第2話 亡き推しへと命を捧ぐは強火オタの本懐――しかし、その直前
勢力を挙げての大々的な葬儀を終え、数日ほど経った後。
私、
「うっ、うう、うっ……
相変わらず絶好調で号泣し、自室で泣き濡れる日々を過ごしていた。
喪に服すと言えば聞こえはいいが、バリエーション豊富な泣き声をご披露しまくってきたコトもあり、そろそろ鼻と喉も限界である。
……さて、改めて現状を振り返ってみよう。
ここは三国志をテーマにしたシミュレーション乙女ゲーム〝ロード・オブ・三国志〟の……しかもシリーズ最終作にして最高の名作と名高い〝
私は作中に登場するヒロインの一人〝
SLGとはいえ乙女ゲームなだけに、選べる主人公は女性のみというのは中々それっぽい。まあ私は一方的に転生するコトになったんだけど。
何しろ大好きなゲームシリーズに転生し、しかも作中でも絶世の美女として描かれている甄氏への転生だ。更にプレイヤーへの配慮か、少なくとも本人が攻略キャラの誰かと結ばれるまでは清い体を保っているらしい、というのも冴えたところ。
まあシリーズ最初期はそういう配慮が一切なくて、
ごくごく平凡なOL(リアル恋愛経験ほぼゼロ♡)だった私にしてみれば、そらもう転生直後なんて銅鏡(この時代の鏡、でっけぇ)を眺めつつ。
『えっ、ウソ……この黒髪ロングの絶世の美女が、私……?』
『オイオイもはや美少女と言っても通じるじゃないッスか、年齢設定どうなってんのよ……ああ、勝ったな……ウフフ★』
『この美貌なら推し様と気兼ねなく恋愛できるな……ていうか会いに行くのめっちゃ楽しみだな。なんかテンション上がってきたな↑』
『あと私、転生してきたってコトは前世じゃ死んじゃったんだな……そういえば最期、このゲームのオタグッズの山が崩れてきた記憶あるわ。だからこの世界に転生したのかな。まあでもオタとしては本望な最期よね。ガハハ(笑い方をさぁ)』
と大盛り上がりだった……
んだけども。
開始地点が〝北伐を終えて袁家を完全打倒した後の曹操勢力〟と知ってからの。
私の反応は、こんな感じだ↓
『えっ、ちょっ待っ……は? それ……
『オイオイ嘘でしょ……いやいやそうは言っても、まだ何とかでき……は!? もう既に末期!? 余命いくばくもない!?』
『神! オイ神ィ! 存在すんのか知らんですけど、どういうコトよコレぇ! 配慮しろよキレんぞゴラァ!! こちとら
『嘘です嘘ですゴメンナサイ! 失礼でした撤回しますから! だからお願いです、もうちょい、こう……徐州くらい……いえせめて官渡あたり……ああもう北伐ちょい前とかでもイイんで! 私、間に合わせますから! 全然、運命とか覆しますから! お願ァァァァァい!?』
我ながら、明確な情緒不安定ですわ。
感情の劇的ビフォー〇フターですわ。
あと自分の前世の命のコト、もうちょい重く捉えろよってセルフツッコミする気持ちもなくはない。推しの死の方が重いんかっていうね。
しかし実際、このゲームにのめり込みまくり、学生時代から10年ちょっと継続して全シリーズを制覇し尽くしていた私にすれば、寿命の延長や推しの救命など本来は容易き所業。
たとえば……
〝北斗と南斗(※人の寿命を管理する神様)とか騙くらかして(言い方)寿命を延ばす〟
〝神医の技能持ちと交流を深めて治療を頼む。華佗とか張機(張仲景)とか〟
〝最悪、寿命を分け与えるとかでも可。ぶっちゃけオタとしてはコレが一番捗る。自分の寿命が推し様の中にあるなんて……みたいな、気持ちのハナシね(いや私が気持ち悪いとかじゃなく。……え、違うよね……えっ!?)〟
こういった特別なイベントをこなすコトで延命・救命は可能だし……
実際『百年間、生きた郭嘉』とか何かのタイトルみたいなコトも、私には毎プレイの話だった。
でも、どの方法にしても――〝時間〟が必要。色々と
でも私の猶予は三日。
三日、だ。
だって私が転生してきたのは――郭嘉の死の、三日前だったのだから。
…………無理に決まってんでしょぉがっ!!
三日で救える命などゲームだとて有りはしねぇわ! そんでこの世界、普通の世界と変わりなくリアルで、歩くだけでしんどいわ! 中国って広いんだな~って汗だっくだくになりながら思ってたわ! ンマーッ繊細な作り込みですコト! さすが『Ⅹ』まで積み重ねた歴史あるシリーズですわね~っ!?
逆に、逆にね? たった三日で郭嘉様との親密度を最大まで上げ切っただけ、私スゲェわ。通ったわ、昼夜を惜しんで。
そらもう最初の頃は、
『ゴホゴホ……えっ甄氏? 私達そんなに関わりも無かったと思うのだが、なにゆえ急に? そしてなぜ号泣しているのだろうか?』
と微妙に引かれていた気もするが、そういう推しの表情もまあ貴重だし栄養素というコトで、どうか一つ。
(ちなみに都を号泣しつつ汗だくで全力疾走して通ったせいか〝女の
でも、ゲーム知識を全力で駆使し、推し様の好感度を爆速で上げたところで、今となって残るのは空虚さと、絶大な悲嘆。
私が元は現代日本のOLで、この世界へ転生してきたコトも、嘉那慧という名前も、郭嘉様にはお伝え申し上げていた(推しには惜しみない謙譲語を)。
信じてはもらえないだろうと、むしろドン引きされてしまうだろうと、そう思っていたのだが。
彼は、さすがに少しは戸惑いながら、それでも、その深遠な
柔らかに微笑み――信じ、受け容れてくれたのだ――
「…………う、うっ」
死に瀕した郭嘉様の、瀬戸際の微笑を思い浮かべ――私の心に、仄暗い感情が鉛の如く圧し掛かる。
――推しを失くした、この世界に、生きる意味など、あろうか――
重い感情に引きずられたように、下がった視界が、机の上の短刀を見つける。
……ああ、そうだ、いっそ。
終わりに、してしまおうか。
この世界に転生してきてから。
ぶっちゃけ特に何も成していない気はする、けれど。
「……ふふっ……」
女性ものだからか、妙に華美な装飾の鞘から、短刀を引き抜くと。
見上げた鋭い刃が煌めき、窓の外から差し込む月光に気付く。
ああ……嗚呼、そうだ。思えば郭嘉様を失ったのも、風が凪ぐ静謐な美しい夜だった(※やや美化された記憶)
あれから何度、推しのいない朝を迎えただろう。
また、推しのいない、灰色の朝を迎えるくらいなら、その前に。
推しの輝きを思わせるような満月に見守られる、この
―――終わりにしてしまおうか―――
「推し、失くせり、この世界など。
甲斐なし、価値なし、生ける意味なし。
死して走れるオタ活もなく。
我が身命、月下に
強火オタ―――辞世の詩―――」
どうか、覚えておいてほしい。
これが――推しを失い悲しみに暮れる、全てのオタの末路なのだと――
(※あくまで一個人の思想・感想であるとご理解ください)
そうして私は、自身の喉に、短刀を突きつけ。
郭嘉様の、最期の微笑を思い浮かべて――
(……あれっ?)
ああ、でも、何か。
そうだ、確か。
彼と―――何か、約束を交わしたような―――
『――――甄氏よ。奉孝の死を、それほどまでに嘆いてくれているのだな』
「――――――えっ」
今にも自らの喉を貫こうとしていた、刃を。
寝室に響いた、涼やかな声が止めた―――
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