吉原異株蔓黙示録

益荒男 正

1.蔓に巻かれた吉原

 一六XX年、

 幕府公認の遊郭として吉原開設。江戸の性治安を担う場として注目を集める。

 明暦の大火発生。江戸の街多数焼失。吉原が現在の台東区に移転。

 鎖国政策完成。日本独自の文化が醸成される。


 一七XX年、

 吉原商工寄合設立。自治の機運が高まる。

 幕府が吉原奉行の役職を設置。吉原を監督する構え。

 幕府が風俗統制令を発令。抱え主や遊女の検挙・処罰が相次ぐ。


 一八XX年、

 イギリス奴隷船難破事件発生。遊女人権問題が立ち上がる。

 幕府が芸娼妓解放令を発令。遊郭の公認を取り消す。

 吉原商工会議所設立。吉原文化保全運動が盛んになる。

 黒船来航が発端となり鎖国政策が解かれる。異国文化交流が始まる。


 外国資本を基盤とした私娼館が全国に開設。未成年売春・人身売買等性犯罪が社会問題に。

 幕府が吉原奉行を撤廃。商工会議所の実質的支配を黙認。

 商工会議所が吉原全体を囲む壁、通称『吉原界稜』を建築。

 明治政府樹立後も商工会議所の権威は存続。


 一九XX年、

 女性社会地位向上運動の興隆。反社会勢力との関係性含め、吉原が糾弾される。

 暴力団に起因する『灰聖徒次郎』事件発生。吉原自治の脆弱性が浮き彫りに。この責任を取り商工会議所は解散。

 戦中、界稜が一部を残し倒壊。

 戦後、首都東京の復興が急がれる中、性問題が再燃。

 性治安の安寧を目的とし、吉原文化振興委員会設立。新規出店を支援する制度の確立。


 吉原に巨大遊郭『仙繚閣』出現。吉原の明星となる。

 振興委員会と政府の協議により吉原が特別経済行政区に指定される。

 振興委員会改め吉原特区自治連合が司法警察を代行する権限を獲得。

 自治連合が界稜を再建。高さを倍増し視覚的に外界と隔絶される。

 自治連合が風紀衛団を編成。同時に、犯罪を定義し刑罰を定めた吉原公荊式目策定。

 風紀衛団による初の検挙、処刑が実行される。


 二〇XX年現在――

 吉原は日本であって日本に非ず。独立国家のごとく台東区に鎮座し、異文化を呑み干し豊穣させる魔都と相成った。街行く人、臨む建物、経済、政治、司法……彼の地では外の常識が通用しない。通用しないことが許されている。

 その地に一度踏み入れば、二度と元の人生には戻れない。かえって望みを叶えてやらんと意気込んで踏み入る物好きもいる。


「焦がれるあの娘を我が伴侶に」

「素敵な殿方と添い遂げるため」

「事業を興し財を成して生涯の繁栄を」

「吉原の政治経済の金脈を我が手に」


 しかし蔓に連なる株のごとく、一つ何かを手にしたと思えば、あれよあれよと夢見事。気を取り戻しては既に遅し、身ぐるみすっかり削ぎ落ちて、ふとすれば命まで落ちている。

 堕落の屍になるか、はたまた張り裂けんばかりの身代を纏いうるか。

 栄枯盛衰が一晩で流るる桃源郷で、今宵も性と哀が淫らに乱れんとしていた。

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