❄️5👨
次の日、とうとうユキはバイトを休んだ。
朝も結局何も腹に入れず、しんどそうに横になるユキを見て、ユキとオレのバイト先に休みの連絡を入れた。いくらなんでも今のユキを一人にしちゃおけない。
部屋の中は、昨日の夜から降り続く春雨の音だけが響いている。デバイスの天気予報を見るとこの雨は夜まで続くらしい。何となく居心地が悪くて、昔クソ程笑った古い動画を適当に流してると、いつの間にか昼過ぎになっていた。
昼メシでも買ってくるか。
出かけようとした矢先、横になっていたユキが、突然ゆらっと立ち上がった。
「どした、ユキ?」
ユキは、答えなかった。
無言のまま、ふらふらとおぼつかない足取りであの手紙の置いてある木棚の前に立つ。
「こんなのがあるから、いけないんだ」
やつれた顔でそう呟いて、ユキはその手紙を手に取った。封筒を両手で横に持って、まるでいらない紙をビリビリに破くような格好でユキは手紙を強く握った。
「こんな手紙……っ!」
こんな手紙さえなきゃって、オレだって思ったよ。
けどよ、わかんねぇけど、そりゃヤバい——!
オレのカンに手が動いて破られそうな手紙を間一髪でユキから奪い取った。
「返せっ! 返せよッ!!」
真っ赤に腫れた目を大きくかっぴらいて、ユキはオレの腕を引っ掴んだ。コイツの小さい身体のどこにそんな力があんのか。腕に爪が食い込むぐらい必死に手紙を奪い返そうとしてくる。
「待てッ! 落ち着けって! せめて中身開けてからにしろって!」
「関係ない他人のクセに! いちいち口出しすんなよ! どうだっていいんだよこんなものッ! 僕の今に必要ない!」
「うるせぇ!! 逃げてんじゃねぇーよ、このアホッ!」
カッと頭に血がのぼってユキを怒鳴りつける。ユキがびくっと身体をこわばらせてもブレーキは効かなかった。
「逃げてんだよお前は! 手紙いつまでも開けねぇーでウジウジするぐらいだったら会って直接言えよ! ソイツにお前の腹ん中全部ぶちまけてみろや!!」
「できるわけないだろ!! あの人は僕が大ッ嫌いなんだ! 毎日殴られて、死ねって首絞められて、だから……だから……っ」
言葉が、途切れる。
掴んでいた手をゆるめて、ユキはだらりとうなだれた。
「どうしてだよ、父さん……どうして今さら、手紙なんか……」
その言葉で急に頭が冷えて、オレは何か全部分かった気がした。
歯を食いしばって小さく震えるユキの手を、そっと掴む。
シワクチャになって、端が少し破けた手紙。
手のひらで包むようにそっとのせてやる。
「オレはたしかに何も分かんねぇ他人だよ。どうなったってオレにゃ関係ねぇけどよ、ユキはそれでホントにいいのか? コイツを送ってきたワケ、知りたいんならジブンで確かめるっきゃないんじゃねーの」
涙がにじんでいるユキの目を見て、ゆっくり言う。
するとユキはあっさりと小さく頷いて、落ち着いた様子で長座布団の上に座った。
それからは一日中黙って手紙を眺めて、夜になってまた布団に潜っていった。
オレがさっき言った事もやった事も多分正しくねーんだろうな。
ついカッとなって怒鳴っちまって、ユキのでっかい傷にただ塩を擦り付けただけじゃないか?
一緒にクソ親父だって怒ってやれたら良かったか?
ユキみたいにオレがかしこかったらもっといい言葉をかけてやれたのか?
考えたって答えはオレにもユキにも、誰にもきっと分からない。
道しるべのない森の出口を濃い霧の中で延々と探すようなモンなのかもしれない。
ふと窓の外を見ると長い春雨はいつの間にか止んでいた。
暗がりの空の雲間から点々と散らばった星があちこちからのぞいている。
「明日は、晴れっかな」
針の穴みたいな小さな光。
雲に隠されそうになりながらずっと遠くでまたたいてる星は、ひっそりと、けれどそこでたしかに輝いていた。
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