3 積極的なキミと、美少女なイトコ


 すみませんすみませんっ、俺なんかが光原さんと放課後一緒に出かけてるなんて……っ!


 凄く視線を感じる……! わかってる、みんなが見てるのは超絶美少女の光原さんだってことは!


 なんだか通りすぎてゆく人全員に責められているような気持ちになる。


 放課後、駅前の大通りを俺と光原さんは二人で歩いていた。


 体育祭の実行委員として、買い出しをすることになったのだが、実行委員会の中で誰が一緒に行くか決めるだけで大変な騒ぎになったため、同じクラスの俺が行くということで決着したのだ。


 恨みどころか、殺意までこもった男子生徒達の視線を思い出すだけで、身体が震えそうになる。


 わかってる! 俺なんかが光原さんの隣を歩くなんて、たとえ学校の用事といえど、分不相応だって……っ!


 並ぶどころか、おどおどと後ろをついていく俺を、不意に光原さんが振り返る。


「ねぇ、先輩が言ってたお店ってこっちかなぁ? って、どうしてそんなに離れてるの? 歩くの早かった?」


 俺を振り返った光原さんが、驚いた声を上げて、たたたっと数歩戻ってくる。


 ぎゃ――っ! 光原さんを戻らせてほんとすみません……っ!


「いいいいえ、だ、大丈夫……っ」


「そう? ならよかった。倉杉くんはこのお店どこかわかる?」


 実行委員会の先輩のが描いた地図を、光原さんが身を寄せて俺の前に差し出す。


 シャンプーだろうか。ふわりとえもいわれぬいい香りが揺蕩たゆたい、ばくんっ! と驚くほど大きく心臓が跳ねる。


 何このいい香り!? っていうか俺なんかが光原さんの香りをいじゃってもいいの……っ!? いま鼻の穴がふくらんでたりしてなかったっ!? そんなところを見られたら、『気持ち悪い』って軽蔑されるんじゃ……っ!?


 内心、不安におののきながらも、目は勝手に地図を読む。


「こ、これが目印だから……。たぶん、次の信号を右かな……」


「すごい、ありがとう! あたし、地図は苦手なんだよね」


 てへ、照れたように笑った光原さんが「さっ、行こ!」と俺の手を握る。


「っ!?」


 待って! 待ってくださいっ! 光原さんみたいな子が俺なんかと手をつないじゃダメ――! 距離感バグってます!


 俺の手よりずっと小さくて柔らかい、すべすべした手。


 こ、この手が毎朝、俺の肩をぽんって……っ!


 緊張と混乱でわけがわからなくなり、無意識に柔らかな手を握り返した瞬間、「あん……っ」と脳髄のうずいが融けるんじゃないかと思うほど甘い声がこぼれた。


 え、何今の声!? 幻聴っ!? あ、握ったのが痛かった……っ!?


 ぎゃ――! 光原さんに痛みを与えるとか…っ!


「も、ももももも申し訳ありません……っ!」


 火傷したように手を放し、がばっと頭を下げた瞬間、


「あっ、日葵ちゃん!」


 と聞いたことのない可愛い声が聞こえた。


 えっ!? 何っ!? さっきの見られてた⁉ 俺、不審者で通報されちゃう……っ!?


 びくびくと顔を上げた俺の目が捉えたのは、にこやかな笑顔でこちらへ駆け寄ってくる、この辺で有名なお嬢様学校の制服を着た清楚系美少女だった。


「美麗……っ」


 光原さんが聞いたことないような低い声で呟いた時には、美麗と呼ばれた美少女は俺達の前まで来ていた。


「日葵ちゃん、偶然ね。そちらの方は彼氏さん?」


「と、ととととと……っ!」


 な、なんてことを言うんですか!? そんなとんでもないこと、天地がひっくり返ってもありえません……っ!


 首が千切れんばかりにぶんぶんぶんとかぶりを振ると、美少女が楽しげにくすりと笑みをこぼした。


「間違えてしまってごめんなさい。では、お友達なのかしら? 私、日葵ちゃんのいとこで相田あいだ美麗みれいと申します。どうぞよろしくね」


 さすが、光原さんのいとこ。タイプは違えど美の遺伝子が強い……っ!


 見惚れずにはいられないような笑みを浮かべた相田さんがごく自然に俺の右手をとる。


「ふひぇ……っ!?」


 思わず変な声が出る。驚愕と緊張で身体が動かない。


 っていうか、距離感がバグってるとこまで遺伝ですかっ!? て、手汗がヤバい……っ!


 だらだらと冷や汗を流す俺をからかうように、相田さんがうふふと笑う。と。


「ちょっと! 倉杉くんが困ってるでしょ!? 放しなさいよっ!」


 強引に相田さんの手を振りほどいた光原さんが、ぐいっと俺の右腕をかばうように自分の腕を絡ませる。「あら?」と相田さんが口元に笑みを刻んだ。


「別に倉杉さんは日葵ちゃんの彼氏でも何でもないんでしょう? なら、私が親しくしても何も問題ないと思うけれど? そうですよね、倉杉さん?」


 愛らしく小首をかしげて上目遣いに見てくる相田さんに、またもやぶんぶんぶんと首を振る。


 いえいえいえっ! 陰キャの俺が、初対面な上に光原さん並みの美少女と親しくする理由なんてひとつもありませんからっ! なんか今日の俺は耳がおかしいみたいです……っ!


「す、すすすすみませんっ! か、か、買い出し途中なので……っ」


「そうなのっ! 途中なの! 早く戻らないと先輩達に叱られちゃうから! またねっ!」


 一方的に告げた光原さんが、「行こ」と絡ませた腕を引っ張る。


 ずんずんと進んで行く横顔は、何かをこらえるように唇が引き結ばれていて、うっすらと紅い……気がする。


 す、すみませんっ、すみませんっ! 冴えない俺なんかと一緒に歩いてるところをいとこに見られたばかりか、か、彼氏と間違われたなんて嫌で怒ってるに決まってますよね……っ!?


 っていうか、腕を離してくれて大丈夫ですからっ! こ、これ以上は俺の心臓がもちません……っ!


 びくびくしながら光原さんの腕をそっとほどき、俺はじっとりと変な汗が吹き出している顔を見られまいと、先に立ってお店への道を急いだ。


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