第41話

「違う違う、素直に信じられないのはわかるが、お前の考えているようなことじゃない」


 ヒースの迷いを見透かしたように、オースティンは困ったように頭の後ろをかいた。


「俺にはさっき話したように大した力はない。ただなんて言ったらいいか、昔からほんのときたま不思議なものが見えることがある。お前のその袋、俺にはその袋の中身が、ときどき光を放っているように見えるんだ」


 ――光……?


 ヒースははっと目を見開いた。思わずじっとオースティンを凝視してしまう。


「もちろん無理にとは言わない。お前が話したくないならもう聞かない」


 オースティンの瞳は静かで、ヒースには彼が嘘をついているようには思えなかった。もちろん人は嘘をつく。自分たちの欲望のため、平気で他人を裏切ることができる。それこそ残酷なほどまでに。オースティンの話を信じるのは愚かなことかもしれない。だけど――。


 ヒースはじっと考え込むと、首から下げていた紐を外した。袋の口を解き、シュイの石をぎゅっと握りしめると、オースティンのほうに差し出した。


「いいのか……?」


 まさかヒースが応じるとは思ってなかったようだ。驚きを顔に浮かべるオースティンに、ヒースはこくりとうなずいた。握っていたこぶしを開き、オースティンの手のひらに石を乗せた。朝日を浴びて、シュイの石がきらきらときらめく。


「これは……っ!」


 手のひらにころんと転がり出たものを目にして、オースティンが息を呑んだ。


「伝説は伝説にすぎないと、正直実際に目にするまでは信じてはいなかったんだが、そうかこれが……」


 ごくりと唾を飲む音が聞こえた。オースティンは魅入られたように、自分の手のひらで光る石から目を離すことができない。


 オースティンの手のひらの上で光るシュイの石を、ヒースは長いこと袋にしまったまま、ほとんど目にしていなかった。それは同時にあの夜のことを思い出させるからだ。大切な者たちを守れず、目の前で失ったつらい記憶を。そして月明かりに照らされた湖で、銀髪を顎のあたりで切り揃えた幼なじみの澄んだ冬の空のような瞳を。


「……俺がなぜこの石を持っているのかは言えない。だけどこれは盗んだものじゃない」


 オースティンは何かを振り切るように石から顔を背けると、ヒースにしまってくれ、と頼んだ。ヒースは石を袋の中にしまい、再び首から下げる。


「いやまいった、宝石などには大して興味がない俺でも、つい魔が差しそうだ……」


 オースティンが苦笑を滲ませ呟くのを、ヒースは不思議な思いで眺める。人々にとってはある意味特別な貴石かもしれないが、ヒースにとってはただの石だ。シュイの石という以外の意味は何もない。


「お前がその石を盗んだとははじめから思っていない。いや、俺にはお前がその石を持っている理由は見当もつかないが……」


 オースティンはもう普段の彼の調子を取り戻していた。


「俺が持っている力はほとんど役にも立たない、あってもないようなものだ。だが、はじめて会ったときから、俺にはお前が青い光に包まれているように見えた」

「青い光? それはいまもか?」


 ヒースはぎょっとしたように自分の腕を上げた。じっと見るが、別段変わっているようには見えない。そんなヒースにオースティンが苦笑した。


「いや、光に包まれていると言っても言葉のあやで、はっきり光が見えているわけじゃない。なんとなくそんなふうに感じるだけだ。だが、武芸大会で同じ会場にいるお前と石さまを見たとき、俺にはお前たちが引き合っているように見えた。いや、自分でもおかしなことを言っているのはわかっている。普通に考えたら石さまと呼ばれる少年とお前に何か関係があると考えるほうが間違っている」


 ヒースは黙ってオースティンを見た。シュイとの関係を、すべての事情をオースティンに話すことはできない。だけど何の事情も知らず、普通に考えたらあり得ないはずの自分たちの関係性を見抜いたオースティンの洞察力に、ヒースは心を丸裸にされる気がした。ただ固まったようにその場に立ち尽くすヒースを、オースティンはいつもの穏やかなようすで眺めていた。


「――ヒース」


 名前を呼ばれ、ヒースはびくっとした。しっかりしなければいけないのに、まるで子どもに戻ったように、瞳を不安げに揺らしてしまう。


 オースティンがヒースの腕をつかんだ。力強い指だ。その瞳が何かを伝えようとするかのように、まっすぐにヒースを見た。


「このままだとそう遠くないうちに、この国を中心に騒がしくなるだろう。その流れを止めることは誰にもできない。自国へ戻ったら役立たずの王子だが、俺にもしなければならないことがある。だがヒース、俺はお前に約束しよう。お前が本当に困って助けを求めてきたとき、俺はできるかぎりのことをお前にしよう」


 本人の言葉通り、オースティンはその日の午後、彼の国であるヴェルン王国へと戻っていった。ヒースはサリムの警護につきながら、気がつけば頭の中でオースティンに言われたことを考えてしまう。


 ――石がいる国は守られなければならない。だがそれは永遠にじゃない。いにしえより国同士で交わされた密約がある。


 ――このままだとそう遠くないうちに、この国を中心に騒がしくなるだろう。


 シュイがずっと貴石を生み出せておらず、オースティンから聞いた話がすべて事実ならどうなる? 貴石を生み出さない石を、果たして王都側はそのまま放っておくだろうか。シュイの部屋への侵入に失敗してから、城内の警備はますます厳重になった。アズールももう使えない。じりじりと退路を塞がれるように、状況は刻一刻と悪くなっている。そしてあの男――。


 フレデリックの顔が頭に浮かび、ヒースの表情は無意識のうちに険しいものになる。


 昼間、ヒースはサリムの警護についているとき、石さまとしてのシュイに会った。とっさのことに、ヒースはどうすることもできなかった。幸いその場では何も仕掛けてこなかったが、フレデリックの全身からは恐ろしいほどの殺気が伝わってきた。フレデリックはヒースが村の生き残りであることを知っている。その上、サリムと一緒にいるところを見られ、ヒースがすでに城に潜入していることまで知られてしまった。フレデリックはこの先どのような手に出るだろうか――。


 何をしていても、こんなことをしている場合ではないと焦燥ばかりが募っていく。一刻も早く何とかしなければならないのに、シュイに近づくことさえできない。万が一、一緒に逃げることができたとしても、自分に何ができる? どうしたらシュイを守ることができる?

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