デモ隊

「モンスターの虐殺反対! ダンジョン高校は解散しろ!」


 ダンジョン高校入学式当日。颯太と結菜の二人で登校していると、高校の校門付近にダンジョン高校と冒険者を非難するデモ隊で溢れていた。


「なんて数だ……、去年はデモ隊なんていなかったぞ」


 富士山麓周辺は、世界で唯一ダンジョンが出現する地域である。その山麓を囲む防壁沿いに建設された冒険者高校は、普段なら高校関係者以外ほとんど人気ひとけのないのどかな場所だ。


 それが今や千を優に超える数のデモ隊がダンジョン高校を取り囲み、プラカードを掲げながらシュプレヒコールを挙げている。


「モンスターは異世界動物! 動物を守れ!」

「ダンジョンを自然保護区に指定しろ! 冒険者は立ち入るな!」

「冒険者はモンスターを殺すな! 魔石狩りをやめろー!」


 警察がデモ隊を取り囲んでいるとはいえ、大音量の罵声怒声が飛び交っている。入学式に向かう新入生やその保護者が怯えた表情を見せるのも無理はなかった。


「よりによって入学式の日にデモをするなんて……警察はなぜデモを許可したの?!」


 大音量に負けじと声を張り上げながら、結菜が怒りをあらわにする。デモ隊にシンパシーを感じる政治家や役人の暗躍を疑いたくなるほどの異様な光景が広がっていた。


 そんな中、拡声器を握りしめて髪を青く染めた一際目立つ青年が、学園の校門近くに置かれた台の上に登っていく。


「理久様〜」

「“告発者”の蒼井理久さんだっ!!」

「我らがリーダーのお出ましだぁ!」


 デモ隊から感極まった声が漏れ、すぐに万雷の拍手と蒼井理久あおいりくの名前を叫ぶコールが湧き上がる。


「理久! 理久! 理久!」


 千を超える群衆が声を揃えて、登壇した美青年の名前をコールする。デモ隊メンバーにとってはスーパースターなのだろう。一段とボルテージが上がり、警察の囲みを突破しようと揉み合いになるシーンがそこかしこで発生し始める。


「みなさーん!! みんなのアイドル“告発者”蒼井理久でーす!」


 よく通る美声。青い髪にサングラスを掛けた端正な顔立ち。蒼井理久はいたずらっぽい表情を浮かべると、デモ隊に語りかけていく。


「ダンジョンの平和を守りたいぼくたちです。デモも平和に行っていきましょう!」


 デモ隊から笑いが起こる。もみ合っていたデモ隊メンバーもあっという間に落ち着きを取り戻していく。


(すごいカリスマだ……。スーパースターというよりまるで教祖だ)


 蒼井理久を陶酔した表情で見つめ、その言動に盲従するデモ隊メンバーの姿に、颯太は若干引いていた、


「まずは新入生の皆さん、入学おめでとうございます!」

「入学おめでとう!」

「おめでとうおめでとう!」


 先ほどまでの罵声と打って変わって、新入生を祝福する声で溢れる。そんなデモ隊の姿を満足げにみつめると、今度は打って変わって生徒たちの不安を煽っていく。


「ダンジョン高校は僕の母校でもあります。先輩から一つ忠告しときますが、雑魚スキルの生徒に人権はないので今からでも帰った方が良いですよ、とくにFランク・・・・の生徒は」

「先輩優しい!」

「いじめられるぞっ!」

「帰れ帰れ!」


(Fランクと言った時に俺をちらっと見たな……俺をFランクだと知っているのか?)


 嫌な予感しかしない。颯太は結菜の手を取ると一気に校門を駆け抜けようとする。


「あ、兄様?! いきなりどうしましたか?!」


 外にいることも忘れ、「兄様」呼びしながら顔を赤らめる結菜。家の外では「颯太さん」呼びするのが結菜のルールのはずだが、思いがけない出来事にルールをどこかに置いてきてしまったらしい。


 さっさと校門を走り抜けようとしたその時、颯太は歪んだ笑顔を向ける蒼井理久とはっきりと目が合う。邪悪そのものの表情が目に飛び込んできて、颯太の背中に悪寒が走る。


九城結菜くしろゆいながいるぞっ! 大量殺戮者サマはお急ぎのようだ」

「わ、わたしが大量殺戮者?! 」

「毎日のようにモンスターを殺戮する人間は大量殺戮者と呼んでなにか問題ですか? 」


 蒼井理久の嘲笑の声を上げると、デモ隊メンバーも一斉に馬鹿にしたような笑い声を上げる。


「結菜っ、行こう! こんな奴らは無視しよう」

「……なんなのよ、モンスターと戦って仲間が何人亡くなったと思ってるのよ」


 結菜は、こみ上げる怒りを必死に抑えながらもつい声が漏れる。ダンジョンが出現して以来、結菜はわずか五歳の時から十年間必死に剣を振るい、モンスターと命懸けの戦いを繰り広げてきた。

 スキル“剣聖”のあまりの強さゆえに、結菜は五歳からずっと最強の冒険者として君臨してきた。いや、君臨せざるを得なかった。

 子どもらしい生活を捨ててずっとモンスター討伐に明け暮れる毎日。そんな日々を選んだ一番の理由は、モンスタースタンピードで、颯太が両親を失って号泣する姿を見たからだった。


 自分の大切なものを公然と侮辱された結菜は、蒼井理久を睨みつけながらつかつかと歩いて詰め寄っていく。


「もう二度とモンスタースタンピードは起こさせない! そのためにみんながんばってるのよ!」


 結菜の十五歳とは思えない気迫に満ちた声が響き渡る。近くにいたデモ隊メンバーはその声に圧倒されて嘲笑をあわてて引っ込めるが、蒼井理久は顔色ひとつ変えず、むしろニタニタと笑い出した。

 自分の言葉に結菜が反応することがたまらなく嬉しいのだ。


「そうやって、モンスターも怒鳴りつけて虐殺してるんですね。最強無敵のスキル“剣聖”を用いて剣を振りかざして、モンスターの肉を削ぎ落とし、魔石を抉り出すのはさぞ楽しいでしょう」


 降り注ぐ言葉の刃に、反射的に蒼井理久をひっぱたこうとした結菜の手を颯太が掴む。


「結菜、無視しろっ! こんな奴らの言葉に耳を貸すな。ただ結菜を傷付けたいだけだ」

「ーーっ!!!」


 最強のスキル“剣聖”が発現した冒険者に恥じない生き方をしてきたつもりなのに、こんな奴を引っぱたくことすら許されないなんて。


 デモ隊メンバーもニタニタしながら、結菜にスマホのカメラを向ける。結菜が蒼井理久を殴ろうものなら、即座にそのシーンを切り抜いてネット上に拡散するだろう。その事を蒼井理久もよくわかっているからこそ、蒼井理久の侮辱的な言動はとどまることを知らない。


「生徒代表として九城結菜さんが祝辞を述べるそうじゃないですか。私からも貴女に『一将功成りて万骨枯るいっしょうこうなりてばんこつかる』という言葉を贈りますよ。うず高く積まれたモンスターの骨の山に君臨して栄光を掴んだ貴女に相応しい言葉だ」


 入念に準備してきた祝辞まで揶揄され、結菜は頭がかっーと熱くなり目から涙が零れる。蒼井理久の暴言の数々に、近くで警備していた警察官まで怒気を帯びた目で蒼井理久を睨みつける。


「こわいなぁ、善良な市民を力づくで黙らせるつもりですか? 高校ならSランク様に逆らう人は居ませんけど、世間はそうじゃないんですよ」


 蒼井理久は、やれやれと肩をすくめ手を広げるポーズをとる。どこまでも挑発的な蒼井理久だが、結菜の傷付いた姿をみて満足したのか、デモ隊メンバーへ朗らかに呼びかける。


「さてと、国民的アイドルとのじゃれ合いもこのくらいしときましょうか。さぁ、みんなで楽しく踊ろう!」


 蒼井理久がそう叫ぶと同時に、銃声らしき音が響き渡る。


「警察官撃たれたっ!」

「市民に対して発砲したぞ!」


 デモ隊から悲鳴が次々と上がる。逃げ出そうとする人、警官に掴みかかる人、どさくさ紛れにダンジョン高校へ侵入しようとする人……たちまちパニックに陥ったデモ隊は無秩序状態となり、結菜と颯太の周囲も大混乱に陥る


(警察官が発砲?? この程度のいざこざで発砲指示が下るなど有り得ない)


 警察官に内通者がいて無許可で発砲したか。いや違うようだ・・・・・・・。皆の視線が結菜と蒼井理久とのやり取りに集中している隙に、何人かのデモ隊メンバーが密かに自作自演の発砲劇を準備していたのだ。


 ただのモンスター保護団体に可能な芸当とは思えない。モンスター討伐時に得られる魔石が理想的なエネルギー資源となることが判明して以来、ダンジョンを取り巻く環境は、国際的なエネルギー利権争いの渦中にある。

 海外諸国やグローバル企業がデモ隊を密かに支援していてもまったくおかしくない。


「ドンッ! ドンッ! ドンッ!」


 校門から少し離れたダンジョン高校の校舎から爆発音が聞こえてくる。仕掛けられていた小型の爆弾が爆発したのだ。

 校舎の壁が少し破損した程度の爆発だったのだが、パニックを引き落とすには充分すぎる効果を発揮する。


 ダンジョン高校に設置してあった警備システムがけたたましく警戒音を鳴らし、デモ隊、新入生、保護者に加えて在校生にまでパニックが広がっていく。

 精鋭の冒険者揃いの在校生といえど、テロに慣れているわけではない。


 デモ隊を取り囲んでいた警官達も、テロの被害確認や生徒らの避難誘導に追われてしまい、蒼井理久の周辺は警備の空白地帯になってしまっていた。

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