第31話

 ヒースはとっさにクッションをつかむと、フレデリックの顔に投げつけた。フレデリックの剣が布を破り、中に詰まっていた羽根が部屋に舞う。ヒースはシュイの腕をつかむと、自分たちの攻防から届かない場所へ押しやろうとした。


「シュイ、隠れてろ!」


 そのとき、フレデリックが何かに気づいたように攻撃を止めた。


「お前どこかで……?」


 その目がシュイを背中に庇うヒースを見て、驚いたように大きく見開かれる。


「お前はまさかモンド村の……!? 生きていたのか……!?」


 男の瞳にわずかな戸惑いの色が浮かんだと思うのは、ヒースの気のせいだろうか。だがそれはほんの一瞬で消えると、何事もなかったかのように護衛官の顔に戻った。


「生きていると知った以上は見過ごすわけにはいかない。石さまが元いた場所の痕跡は一切残らないようするのが習わしだ。村人はすべて生贄として捧げなくてはならない。例外はありえない」


 石さまが元いた場所の痕跡は残さないようするのが習わし? 村人はすべて生贄として捧げる? 何だそれは? そんなもののために俺たちの村は滅ぼされたのか?

 フレデリックの言葉を聞いた瞬間、止めようもない激しい怒りがヒースの胸を襲った。


 この男のせいでみんなは亡くなった……! くだらない迷信のせいで……!


「ふざけるな……っ!」


 ヒースはナイフの柄をぎゅっと握りしめると、フレデリックに向かって突進した。


「……くっ!」


 ヒースの全身から放たれる気迫に押されるように、フレデリックがわずかに後退した。だが、さすがに騎士団長を務めていた男だ。フレデリックはすぐに体勢を立て直すと、容赦ない攻撃を仕掛けてきた。劣性に立たされたヒースは、次第に焦燥の色が濃くなる。自分一人なら逃げることも可能だが、ヒースはもう二度と同じ間違いを繰り返したくはなかった。このままでは時間の問題だ。どうしたらいい……!?


「そのまま姿を現さなければ死なずにすんだものを……!」


 フレデリックがヒースに止めの一撃を加えようとしたそのときだ。シュイが体当たりするように、フレデリックの身体にしがみついた。


「シュイ!」

「石さま……!?」


 シュイの行動を、フレデリックもさすがに予想ができなかったようだ。万が一シュイにけがでもさせてはいけないと、フレデリックはそれ以上攻撃を加えることができない。シュイがヒースを見て叫んだ。


「ヒース……っ! 逃げて……っ!」

「石さま……!?」


 ヒースは迷いを振り切ると、窓のほうへと走る。扉がばたんと開き、兵士たちがなだれ込むように部屋に入ってきた。


「侵入者を捕らえろ!」

「石さまをお守りするんだ!」

「シュイ待ってろ……! 絶対に助け出す!」


 ヒースの叫び声に、シュイがその瞳を揺らした。


 ヒースは手すりをつかむと、ひらりとバルコニーから身を踊らせた。明かりがぱっとつき、宙吊りになったヒースを照らした。


「照らせ! 侵入者を絶対に逃がすな!」

「……っ!」


 血でロープが滑った。身体を支えているのがやっとだ。それでもようやく地面に着地すると、ヒースはシュイがいる部屋の窓を振り返った。手すりに手をつき、こちらを見下ろすフレデリックと目が合う。


 悔しいけれどいまは逃げることしかできない。だけどお前のことは許さない。シュイのことも絶対に助ける……!


 兵士たちの足音が近づいてくる。ヒースは踵を返すと、逃げるようにその場を後にした。

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