2人に期待などしていない。穀潰しに期待できるほど俺には余裕がないからな。再三言ったが、お前たちは世界を救え。これに対する結果を見せろ。王と呼ばれて自惚うぬぼるな」


 先ほどの気落ちなどまるで見せないような元気のある返事でマリアは答えた。依然として資料に目を通している小野寺の読む手はその速度を速め始めていた。

 しかし、小野寺の言葉の矛先はマリアだけでは飽き足らず、不甲斐ないと言わざるを得ない結果を出した王たちにも向いた。平然としている2人だったが、どこか想うことがあるようで真にその言葉を受けるつもりはなさそうだ。

 問題児と位置付けられる2人を一瞬視界に写した後、やはりという感情が小野寺の中で湧き上がっていることが明白に思えるため息を吐き出した。


「……もう2度と、大切なものを目の前で失わないために、大人になれ――ガキども」


 口調は強め――されど2人を思った言葉であると認識できる優しさのある言葉だった。

 だからだろうか。そっぽを向く2人でも、真に言葉を受け取れない両者でも、その目に宿っているのは覚悟のある光だったのだ。口には出さないけれど、確かに2人は今の言葉を遂行するという意思があった。

 それを見逃さない小野寺ではない。そのような体たらくでは盟主などできやしない。人心の掌握と問題解決能力こそ、彼がこの国の盟主たる所以でもある。だから、2人が返事をしなくとも一目見れば彼にはわかってしまう。ようやく2人が本気で物事に対応しようとしてることが理解できてしまうのだ。


「部下の調べによれば、おそらく敵は“終教”で間違いない。お前たちには世界を救うという全人類統一の願いを叶えるためにも奮闘を期待しているが、奴らを放置することができないのもまた事実。そして、奴らが“蠢く終末論”を神として崇めて、さらなる恩恵として“リビングタトゥー”を悪用しているのも周知の事実。それはすなわち、奴らが出張った事件は必ず世界に害する、あのクソッタレどもが関わっているということに他ならない」


 一息。


「ゆえに追加命令だ。俺の仕事を増やそうとする、あの勘違いやろうどもの集まりを潰せ。この世に神など必要ない。祀られるだけのただの偶像なんてものはな。それにあいつらを追っていけば、やがて現れるのは“蠢く終末論”だ。お前らの討伐目標を追うついでに、この世に絶望した馬鹿どもを蹴散らせ」

「わかったよ。小野寺叔父様」

「話は以上だ。今後の奮闘に期待する。仕事の邪魔だ。出ていけガキども」


 いつものように追い出される3人は、閉められた扉を見て大きく息を吐いた。けれど、その心にはそれぞれの想いが火を灯す。


 マリアには自らの願いを完遂するという慈愛の火が。

 皇にはかつての過ちを無に返すという憎悪の火が。

 圷には己の罪禍に向き合うという正義の火が。


 彼らはペンキのように厚く塗られた悪意に立ち向かうため、扉の前を後にした。

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