第13話 絶交

 今日は朝から雨が降り続け、湿っぽいどんよりとした空気が流れている。そのせいか、気分まで落ち込んでくる。


「天宮さん。今日も来てないね」


 古賀こが玲奈れいなが教室のドアを眺めながら呟いた。


「そうだな」


 夢咲ゆめさき千晴ちはるの家で遊んだ日から数日ほど、天宮あまみや郁美いくみが学校に来ていない。一切の連絡がなく、姿を見かけることもない。

 また、彼女の小説も、新しい話は投稿されていない。


 天宮のいない教室は、平和的な雰囲気が漂っている。クラスメイト達の声が普段よりも明るく大きく、楽しそうに笑って会話している。

 さながら、魔王が倒された異世界の風景を見ているようだ。


 ただ、俺は少しも平和を感じていなかった。むしろ、不安を感じていた。


 天宮はこれまでに、授業をサボったり、遅刻することはあった。それでも、毎日登校はしていたし、文系科目の授業に関しては、必ず真面目に受けていた。

 そんな彼女が、数日も連続で学校を休んでいるのだ。気にせずにはいられなかった。


「空野くん。不安そうな顔してるね」

「あっ。……悪いな」

「良いんだよ。お友達のことを心から心配できる所が、空野くんの良いところなんだから」

「そ、そうか。そう言って貰えると助かるな」

「ふふっ。天宮さん、体調崩してるのかな。連絡とか、来てないの?」

「あぁ。こっちから電話もしてるんだけど、返事がなくて」


 スマホの着信履歴を確認する。

 やはり、天宮からの連絡は一切入っていない。


 一体、天宮はどうしてしまったんだ。


「あっ! 空野くん。あれ」

「え? あっ!」


 古賀の声に驚き顔を上げる。

 すると、教室後方のドアから、天宮が教室に入ってくる姿が見えた。


 俺は慌てて自身の席から立ち上がり、天宮に近づいた。


「おいっ、天宮。お前、連絡もなしに、なに休んでたんだよ。心配したんだぞ」


 怒りながらも、安堵感が湧き上がり、自然と笑顔になってしまう。


 天宮は俺の態度に少し驚きながらも、すぐにいつも通りの澄ました表情に戻った。それから、俺などまるで気にせずに、自身の荷物を机の中に入れ始める。


「悪かったわね。私にも色々あったのよ」

「だからって、連絡1つも返さないことはないだろ」

「別に良いでしょ? あんたにいちいち連絡するほど、私、暇じゃないのよ」


 見た目も口ぶりもいつも通りだ。体調を崩しているのではと考えていたが、そうではないようだ。


 相変わらず偉そうな態度だが、今日の所は許すとしよう。


「あっ。そう言えば、お前、この前遊んでから書くって言ってた小説、まだ投稿してないよな」

「え、ええ。そうよ」

「俺も夢咲も楽しみにしてるんだから、早く投稿しろよな」

「……そのことなんだけど」

「皆さん。席に着いてくださ〜〜い」


 天宮が何か言いかけた所で、担任の先生が教室にやってきた。


「悪い。また後で話聞く」

「え、ええ……」


 天宮が何を言いたかったのか気になる。ただ、席に戻らないせいで怒られるのは面倒だ。

 急いで、自身の席に戻る。


「良かったね」


 古賀が嬉しそうに俺の様子をうかがった。


「ああ。見た感じ、体調崩したりもしてなそうだった。全く、人騒がせな奴だよな」

「そうかもね。でも、よかったよ。いつも通りに戻ってくれて」

「古賀も天宮の心配してくれてありがとうな」

「私が心配してたのは空野くんだけどね」

「え?」

「何でもないよ。ほら。先生の話聞こう」


 古賀が満足気に微笑みながら前を向いた。


 彼女が時折見せるいたずらっぽい態度を、俺は未だに理解できない。

 まぁ、かわいいから、何でも良いのだけれど。


 すると、スマホにメッセージが届いた。

 送り主は天宮だ。


『お昼休みに話したいから、部室に来なさい』


 とのことだった。


 そうして、俺は休み時間までの授業を真面目に受けるのだった。


 お昼休み。


 天宮は授業が終わるとすぐに教室を出ていき、部室へと向かっていった。


 俺はいつも一緒に食べている男友達に、今日は別の場所で食べると説明し、弁当を持ってアニメ研究部の部室へと向かう。

 歩いている最中、夢咲の後ろ姿を見つけた。


「よっ。夢咲」

「っ! なんだ、セイちゃんか。びっくりさせにゃいでよぉ」

「ごめんって。お前も天宮に呼ばれたのか?」

「うん。アマネキ、なんで休んでたのかにゃ?」

「分からない。まぁ、これからすぐに分かるだろ」


 そうして2人で部室に入る。


 中では天宮が椅子に座って待っていた。お弁当を食べて待っているのかと思ったが、まだ食べ始めていないらしい。


「アマネキ〜〜!」

「ちょっ、ちょっと」


 言いながら、夢咲が一目散に天宮目掛けて抱きついた。スリスリと頬を擦り寄せている。

 天宮は夢咲の行動に困惑しつつも、よしよしと頭を撫でてあやしている。


 仲がいいのは何よりだが、それを眺めていても仕方がない。


「それで、天宮。話ってなんだ?」

「そうね。千晴。ちょっと真面目に聞いてもらっていいかしら?」

「え? うん。良いよぉ」


 夢咲は天宮から離れると、いつも通りにゲーミングチェアに深く腰を下ろした。


 それを確認した天宮は真剣な面持ちで話しだす。


「まずは2人に、ちゃんと謝りたいわ。連絡もせずに休んで、心配かけてごめんなさい。それと、約束してた短編が書けなくてごめんなさい」


 天宮は深々と頭を下げた。


「良いんだよぉ。ウチはアマネキが無事ってだけで嬉しいんだもん」

「そうだな。それで、あの短編はいつ投稿するんだ?」

「そのことなんだけど……ごめんなさい。小説はもう書けないの」

「もう書けない? あぁ、まぁ、それはそうだよな。お前だって、上手く書けない時ぐらいあるよな」


 いくら小説を書くのが好き天宮であっても、全てを小説として昇華できる筈がない。それに、調子の良し悪しぐらい、誰にでもあるはずだ。

 少し残念な気はするが、仕方のないことだろう。


「違うわ。上手く書けなかった訳じゃない」

「アマネキ。それって、どういうこと?」

「私、もう小説は書かないの」

「え?」

「……は?」


 天宮の言っている意味が理解できない。


「天宮。それ、どういう意味だ?」

「物わかりが悪いわね。だから、私はもう、小説を書かないって言ってるの」

「……お前、やっぱり体調悪いのか?」

「別に、悪くないわよ」

「それとも、今日がエイプリルフールって勘違いしてるのか?」

「冗談を言っているつもりもないわ」


 彼女の顔は、本当に冗談を言っているようには見えない。ありのままの本音を言っている顔だ。


 だからこそ、俺の心には疑問と不安が溢れた。


「じゃあ、なんで『小説を書かない』なんて言うんだよ。お前、小説書くの大好きだろ?」

「そうだよ、アマネキ。休んでた間、何があったにょ?」

「別に、何もなかったわ。ただ、いい加減、『小説家になる』なんて、くだらない夢を追うのは辞めようと思っただけよ」

「『くだらない夢』? は? マジでお前どうしたんだよっ!?」

「今日はそれを伝えようと思っただけよ。……それじゃあね」


 そう言って、天宮は部室を飛び出した。


「っ! アマネキ!」

「おいっ、待てよ!」


 俺と夢咲で全速力で後を追う。


 天宮の足の速さはかなりのもので、中々追いつけない。

 夢咲は走り出して早々にスタミナ切れで倒れた。間違いなく、日頃の運動不足が原因だろう。


 すると、天宮が生徒玄関で靴を履き替えるのに手間取っているのが見えた。すかさず、彼女の腕をつかんで逃げないようにする。


「天宮。本当に何があったんだよ」

「あんたには関係ないわっ!」


 鋭い目つきで俺を睨みつけてくる。


「関係ないって、俺は今まで長い時間、お前に質問攻めにあってんだよ。無関係はないだろ。お前が小説書くのどれだけ好きか、俺は嫌っていうぐらい見せつけられてんだよ。なぁ、ちゃんと話せよ。俺とお前の仲だろ?」

「……私とあんたの関係って、所詮は、お互いに弱みを握ってるってだけでしょ?」

「それは、最初はそういう関係だったが、今は普通に友達だろ」

「あっ。いいこと思いついたわ」


 俺の言葉を無視して、天宮はおもむろにスマホを取り出した。そうして、素早く操作すると、画面を俺に見せてきた。

 映っていたのは、俺が天宮の胸を触っている写真だ。それを彼女は、俺の目の前で削除した。


「ね? これで、あんたの弱みは、私の手元からなくなったわ。これで、私との関係も終わりよ。良かったわね」

「は? お前、俺がその弱みがあるから仲良くしてるとでも思ってんのかよ?」

「あんたがどう思ってるかなんてどうでもいいの。私はあんたに弱みを握られてたから、仲良くしてただけ。でも、もう小説を書かないから、弱みもなくなったわ」

「……お前、それ、本気で言ってるのか?」

「本気よ。それより、いい加減に腕を離してくれないかしら。痛いんだけど」


 言われて、無意識に強く握っていた事に気付いた。握る力を緩めると、天宮は俺の手を思い切り振り払った。


「それじゃあね。あんたはせいぜい、千晴や古賀さんと仲良くしてることね」


 そう言って、天宮はあっさりと立ち去ってしまった。


 友達と思ってたのは、俺だけなのかよ。

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