梅雨空の波乱

第12話 女子の部屋?

 梅雨の時期の放課後の部室。

 俺と夢咲ゆめさき千晴ちはるはいつも通りにアニメ鑑賞を行っていた。


「ねぇ、セイちゃん〜〜」


 本編が終わり、エンディングが流れ始めた所で声をかけてきた。


「おい、まだ話しかけるな。特殊エンディングがあるかもしれないぞ」

「このアニメ、そういうこだわった演出にゃいらしいよ」

「なんでネタバレをするんだ……」

「だって、視聴者さんに教わったんだもん」

「……はぁ」


 その視聴者は本当にアニメ好きなのかを疑ってしまう。初見の人に演出をネタバレするなんて、楽しみ半減ではないか。

 ただ、視聴者に文句を言うと、夢咲が激怒するので黙っておく。


「それで、なんの用だ?」

「今週の土曜日に、アマネキがウチの家に遊びに来るんだけど、セイちゃんも来る?」

「おっ、良いな! 久々に遊びに行くか」

「りょうか〜〜い」

「ってか、お前、天宮と仲良くなりすぎだろ」

「えへへ。まぁにぇ」


 夢咲が天宮あまみや郁美いくみの噂を否定した所を目撃して以来、天宮と夢咲の距離は急激に近づいた。


 これまではお昼休みに教室で1人でいた天宮が、アニメ研究部の部室に行くようになったのだ。


 最初の頃はおどおどしていた夢咲であったが、次第に心を許すようになった。今では、俺と話す時と同じように、砕けた口調で天宮と話している。

 加えて、お互いに、小説を書いていることと、VTuberをしていることを明かしたらしい。「周りに言えない隠し事がある」という共通点が、2人の距離を、より縮めたのかもしれない。


 ちなみに夢咲の言った「アマネキ」とは、夢咲が考えた天宮のあだ名だ。「天宮あまみや姉貴あねき」から形を変えて「アマネキ」となったらしい。


「で、なんでいきなり遊びに来ることになったんだ?」

「えっとにぇ、アマネキが小説の参考にしたいんだって」

「遊ぶのを?」

「ウチの部屋が気ににゃるんだって。アマネキって変わってるよにぇ」

「まぁ、こんな部室を毎日見てたら気になるだろ」


 軽く見回すと、壁にアニメのポスターが所狭しと貼られている。天宮からしたら、興味深い景色に見えるのだろう。


「早く土曜ににゃらにゃいかにゃぁ〜〜」

「直近の未来を楽しみにするのは良いが、俺たちの未来には大問題が待ち構えてることを忘れるなよ」

「もぉ〜〜、思い出させないでよぉ。せっかくアニメ見て現実逃避してたのにぃ」


 天宮との明るい話題とは裏腹に、俺達には、1つの問題が課せられていた。


 テーブルの上に置かれている1枚の紙。その1番上の行には、大きな文字で「アニメ研究部の廃部について」と書かれている。

 今朝、部長である俺が、担任の先生から受け取ったのだ。


 新入部員が1人も獲得できなかった時点で予想はしていた。


 上毛じょうもう中央ちゅうおう高校では、部員が3人以上でないと部活動として認められないという校則がある。ただし、例外として、学外の大会やコンクールなどで優秀な成績を収めていれば、3人未満であっても部活動として認められる。

 だが、アニメ研究部は優秀な成績など収めたことなどないため、廃部の勧告がされているのだ。


 廃部までの期限は今年度中。

 このままでは3年生で帰宅部になり、夢咲は学校での居場所を完全に失ってしまう。


「どうにかしないとな」

「やっぱり新入部員だよにぇ……」

「そうだな。まぁ、帰宅部っぽい子に声かけて、入部を願うしかないな」

「うん」


 とは言ったものの、勧誘期間がとうに過ぎた今、入部してくれる人など早々いるわけがない。それこそ、奇跡を祈っているようなものだ。


「あのさ」

「なんだ?」

「アニメ研究部って、どんな大会で優勝すれば、実績として認められるのかにゃ?」

「アニメのクイズ大会とかか? ……あるわけないよな」


 あと考えられる線で言えば、アニメに関する論文を書いて発表することだろうか。だが、論文の書き方なんて知らないし、それが確実に実績として認められるかは分からない。


 すると、夢咲が「あっ」と何かに気づいたような声を漏らした。ただ、それからなぜか少し気まずそうに俺の顔色を伺いだした。


「どうした?」

「……例えばだけど、アニメを自主製作するとかは? せ、セイちゃん、3DCGでアニメ作れるから……」

「無理だ」

「だ、だよにぇ。ごめんにぇ」

「いや、いいんだ」


 もちろん、作れないことはない。それに、映画祭等々は全国各地で様々行われているはずだ。それに応募し、賞を獲得できれば、部活動は廃部にならずに済む。


 だが、俺の実力で賞を取れるとは思えない。また、赤の他人に鼻で笑われて終わるのがオチだ。

 もう、あの時のような失敗はしたくない。


 結局、名案が浮かぶことがないまま、土曜日を迎えることとなった。


 お昼前、徒歩圏内にある、夢咲の家に向かう。インターホンを押すと、金髪エルフのアナベルのアヘ顔がデカデカとプリントされたTシャツを着た、夢咲が出迎えてきた。


「いらっしゃい!」

「……そのTシャツ、すごいな」

「エヘヘ。良いでしょ〜〜!」


 誇らしげに見せつけてくる。


 なんでそんな卑猥なTシャツを女子のお前が着てるんだ。

 そもそも、あのアニメは健全な内容だったはずだ。となると、誰かの二次創作Tシャツなのだろうか。


「セイちゃんにはあげないからね」

「貰っても、俺が着たら、まず逮捕されるだろうから、そもそも要らない」

「嘘言わにゃくたっていいのにぃ。あっ。もう、アマネキは来てるから、早く入って」

「お邪魔します」


 2階に上がり、夢咲の部屋に入る。


 久々に訪れた彼女の部屋は、以前にも増してアニメグッズが増えていた。家具は白色に統一されているが、グッズの色がそれぞれ赤や緑や青とカラフルなので、目がチカチカしてくる。それに、R-18もののエロさ全開のポスターまで貼られている。

 女子高生の部屋とは到底思えない。


 そんな部屋のど真ん中で、天宮がメモを取っていた。

 今日の彼女は、ジーパンにTシャツを合わせて薄めのカーディガンを羽織っている。いつも通りの私服姿といった感じだ。


「あら。あんたも来たのね」

「嫌そうな顔やめろよ」

「仕方ないでしょう? 千晴に聞かされてなかったんだから」

「おいっ、夢咲。そういうことはちゃんと伝えろよ」

「ご、ごめんにぇ」


 謝ってはいるものの、顔は笑っているので、恐らく少しも反省していない。


「ねぇ、千晴。早速、普段どんな風に配信をしてるのか、早速、教えてくれない?」

「良いよぉ〜〜。アマネキこっち来て」

「その『アマネキ』って呼ぶの、やめて欲しいんだけど」

「え〜〜、いいじゃん。たまねぎみたいでかわいいよぉ」

「そ、そう? なら、そのままで良いわ」

「良いのかよ」


 天宮は疑問を抱きながらも、一応は納得していた。


 たまねぎがかわいいという感性は、俺には分からない。ただ、本人達が納得しているのなら、それで良いのだろう。


 夢咲は勉強机の近くに天宮を呼んだ。

 俺の存在を無視して、夢咲によるVTuber講座が始まった。


「このマイクで声を拾って、ここにあるwebカメラでウチの姿を映すの」

「このカメラに映るだけで、あのアニメ姿になれるの?」

「そうだよぉ。試しにやってみよっか」


 そう言って、夢咲は足元の大きなパソコンのスイッチをいれて、目の前のディスプレイを起動させた。それから、デスクトップにあるLive2Dソフトを起動した。

 画面には鎧兜を頭に被った、オレンジ髪の美少女が映し出された。


「これが、ウチのアバター。戦国せんごくヒタチちゃん。かわいいでしょ?」

「ええ」


 天宮は新たな発見に目を見開いて驚いていた。それから、すぐにメモを取って、参考になりそうなものを片っ端から記録している。


「ほら。こうやってまばたきしたり、体を動かすと、ちゃんとアバターも動くんだよぉ!」

「凄いわね。それじゃあ、この手元のスイッチは何に使うのかしら?」

「これはね……」


 こうして、夢咲によるVTuber教室が始まった。

 天宮は次から次へと質問をして、それに対して、夢咲が解説をしていく。


 夢咲は頭が悪いが、VTuberという分野においては豊富な知識を有している。そのため、解説の1つ1つが聞いていて面白い内容ばかりだった。


 そうして、30分ほど過ぎた、お昼時。


 お腹が空いたので、お昼ごはんを食べることにした。ピザを宅配して、リビングに降りて、3人でテーブルを囲む。


「3人でL2枚は多くないか?」

「私もそんなには食べれないわよ?」

「大丈夫だよ。いざとなったらセイちゃんが全部食べてくれるもんにぇ?」

「それもそうね」

「2人して、俺を残飯処理班にするな」

「それに、足りにゃいよりは多すぎる方が良いもん。さぁ、食べよう! いただきます!」

「いただきます」

「い、いただきます」


 早速、食べ始める。


 ピザは1枚がマルゲリータ、もう1枚が4種のチーズ盛りというもの。どちらも味が濃厚で、耳の部分がモチモチしている。サイズは大きすぎるほどなので、食べ応えは抜群だ。


 ただ、4きれ目を食べた所で、満腹感を感じ始めた。そうして、全員が理解した。食べきるのは不可能だと。


 ひとまず、戦犯の夢咲にチョップを食らわせた。


 それから、ピザを夢咲の部屋に持ち込んで、食べながら、テレビゲームをすることになった。


「うおっ! これ、ついこの前発売したゲームじゃねぇか! よく持ってるな」

「当然だよ。流行のものは、いち早くプレイしたほうが、再生数稼げるからにぇ!」


 理由がいかにもVTuberらしい。


 そうして、3人でできる対戦ゲームをすることになった。1つのステージ上でライバルのHPを0にし、自分が生き残れば勝ちという、シンプルかつ面白いゲームだ。


 早速、対戦を開始する。


「行くぞぉ!」

「セイちゃん死ねぇ!」

「うおっ、危ねぇ!」


 回避を駆使して、ギリギリで避ける。だが、避け続けているだけで精一杯で、反撃することができない。

 ゲームの持ち主なだけあって、夢咲は操作が上手い。強力なコンボ技を次々に仕掛けてくる。

 俺1人では、到底太刀打ちできそうにない。


「天宮。一緒に夢咲を倒すぞ」

「え、ええ」


 天宮が何故だか不安げに返事をした。

 それから、天宮のキャラが夢咲のキャラに突っ込んでいく。


「行け! 天宮!」

「アマネキにも負けにゃいよぉ」

「あっ!」

「え?」


 攻撃を仕掛けるかと思った天宮のキャラは、なぜか自爆の魔法を使って死んでしまった。


「なにやってんだ天宮!」

「隙ありっ!」


 俺が天宮にツッコんでいる隙に、俺のキャラは夢咲に倒されてしまった。見事な惨敗だ。


 勝利した夢咲は高らかに笑っている。それから「は〜〜い、ザコ! ザコ!」と幼稚な悪口を言いまくっている。


 ウザすぎる。次こそは絶対に倒してやる。


 ただ、この1戦で気づいた事があった。


「天宮」

「な、なにかしら?」

「お前。もしかしなくて、ゲーム下手だろ?」

「っ! し、仕方ないでしょ? テレビゲームなんて、今までやったことなかったのよ」

「えっ!? アマネキ、ゲームやったことなかったの? 仕方ないなぁ。ウチが教えてあげるよ〜〜」


 こうして、次の対戦からは、俺対天宮と夢咲の形で行われることになった。

 実力差的に、天宮と俺でチームを組んだ方が良い気がしたが、夢咲はそれを許さなかった。彼女は俺をゲームで一方的にいたぶりたかったようだ。


 そうして、俺達は夕方までゲームで遊び尽くした。

 結局、俺は1勝もすることが出来なかった。

 その代わりに、天宮の実力はメキメキと上達した。リアルの喧嘩に慣れているせいか、コンボの飲み込みが早いのだ。まったく、恐ろしい女だ。


 遊び疲れた所で俺達は帰ることにした。


「じゃあ、また学校でな」

「うん。アマネキもまたにぇ!」

「ええ。それと、今日のことを参考にした短編をさっそく書いてみるわ。2人とも、ぜひ読んでみて」

「分かった!」

「ああ。楽しみにしてるぞ」


 こうして俺は帰宅した。


 帰宅してすぐに、スマホで天宮の小説ページを検索する。新着小説を探してみるが、今の所、アップロードされていない。


「流石に確認が早すぎたか」


 つい先程、別れたばかりだ。流石の天宮でも、書き終わっているはずがない。そう思って、スマホの電源を落とし、夕飯を食べることにした。


 きっと、明日にはアップロードされているだろう。


 そう思っていた。


 しかし、その後に短編がアップロードされることはなかった。

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