第15話 復讐の果て
「なぜ本庄の命を奪おうとする?」
「この男は……いえ、この兄妹は私の人生をメチャクチャにしたからです……」
彼女が中学生に上がってすぐに両親が離婚したそうだ。
父親はヒプノセラピスト、一種の催眠術師のような仕事で母親は小学校の教員をしていた。その母親が教え子にいかがわしいことをしたのが離婚の原因だったという。母は真面目な性格で浮気をましてや教え子と関係を持つような女性ではないため、彼女は自分で調べたところ、放課後に隠れて自慰行為をしているところを教え子の男子に盗撮されて無理やり関係を迫られたことが母親のスマホを盗み見てわかったそうだ。その教え子の名前は結局わからずじまいだったが、母親のスマホにヘソの下にハートの形をしたホクロがあったという。
父親と母親は協議離婚だったため、養育費などを父親が払ってくれないまま、失職してしまった母方に引き取られたそうだ。シングルマザーになった母親は夜の仕事をはじめ、代わる代わる男を作っては家にほとんど帰ってこなかったらしい。
そんな水瀬染毬は大学生になって1コ年下の彼氏ができたそうだ。彼女と同じように他人に気遣いのできる優しいひと。金銭的余裕のない彼女に気を遣って恋人らしいことをすることもなく半年ほど大学の図書館でデートを重ねていたが、新年度に入ってきた本庄紗和にその恋人を奪われたらしい。その挙句、父親のいない淫売女の娘と本庄紗和とその仲間にSNSで晒され、大学在学中はずっと孤立していたという。
暗い感情を隠したまま、大学時代を過ごした染毬は本庄紗和による被害が他の人にも及んでいることを知り、例の【本庄兄妹に被害を受けた者たちの会】というサイトを作ったそうだ。作った最初の頃は本庄紗和だけを書いていたが、彼女の兄に被害を受けたという男性や女性が書き込みが増えてきたことから、「兄妹」に変更したという。
この会社を選んだのも本庄紗和のSNSから兄が就職すると知ったから入社した。兄に近づき妹に復讐するため。俺に近づいたのは入社式で本庄と仲良くなったから。本庄に利用されている俺を二重に利用しようと企んだらしい。父親の見様見真似で催眠術をかけた俺を使って、様子を見ている間に恐ろしい事実が発覚した。
紗和の兄、本庄拓弥のパンツ姿で写された画像。
彼のヘソの下に昔、母親のスマホで見たハートのホクロを発見した。
家族全員の運命を狂わせた元凶。
「だから本庄兄妹を殺すことに決めたんです」
人を踏み台にしないと生きていけない狂った兄妹。
けっして許してはならない二人に復讐をしようと決意したそうだ。
妹の紗和を殺したのも水瀬さん。
彼女の行動を数か月前から尾行して調べていたらしく、毎月定例で開かれるサークルの集まりの帰りに彼氏の家にひとりで例の路地を通ることも調べていたそうだ。
その路地で顔を見せて、防犯カメラのないルートを選び廃ビルまで連れて行き犯行に及んだという。
「だから俺も殺そうとしたんですか?」
「先日、甲田さんのところに警察が来ましたよね」
本庄の妹、紗和を殺した後、IPから身元の割れた俺。
警察が少し動けば、洗脳された跡が見つかれば身近な人間が関係していると発覚するのを恐れて事故死に見せかけようとしたらしい。そうしないと本命の本庄拓弥を殺すまでに足がついてしまうと考えたらしい……。
「でも、私は甲田さんのことが……いえ、なんでもありません」
なにか言いかけたが唇を思い切り噛みしめて自分で言葉を遮った。
「水瀬染毬さん、そのナイフを床に置いてください」
「──っ!?」
例の刑事。
俺が頼んでクルーズ船に乗船してもらっていた。水瀬さんを刺激しないようにゆっくりと部屋の中に入ってきた。
「甲田さん……最初から全部知ってたんですね」
「ええ、ですから手に持っているのはダミーナイフです」
駅のホームで俺を押したのが彼女ではないと信じたかった。
だが、あの押された瞬間、振り返った視界の端に水瀬らしき人物をとらえたのもまた事実。だから最悪のケースを想定しておいた。
柄の方が金属で刃の部分がゴムでできているダミーのナイフ。柄が重いので本物だと勘違いしてしまうほどよくできている。最初にロープをこのナイフで切ったように見せたのも本当は事前に切れていたものを用意していた。
水瀬さんは絶望に満ちた目で刑事と俺を交互に見つめる。
その顔には、狂気と悲しみが入り混じっているように感じた。
「……もう、終わりにしたいんです」
彼女は震える手で髪に挿していたかんざしを抜き取った。同時に彼女のお団子状に結ってあった綺麗で艶のある黒髪が広がる。
「この男を殺さなければ……!」
水瀬さんは叫び、猛然と本庄の右目に突き刺す。俺と刑事が止めようとしたが、かんざしを振り回され、思うように近づけない。本庄は苦悶の表情を浮かべ、断末魔が部屋中に響き渡る。
「やめろ! 水瀬さん、やめてくれ!」
本庄に覆いかぶさり、何度もかんざしを喉の辺りを突き刺す。俺と刑事で必死に水瀬さんを引き剥がそうとするが、彼女の力は狂気に駆られて常人とは思えないほど力強かった。
ようやく水瀬さんを引き剥がすことができた。
だが時すでに遅く、絶命した本庄が目を見開いて恨めしそうな潰されなかった片目で、俺を見ている気がした。
「これで、私も……」
しまった。
本庄に注意が行きすぎて、水瀬さんから注意を逸らしてしまっていた。
彼女は俺と刑事の隙を見て、懐から取り出した錠剤のようなものを飲み込んだ瞬間に気が付いた。
飲み込んだものを吐かせようとしたが、ダメだった。
くそっ、なんでこうなった。
復讐を果たした彼女は、最後に俺の膝で笑顔を見せた。
いつの間にか古びた写真を握りしてめている。
彼女が眠るように息を引き取る間際に手に持っていた古びた写真には、幼い頃の水瀬さんとその両親が仲睦まじく幸せそうに3人で手をつないで笑顔を向けていた……。
──7年後。
俺は今野咲良と結婚し、幸せな生活を送っている。
結婚して、2年が経ったが、専業主婦となった妻の咲良は最近、俺に不満を募らせていると感じる。けっして日常での夫婦間において特に問題はないのだが……。問題は夜の方にあった。
「ねえ、しよ?」
「咲良ごめん、またあの話を聞かせてくれるか?」
「もう……しょうがないな」
中学2年にはじめて付き合った彼氏の話。
高校生になって、バスケ部の先輩に処女を捧げた話。
大学に入って、付き合った彼氏の性癖が歪んでいて縛られて行為に及んだ話。
それらを聞かないと俺の男性としての機能は維持できなくなっていた。
「ごめん」
「……いいよ」
次の日、会社へ向かう途中、手帳を家に忘れたことに気づいた俺はあわてて家に引き返した。
まずいな。
あれを見られたら、なんて思われるか……。
「手帳は!?」
「はい、これ」
「中身を見た?」
「見てないけど……」
そっか。
よかった。
手帳には個人的なことを書き記していた。
妻が
なぜこんな異常な性癖になったのか自分でもわからない。
考えてみると、最初の人生で本庄と咲良が公園での情事に意識を失いつつも異常に興奮したのを覚えている。
その一週間後の朝。
見覚えのあるアパートのベッドで目を覚ました。
日付は2年前の結婚式の朝、当日……。
【ご連絡】
本作を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
本作の続きが気になる。同じジャンルの話を読みたい! など思ってくださいましたら☆評価や応援コメントで感想をいただければ次回作の参考にしたいと思います。
すべてを奪われた男はやり直し人生で復讐する あ、まん。 @47aman
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