人狼と白熊
黒本聖南
オープニング
蔦が這い、ひび割れて、吹けば飛びそうな、年季の入ったアパート。その一室にて、男と白熊はテーブル越しに向かい合っていた。
「もう一度訊く」
「……」
訊ねる男に黙る白熊。
テーブルの上には箱がある。底の浅い正方形の箱は蓋が開けられており、もう残り二粒ほどだが、チョコレートが入っていた。
「本当に、俺が食べたのか?」
「食べた」
白熊の返答に、男の眉と耳がぴくりと震える。
端正な男の顔は、伸びた前髪によって左側が隠れてしまっていた。晒された右目は白熊を一心に見つめており、そのサファイアのごとき青き瞳にはほんのり怒りが込められている。
耳に掛かるほどの長さがある男の黒い短髪は若干くせっ毛で、頭頂部にある獣耳はぴんと立っていた。時折震えるその様子から、それは飾りではないようだった。
エリシャ・ラース。
人の姿を持ちながら、狼の姿になることもできる男。今は、頭頂部に生えた獣耳と臀部から突き出た尻尾が、彼が狼でもあることを証明している。
テーブルを挟んでエリシャの正面に座る白熊は無表情で、そのつぶらな黒い瞳は箱のチョコレートに向けられており、彼と視線が合うことはない。
「なあ、ミモザ。お前はさっきからそう言っているが、お前の口からチョコのにおいがして仕方ないんだ」
「……」
「やっぱりよ、食ったろ?」
「……歯磨きしたのに」
それはある意味、自供であった。
エリシャは荒々しく溜め息を溢し、髪を掻き乱して立ち上がり、ミモザと呼んだ白熊の元に行く。
そして脇を掴み、その小さく柔らかな身体を持ち上げて、上下に振り始めた。
「俺の鼻を舐めるなよ! 歯磨きしたって分かるんだからな! 俺のチョコを!」
「蓋が開いてて美味しそうなにおいがしてたら食べたくなるじゃん。てか、振るなし」
「食べちゃった、てへぺろ。でいいだろうが! 何が『食べてない、食べてない。全部エリシャが食べたんだよ。すごい勢いで食べてぶっ倒れてた。覚えてないだろうけど』だよ! 四粒食べた所までは覚えてるっつの!」
「え? いつもチョコを食べた辺りから記憶を失くすエリシャにしては珍しいね。そろそろ降ろしてよ」
「だあっ!」
酔ってしまうほどにチョコに弱いくせにチョコが好きな人狼のエリシャと、そんな彼を若干舐めながら好ましく思っている白熊のミモザ。
「奮発して高いの買ったってのに!」
「だからか。いつもより美味しかった」
「美味いよ、美味いけどよ!」
「ごめんって。そろそろ降ろしてったら。吐く」
「ぬう!」
なんやかんやで共に暮らす彼と彼の日常は、こんな感じで過ぎていく。
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