第48話
「いにしえより国同士で交わされた密約があることは知っているか? それには期限があるのだと」
「密約?」
ヒースの言葉に、そのままいこうとしていたフレデリックが足を止めた。その顔にはヒースの言葉を疑いながらも、何かを思案するような色が浮かんでいた。ヒースは目の前の男をはかるようにじっと見る。
この男をどこまで信じていいのだろう。万が一フレデリックがマーリーン公とつながっていたら、それは自分だけじゃない、シュイにとっても命取りになりかねない。ヒースの額から冷や汗が落ちる。だけど、いまはこの男に懸けるしかない。
「そうだ。はじまりは……」
ヒースはフレデリックの顔をまっすぐに見ながら、オースティンから聞いた話を慎重に告げる。ヒースの話が終わると、フレデリックは納得したような表情を浮かべた。
「周辺諸国がなぜいま騒がしいのかと思っていたが、そういうことか。お前はどこでその話を……、いやいまはそれはどうでもいい。メトゥス王やマーリーン公は……、彼らがそれを知らぬはずはないか」
フレデリックがぶつぶつと呟きながら考え込むのを、ヒースはじっと眺める。ここからが肝心の話だ。いまからする話が、ヒースがこの場にフレデリックを呼んだ理由だ。ヒースは覚悟を決めたようにフレデリックを見る。
「新しい石さまについて、何を知っている?」
「新しい石さま?」
フレデリックが訝しげに眉を顰めた。その表情は決して嘘をついているようには見えなかった。だけど自分はこの男のことをほとんど知らない。ヒースはごくりと唾を飲んだ。
「……新しい石さまを生む秘策があるそうだ。貴石を生み出さなくなった石さまの血で、生まれたばかりの赤ん坊を満たすのだそうだ。その中で相性のよいものだけが、石さまとして生き返るという。そしてシュイは長い間石を生んでいない」
「そんなことが……っ!」
フレデリックの顔に驚愕が浮かんだ。その顔色は真っ青だ。だが、思い当たることでもあるのか、フレデリックはしばらく考えるそぶりを見せた。
「最近マーリーン公が密かに動いている気配があったのはそれか……」
沈黙が流れる。ヒースはショックを受けたらしい男の顔に理解の色が浮かび、冷静に何かを計算するようすをじっと眺めていた。やがて、フレデリックが顔を上げた。ヒースを見るその目には、疑いが滲んでいる。
「その話が本当だとして、なぜ私に話した? お前にとって私は村を滅ぼした憎い仇ではないのか?」
「……許せないよ。お前のことはいまでも殺したいくらいだ」
ヒースにとって、フレデリックは大切なものを奪った仇だ。いくら命令を受けたこととはいえ、この男がしたことは許せるものではない。できることならば自分の手でこの男を殺したい。だけどいまシュイのことで頼れる相手がいるとしたら、それはフレデリック以外考えられなかった。
「だけど、あんたがシュイを大切に思っているのは嘘ではないと思うから……」
ヒースの言葉に、フレデリックがはっと息を呑んだ。
王都から迎えがきたとき、シュイの前で見せたフレデリックの態度は、とても演技をしているようには思えなかった。いまでもフレデリックのことは憎い。そんな人間に大切な幼なじみを任せたくなんかない。だけど……。
胸騒ぎがしていた。別れ際、シュイが見せた表情が気になって仕方がない。
母さん、マナ、父さん、じいちゃん、村のみんな、ごめん……!
ヒースは顔を上げると、まっすぐにフレデリックを見た。
「シュイに伝えてくれ。ばかなことは考えるなと。そしてこの先俺に何か遭ったとしても、それは決してシュイのせいなんかんじゃない。あの夜、止めることができなくてごめん。お前は何があっても生きるんだ。誰かの犠牲になんかなるな。お前は、お前らしく生きてほしいと……!」
「お前は……」
覚悟を決めたヒースの言葉に何かを感じ取ったように、フレデリックは大きく目を瞠った。
――シュイ、泣いたらだめだ。
幼い頃の自分たちの姿を思い出す。シュイが泣けなくなったのは、きっと自分のせいだ。ヒースがもう泣いてはいけないとシュイに言ったから。あの夜、何としても自分がシュイを止めるべきだったと、ヒースはずっと後悔している。もしこの先自分に何かあったとしても、シュイは泣けないかもしれない。だとしたらシュイはどうなる? 誰がシュイを守る?
焦燥がヒースの胸をしめつける。
「あんたにしか頼めない。シュイは自らを犠牲にするつもりだ。フレデリック、シュイを守ってやってくれ!」
フレデリックは身を翻すと、螺旋階段を駆け上がってゆく。
頼む、どうか、シュイを守ってくれ……!
ヒースは一人地下牢に取り残されたまま、祈るように心の中で叫び続けた。
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