全ては小説のために

第5話 セフレ?

 天宮あまみや郁美いくみと出かけた翌週の、月曜日の放課後。


 俺はアニメ研究部部室でアニメを見ていた。


 画面は大きめなパソコンのディスプレイで迫力満点。自前のイヤホンも付けているので音も申し分ない。

 唯一の欠点と言えば、座っているのがパイプ椅子ということだろうか。


「わぁ〜〜、アナベルちゃん可愛いにゃぁ」


 隣のゲーミングチェアに座る夢咲ゆめさき千晴ちはるが呑気な声を上げた。

 夢咲はゴツいヘッドホンを付けていて、完全にアニメの世界に没入している。表情も普段より柔らかくて、溶けてしまうんじゃないかと思うほどだ。


 俺らが今見ているアニメは異世界もの。主人公のロンはただの村人の男子。ある日、彼が森の中でヒロインである金髪のエルフのアナベルと出会い、彼女と共に冒険を始めるといったストーリー。

 少し昔に放送されたアニメのため、作画のレベルは現在のものと比べると悪い。ただ、それを補えるほどストーリーが面白い。


 俺と夢咲は完全に見入っていた。そのため、あっという間に1クール12話を見終えてしまった。


「いやぁ〜〜、これは確かに面白いな」

「でしょ〜〜? なんと言っても、ウチの視聴者さんが教えてくれたアニメだからにぇ」

「ロンは王道の主人公感があって良いよな。ここ最近の異世界無双ものと違って、努力して少しずつ強くなる感じが」

「うんうん! アナベルちゃんがロンくんを献身的に支えてるのも、バブみを感じて最高だったにゃぁ」

「だよなぁ。ってか、『バブみ』って言うな。キモい」

「バブみは良いでしょ! 最高の褒め言葉だよぉ!」


 アニメを見て意見を言い合う。これがアニメ研究部の主な活動だ。

 見るジャンルは様々。年代も様々。ただ、基本的には夢咲の視聴者さんからオススメされたものを見ている。後の配信で、感想を視聴者さんに向けて話せるためだ。


「ねぇねぇ。アナベルちゃんって、見た目が天宮さんに似てるよにぇ」

「あ〜〜、同じ金髪だし、顔付きも似てるかもな」

「じゃあ、リアルアナベルちゃんだぁ。あっ。そう言えば、土曜日に呼ばれたのは何だったにょ?」

「う〜〜ん、まぁ、ただ一緒に食事しただけだったな」


 小説の参考にするために質問攻めにされていたことはもちろん話せない。


「それって、でぃとってこと?」

「いや、デートではないだろ。ただ、天宮と食事して話してただけだ」

「えぇ〜〜。ウチ的には2人が付き合い出したほうが面白いのににゃぁ」

「俺の人間関係を面白がるな。それより、感想まとめとくぞ」


 ディスプレイを自分側に向けて、キーボードを手元に持ってくる。それから、今日見たアニメの感想や評価を打ち込み、200文字ほどにまとめる。こうしてまとめたものを、文化祭で掲示するのだ。


 今日のアニメは面白かったので、感想が書きやすい。


 すると、隣で夢咲が座りながらグルグルと回転し始めた。


「どうした?」

「う〜〜ん。結局、新入部員入らなかったにゃぁって思って」

「そうだな。まぁ、仕方ないだろ」


 俺達の勧誘は無念な結果に終わっていた。

 生徒玄関前での勧誘は、声をかけ続けたものの、話を聞いてもらえることがなかった。ポスターは出来栄えこそ良かったものの、それが新入部員獲得に繋がることはなかった。


 モニターから目を離して部室を見回す。

 狭い部室でも、夢咲と俺の2人だけには広すぎるように思える。


「やっぱり、ウチも生徒玄関で勧誘すれば良かったんだぁ……」


 最初は勧誘に反対していた夢咲が本気で落ち込んでいる。ゲーミングチェアの上で体育座りをして、小さく縮こまっている。小柄な体格がより小柄に見える。


「そんなに落ち込むなよ。勧誘期間が終わっただけで、これから入る可能性もあるんだからな」

「うん。そうだにぇ……」


 返事はしたものの元気はない。

 普段はうるさい夢咲が静かだとどうも調子が狂う。


「じゃあ、景気付けにこれから一緒に何か食べに行こうぜ」

「……うん」


 こうして、俺と夢咲は電車に乗って高崎の市街地へと向かった。

 部活終わりのこの時間帯はちょうど夕食時。飲食店はどこも賑わっている。


「なに食べるか?」

「ラーメン!」

「お前、自分が女子って自覚ある?」

「もちろん」


 自信満々に答えられても困る。


「あのにぇ、ウチここ行ってみたい」

「ん?」


 夢咲がスマホの画面を見せてくる。

 そこには、スープにたっぷりと脂が浮いたラーメンの写真が映っていた。写真だけでも胃もたれしそうだ。


「お前、やっぱり女子じゃないぞ」

「うるせぇ〜〜。行こぉ〜〜!!」

「名言を汚すな」


 ツッコミながらも、夢咲の要望を受け入れてお店の場所を調べる。


 ラーメン屋は高崎中央銀座商店街沿いにある。駅からは徒歩15分ほど。

 夢咲の小さな歩幅に合わせて歩いていく。


「ねぇ、セイちゃん」

「ん?」

「あれ。あそこで歩いてるの、アナベルちゃんだよね?」

「アナベル? アナベルがリアルにいるわけ……あぁ〜〜、そういうことか」


 夢咲が指さす先には、天宮が歩いていた。

 白いスウェットに水色のジーンズと、かなりカジュアルな服装をしている。手には手提げカバンを持っているが、イベントで貰えるような安物だ。


「どこにいくのかにゃ?」

「さぁ?」


 天宮に気づかれないように、少し歩く速度を落とす。10メートルほどの距離を取っておく。


 今のところ、気づかれた様子はなさそうだ。


「……なんかさ、道のりずっと一緒だにぇ」

「そうだな」

「もしかして、同じラーメン屋に行くつもりなのかにゃ?」

「天宮なら可能性はあるな」


 ネットの評価を見る限り、ラーメン屋の人気はかなり高い。偶然行き先が被ることも無くはないはず。普通の女子が脂たっぷりのラーメン屋に行くことは想像できないが、ヤンキーの天宮なら容易に想像できる。


「店内で絡まれたくはないな」

「うっ……。そ、その時はセイちゃんを犠牲にするよ」

「『犠牲』とか言うな」


 そんな事を言っていると、天宮が商店街への道から外れた。

 どうやら、俺らの予想は外れていたらしい。


「良かったぁ。違うみたいだにぇ」


 人見知りの夢咲は心の底から喜んでいる。

 こんなことで一喜一憂しているコイツの日常は、一体どうなっているのだろう。


 天宮を目で追いながらラーメン屋を目指す。

 すると、天宮が中年の男性に声を掛けられたのが見えた。天宮も男性に親しげに話し合っている所をみるに、知り合いだろうか。


 少し気になるけれど、天宮を尾行するわけにもいかない。


 大人しくラーメン屋へと向かう。

 

 到着したラーメン屋は、サラリーマンや学生で賑わっていた。俺達はテーブル席に相向かいに座り、看板商品のラーメンを一杯ずつ注文する。


 間もなくすること、スープの表面に脂がたっぷりと浮いたラーメンが目の前に置かれた。卵や海苔やチャーシューと具沢山。熱々の湯気からは食欲をそそるいい匂いがする。


 俺達は手を合わせ「いただきます」と、同時に手を合わせ食べ始める。


「うまい!」


 思わず呟いてしまった。

 中太麺がだしの効いた醤油スープと絡まっていて、すするたびに旨味が口の中に広がる。チャーシューも肉厚で食べ応え抜群。


 夢咲もズルズルといい音を立てながらすすっている。その表情も満足げだ。


「あの人って、天宮さんとどういう関係なのかにぇ」


 麺をすする合間に夢咲が突然そう言った。

 夢咲も気になった様だ。


「30代くらいだったよな。親にしては若すぎる気がするけど」

「それに、顔付きも似てなかったよにぇ。親族って感じでもなさそう」

「となると」

「セフレ?」


 ぶほっ!


 思わずむせてしまった。


「にぇ〜〜、汚いんだけど」


 夢咲が文句を言いながらテイッシュで机に飛び散ったスープを拭き取る。


「いや、お前な、いきなり『セフレ』とか言うなよ」

「だって、そういう噂もあるんだもん。『セフレ』って考えるのが普通だよぉ」

「まぁ、確かにな。でもな……」


 セフレが沢山いるとか、小遣い稼ぎで体を売っているという噂は、俺も聞いたことがある。見た目が美少女の彼女だ。可能性としては無くはない。


 ただ、素直に納得できずにいた。


 というのも、俺は天宮が面倒な酔っ払い男から女子を救った、正義感に溢れた姿を見た。暴力の加減で言えば天宮はやり過ぎだった。だが、行動のすべてが間違いではないはずだ。

 そんな正義感のある彼女が、セフレの様なみだらな関係を持っていたり、体を売ってお金を稼いでいるとは考えづらかった。


 悶々とした気持ちのままラーメンを食べ進める。


「……なぁ。天宮のことはさておき、このラーメンキツくないか?」

「う、うん。ウチもちょっとキツくなってきたかも」


 頭も胃の中も気持ち悪い。ただ、残すわけにもいかないので、何とか最後まで食べきった。会計を済ませて店を出る。


「なぁ。コンビニで黒烏龍茶でも買おうぜ。胃がキツすぎる」

「激しく同意」


 そうして、俺らはラーメン屋から僅かに歩いた位置にあるコンビニへと向かった。胃の中のものを吐き出さないように俯きながら歩いていく。店内に入ると、黒烏龍茶2本を持ってレジに持っていく。


「いらっしゃいませ。ポイントカードはお持ちですか?」

「持ってないです」

「220円になります。お支払い方法は?」

「電子決済で」

「レジ袋はご利用ですか?」

「いらないです」

「って、な〜んだ。空野じゃない」

「そうです……ってなんで俺の名前を?」


 思わず顔を上げて店員を確認する。


「あ、天宮!?」


 そこには、店員姿の天宮がいた。彼女は普段はおろしている髪を後ろでまとめている。服装も一切乱れていない。

 そのせいか、普段より少し大人っぽく見える。


「そんなに驚かなくてもいいでしょ?」

「わ、悪い」

「まぁ、いいけど」


 それにしても、驚いた。まさか、こんな所で天宮に会うなんて。

 改めて店内を見回すと、先ほど天宮と話していた男性が店員として隣のレジに立っていた。どうやら、セフレではく、バイト仲間だったらしい。


 酷い勘違いをしてしまった。


「それより、あんたと一緒にいた女の子、走って出ていっちゃたけど、いいの?」

「え?」


 後ろを振り向くと、つい先程まであったはずの夢咲の姿がない。

 

 アイツ、天宮にビビって逃げやがったな。というか、天宮が店員って気づいたなら、俺にも教えろよ。


 頭の中でツッコミながらも平然を装う。


「ま、まぁ、大丈夫だ。それより、天宮はバイトしてたのか」

「ええそうよ。ここ以外にも、ラーメン屋とファミレスもしてるわ」

「へぇ〜〜沢山してるんだな」

「えぇ。お金が必要なのよ」


 そう言って、なにやら思い詰めた表情を見せた。

 その理由に踏み込んでいいものか迷って、結局、聞かないことにした。


「……まぁ、頑張れよ」

「えぇ。ありがとうございました」


 そうして、コンビニを後にした。


「セイちゃ〜〜ん。黒烏龍茶ちょうだい!」

「なに当たり前のように合流してんだよ」


 いつの間にか隣にいた夢咲の頭に軽くチョップする。

 夢咲は頭を押さえて、その場にしゃがんだ。


「いてっ。もぉ〜〜、やめてよぉ〜〜」

「俺を見捨てて逃げやがって」

「ご、ごめんにぇ。今度は逃げないから」


 謝りながらも、その表情は笑っている。どうも反省の色が見えない。

 ……カマをかけてみるか。


「あっ! 天宮」

「ひっ!」


 俺の声と同時に夢咲は走り出した。そして、そのまま建物の影に消えていった。


 最低だな。アイツ。

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