きみの『お陰』で今日も満腹になりたいっ! ~陰キャの俺に隣の席の茶髪美少女がかまってくるなんてありえないハズなのに……っ!~

綾束 乙@2/26『迷子宮女』漫画発売!

1 陰キャな俺と、美少女なキミ


 光の当たるところに影あり。

 世の中は陰と陽でできている。


 そう、つまり陽キャと陰キャだ。


 同じ液体でも水と油が交わらないように、同じ人間であっても、陽キャと陰キャが交わることなんてない。


 ……そのハズだったのに。


「おはよ~」


 澄んだ声とともにぽんっ、と軽く肩を叩かれる。


 ゴールデンウィークが明けて夏服になったシャツを通してもわかる細くて柔らかな手。


 本を読んでいた肩が無意識に震えそうになるのをなんとかこらえる。


「……お、おおおはよ……」


 ちゃんとあいさつしなきゃと思うのに、びついたドアみたいにうまく口が動かない。


 絞り出した声は情けなくかすれていて、きっと光原みつはらさんには届かなかったんだろう。


 俺を一瞥いちべつすることもなく、ゆるく波打つ明るい茶色の髪を揺らして隣の席についた光原さんが鞄から教科書やノートを取り出す。


 途端、何人かの女子が席に寄ってきた。


 全員、光原さんと同じく、綺麗に染められた茶髪に短いスカート、顔だってばっちり化粧している可愛い女子だ。


日葵ひまり~、英語の予習、やってきてる~? 見せて見せて~」


「私もー!」


「私は数学の課題をお願い! もー問1からわかんなくてさぁ~」


「しょーがないなぁ」


 ふふっ、っと光原さんが小さく笑みをこぼす。さりげない笑みなのに、思わず目が奪われそうなほどまぶしい。


 長めに伸ばした前髪の下から、つい見惚れてしまっていると。


「きゃ――っ! さすが日葵!」


「あーんもう、大好き~っ!」


 きゃ――っ! と黄色い声を上げて騒ぐ女子のひとりが、がたっと俺の机にぶつかった。


 途端、まるで路上のごみを見つけたみたいな目で睨まれる。


 ぶつかってきたのはそっち……。なんて言える俺じゃない。


「ご、ごめん……」


 ぼそぼそと呟き、本を手にしたままそそくさと立ち上がる。


 陰キャの俺なんて、踏まれて泥で汚れた雪みたいなもの。陽キャのまばゆさに当てられたら、解けて消えてしまう……っ! ここは逃げるが勝ちだ。


「席空いたよ~」


「えー、でもそこ倉杉くらすぎの席だしぃ」


 明らかに嫌そうな女子の声。


 俺の席ですみません……。アルコール除菌でもすればよかったのか……?


「じゃあ、あたしの席に座りなよ。あたしが倉杉くんの席を借りるから」


 光原さんの声に驚いて振り向くと、短めのスカートから伸びるすんなりした足を組んで俺の席に腰かけた光原さんと目があった。


 『ごめんね』と言いたげに一瞬、困ったように眉を寄せた光原さんがすぐに友達に呼びかけられてそちらを向く。


 いえっ、すみませんと謝るのは俺のほうです……っ! み、光原さんに俺の席に座らせちゃうなんてすみません……っ!


 光原さんが俺の席に座ったというだけで、なんだかどきどきしてしまう。


 クラスの他の男子だって、吸い寄せられたみたいに光原さんを見つめてるし……。


 って、いやいやいやっ! 優しい光原さんは嫌がる友達に代わって、俺の席に座っただけだし、つまり俺なんて席に座るのも嫌がられるような存在ってわけで……。


 席替えで隣の席になってから朝来た時にあいさつと一緒に軽く肩を叩いてくれるのなんかも、光原さんが陰キャの俺にも分け隔てなく優しくしてくれるってだけだから!


 陰キャの俺を隣の席の茶髪美少女がかまってくれるなんてありえないって!


 だから、間違っても変な勘違いなんてしないように気をつけないと……っ!



 そう、思っていたはずなのに。


「よろしくね、倉杉くん」


「よ、よよ……」


 六時間目のホームルーム。来月に行われる体育祭の実行委員を決めるくじ引きで。


 な、なんで、俺が光原さんが二人で実行委員をすることに……っ!?


 光原さんがにこりと微笑みかけてくれるけど、ちゃんと言葉を返せない。


 み、光原さん待って! 陰キャに太陽よりもまぶしい笑顔は毒だからっ! 思考がフリーズするから!


 クラスの男子の視線が怖いから俺なんかに微笑まないでください……っ!


 挙動不審におろおろと視線をさまよわせていると、光原さんが困ったように眉を下げた。


「ごめん。あたしとじゃ嫌だった?」


「と、ととと……っ!」


 やめて! そんなこと言わないで! クラスの女子の視線まで鋭くなっちゃうから!


 とんでもないっ! とあわててかぶりを振るも、やっぱり言葉はちゃんと出てこない。


「よ、よよよろしくお願いします……」


 必死の思いで答えた時には、全身から変な汗が噴き出していた。なのに。

「うんっ」


 にこっ、と光原さんが嬉しそうに微笑む。


 ぎゃ――っ! 許してください……っ! あの、陰キャの俺なんかに微笑む必要なんてないんで! お気遣い不要ですから……っ!


 ただでさえ運動音痴だし、お、俺、無事に実行委員を務められる自信なんてまったくないんですけど……っ!


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