第2話 振り返ると、そこには満面笑顔の奈々海がいた

 悠人オレが、幼馴染み五人のヤバさに気づいたのは……高校に入学してすぐの頃だった。


 っていうか、オレ達全員が同じ高校を目指し始めたときから、オレは薄々、あいつらの好意に気づいていて、だからヤキモキしていたんだが。


 今はそれどころじゃなくなっていた……


 とにかく高校に入ってすぐの頃、オレの親が夜に不在となって、だからオレは、夕食にハンバーガーショップへ行ったときのことだった。


 夕食時の店内は賑わいを見せていた。


(うわっ……混んでるな……)


 10分ほど掛かって注文の品を受け取ると、店内を見回す。空席がないように見えて、オレは今さらながらに後悔した。


(しまった。テイクアウトすればよかったか……?)


 視線をさまよわせていると、ふと背後から声がした。


「ゆ・う・と。珍しく、ひとり?」


 聞き覚えのある柔らかい声に、心臓が一瞬跳ねた。


 振り返ると、そこには満面笑顔の奈々海ななみがいた。見慣れた制服姿が、見慣れないバーガーショップの店内で、妙に映えて見えた。


「な、奈々海……? なんでここに?」


「それはもちろん、悠人が来るって知ってたからね〜」


「は……?」


「冗談だってば。たまたま、わたしもここで夕飯にしようと思って来たら、偶然にも悠人がいただけだよ」


 奈々海は軽く肩をすくめて笑うが、その笑顔がどこか意味深に見えるのは気のせいか……?


「そっか……いや、でも最近よく会うよな。偶然にしては多い気がするけど」


 オレがそう言うと、奈々海はクスクスと笑うばかりだ。


「そんなことないってば。それより悠人、座れないんでしょう? わたし、あっちに席を確保してあるから、一緒に座ろ」


「おお……そうなんだ。それは助かるよ」


 さすがは奈々海だ。注文前に座席を確保していたのだろう。


 ということでオレと奈々海は座席に座ると、奈々海がしげしげと言ってきた。


「っていうか悠人、そんなに薄着で来たの? 寒くない?」


「ああ……まだ春先だから、夜は寒かったな。うっかりしてたよ」


「もう、悠人は仕方が無いなぁ」


 そういって、奈々海は自身が掛けていたストールをオレに差し出してきた。


「はい、これ」


「え……でも、そうしたらお前が寒いだろ?」


 驚いて聞き返すと、奈々海は当然のように笑った。


「だいじょーぶだよ。もう一枚、持ってきているから」


 そういって奈々海は鞄からストールを取り出す。


「おお……準備いいな」


「へへん。こう見えて、幼馴染みでお姉ちゃんだからね?」


「さすがだな。オレの行動はお見通しってわけか」


「そーゆーこと」


「ならありがたく使わせてもらうよ」


 そういってオレはストールを受け取ると、肩に掛けた。


 すると奈々海の香りがふんわりと感じられて……オレは思わずドキドキしてしまう。


 どうせなら、鞄にしまってあったほうのストールを借りた方がいいのでは?と思うと、そのストールはピンク色でバリバリに女性ものだった。


 それに比べて今借りたストールは、ネイビー色の落ち着いた感じで、男のオレが使っていても変じゃないだろう。


 まさか奈々海のヤツ、ストールの柄にまで気を使ってくれたのだろうか? いやだったら、男物のほうを鞄にしまっておけばよかった気もするので、そこは考えすぎというものだろう。


 いずれにしても、ありがたいことに変わりはないのだから。


 そんなことを考えていたら、奈々海がにこやかに言ってくる。


「なかなか可愛いよ。似合ってる」


「可愛いってなんだよ……せめて格好いいだろ」


「え〜? 悠人は自分が格好いいと思っているのかな?」


「ぬぐっ……!? そ、そんなこと思っていないけど、男に可愛いは──」


「うそうそ。悠人はすっごく格好いいよ♪」


「くっ……」


 こんな感じで、奈々海にはいつもからかわれてしまうのだ。


 とはいえそれが苦痛かと言えばそんなことはぜんぜんなくて、だからオレ達は、しばらく談笑していた。


 その間、奈々海との距離が縮まるような心地よさを感じていたが──その空気を壊す通知音が鳴り響いた。


 ピコン……


「……ん?」


 スマホを手に取ると、画面に見慣れない警告が表示されている。


『位置情報が、長期間共有されています』


「何だ、これ……?」


 オレは思わず声に出し、スマホ画面を確認する。


 どうやらオレのスマホは、長期にわたり位置情報を共有していたらしい。だからそのアラートが、今さらながらに出てきたようなのだが……


 そもそもオレは、位置情報共有だなんて設定をした覚えがない。


「ちょっと待て……これ、いつの間に?」


 奈々海が飲み物を口に運ぶ動作を止め、オレをじっと見つめてくる。


「悠人……どうかした?」


「いや……スマホが変なんだよ。これ……お前、何か知らないか?」


 なぜオレが奈々海に聞いたのかといえば──


 ──オレの位置情報は、奈々海と共有されていたからだった。


 もちろんオレはそんな設定をしていないし、だとしたら、共有相手である奈々海しか知らないと思ったのだが……


 その奈々海が、一瞬だけ目を見開く。


 だが、すぐに何でもないふうを装うように笑みを浮かべた。


「何の話? わたし、全然知らないよ」


「……本当に?」


 オレは少し険しい表情で問いただす。その瞬間、奈々海の笑顔が僅かに引きつった。


「まさか……わたしのこと疑ってるの?」


「いや、疑ってるとかじゃなくて……なんか最近、偶然会うことが多すぎるし。まさかとは思うけど、位置情報を……」


「そ、そんなわけないってば!」


 奈々海が慌てて否定する。だが、その声にはどこか焦りが感じられた。


 オレは位置情報共有の設定を解除しながら、少しだけため息をついた。


「いやでも、ならなんで、奈々海と共有されてたんだろうな?」


「そ、そんなことわたしに言われても……分かんないよ。こういうの、苦手だし……」


「そうか」


 奈々海は、シュンと肩を落としたまま言葉を濁す。


 これ以上聞いても、知らぬ存ぜぬで決め込むようだったので、オレもさらなる追求はしなかったが……結局、夕食どきの和やかさはぶち壊しになり、オレ達は気まずい雰囲気のまま帰宅することになってしまった。


 そうしてその後、奈々海とは出会うことは無くなった。


 いや、本当に偶然だったのか? そんなわけないだろう。


 きっと奈々海は、オレのスマホを操作して、位置情報の共有設定をしたのだ。だから最近は、奈々海と出会うことが多かったわけか。


 まぁでも、これも些細な出来心、というヤツなのだろう。


 そもそもこの件に関しては、オレもまずかった。


 オレは、パスコードをいちいち入力するのが面倒だったし、指紋認証の精度もいまいちだったから、ロックまでの時間を最大にしていたのだ。


 だから、いつも身近にいた奈々海だったら、オレのスマホを操作するのは簡単だっただろう。


 こういったセキュリティ意識が低かったがめに、奈々海にわけだ。


 だからセキュリティ設定をちゃんとすれば、こんなことは二度と起こらない──


 ──などと、このときのオレは、そう思い込むことにしたのだった。

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