8月編2話 私のダイアリー ②
▶︎▶︎ 乃寿美町 図書館「ポラリス」ベランダ
「この暑い中でイチャイチャして、おまえら
私たちは同時に振り返る。聞き慣れた声の主は、アニの友人の
「な、なんだよ、おまえこそ。体育会系のヤツには1番似合わない場所で珍しいな、何してるんだ?」
逆三角形のプロポーションがより引き立つ白いTシャツ姿の
「何言ってるんだ、俺は文武両道だよ。用事のついでに借りていた本を返しに来たらさ……まったく、神聖な図書館で何してるんだか」
「いやいや、俺たちは……夏休み初日だし、探偵部の活動についての打ち合わせをだな……」
嶋咲くんは呆れ顔でヤレヤレといったポーズをとる。
「まぁ、そういうことにしといてやるよ。来年は受験だし、この夏休みは有意義に過ごしたいもんな。聞くだけヤボだよなぁ」
アニと私は思わず目を見合わせ、慌ててそっぽを向く。アニの顔も赤いが、私も負けずに赤面しているだろう……頬が熱い……
「聞くだけ野暮って、なんだよ!そう言うお前はどうなんだよ?
アニの言葉に、嶋咲くんの顔が一気にデレデレと緩む。
「ははは、今聞いたな?聞きたいか?しょうがないなぁ♩ いや、もう、何て言うか、
「へ?」
「もうさ、なんて言うか、やっぱりレジェンドのバタフライの音は違うよな!」
「はぁ?」
「おかげで僕の天使ちゃんとの仲もさらに深まって、これからひと夏の旅行の打ち合わせだ!って、野暮なこと言わせるなよ、まったく!」
彼の突然の饒舌ぶりに、私は思わず声を上げた。
「轟先輩のバタフライって、あの花火大会の時の?」
先日の、花火大会が終わった後にアニと聞いた、水を勢いよくかき分けるバタフライの音。
青白く光っていたあの水飛沫……間違いなく、母のラボで起こった歪みによるものだろう。
嶋咲君とその彼女も、私たちと別れた後、その音を聞いていたようだ。
間髪入れず、アニも嶋咲君に問いただす。
「……って、お前さ!恋愛成就をバカにしてなかったか?轟先輩に祟られるぞって!?」
「何を言っているんだい?僕たちの尊敬すべき轟先輩は寛大だよ♩お前らも先輩のバタフライを聞いたんだろ?この夏を楽しまないと!ひと夏の旅行でもしてみたらどうだ?フフ」
嶋咲君は二本指をピッと額にあてる挨拶をすると、スキップするような足取りで去っていった。
アニは苦笑しながら彼を親指で指す。
「何が、この夏休みはお互い有意義に過ごしたいからな……だよな?あいつ、アレを言いたくてここに来たんじゃないのか?」
「うん、もしかしたらそうかもね。花火大会の時の嶋咲君、彼女と一緒ですごく嬉しそうだったし」
「そうだよな……俺も携帯ショップでたまたま会ったけど、見てられなかったよ。ひと夏の旅行?……スゲーなぁ」
アニはあははと笑って見せるが、その目は忙しなくあちこち泳いだ挙げ句、空を見上げたまま止まる。
私もつられて、真っ青な空を見上げる。真っ白な入道雲が大きく膨らんでいて、まるで先日見た
その時、私の頭の中に再び
──その一瞬一瞬を楽しむことも大事だぞ──
『……うん』
しばらく引っ越しの心配がないだろうこの夏休み。何か、何か思い切り私の中に残るようなことができたら……
私は、上を向いたままのアニの横顔をチラリと見て、深く息を吸い込む。
「アニ……」
「ん?」
アニが振り向いた。私の胸の心音が、聞こえてきそうに高鳴る。
「どうした?」
「う、うん。私たちもさ……」
声が震えないよう、ゆっくり丁寧に話そうとするが、蚊の鳴くような声になってしまう。
「……え?」
「どこか……行かない……?」
私の言葉が聞こえなかったのか、アニはキョトンとした顔を傾げ、耳を近づけた。
「ん?」
「だから……」
ふと見ると、アニの頭にふわりふわりとお馴染みの寝癖が踊っている。思わず吹き出しそうになり、その瞬間私の全ての緊張が解かれた。
「本当にもう!」
私は大きく息を吸い、目をつぶって、アニの耳元で声を張り上げる。
「アニっ!ひと夏の旅行!私たちも行かない?!」
図書館のベランダに、私の声が響き渡った。四方からの
私は辺りの静けさに不安になり、ゆっくりと目を開ける。
えっ?
目の前で、アニは口を大きく開けて固まっていた。突然耳の近くで叫んだのがいけなかったのかもしれない……
「やだ。ちょっと、アニ?」
「……」
「アニ、大丈夫??」
「……」
返事がない……どうしよう?
私はテーブルに置いてあったアイスジャスミン茶の缶を取り上げ、アニの頬にぴたっと押しあてた。
一瞬の静寂。
「……わぁ!!びっくりした!」
アニは状況を把握しようと前後左右を見回し、私と目が合うと、今度は目を見開いて真っ赤になる。
「え?あ……!」
「……アニ、大丈夫?」
「い、いや。アハハ……お前さ、えっと、なんて言うか……ひ、ひと夏の旅行って」
私はその声に胸を撫で下ろすと同時に、自分も顔が熱くなるのがわかる。
あんな大声で、ひと夏の旅行とか……それは大胆すぎるだろう。他に人が聞いていないかと、そっと辺りを見回すが、ジリジリと日射しの照りつけるベランダは、私たち以外無人だ。
「えっと……聞こえてたの?」
「え?あ?だって、あんな大声でさ、そりゃ聞こえるよ」
アニはテーブルに置いてあった
私は、ズレてもいない赤いフレームの眼鏡をやたら掛け直し、次の言葉をあれこれと探した。
ボボッと一気に体感温度が上がった気がするけれど、蝉の大合唱のせいだと信じたい。
「えっと、その。ひと夏……じゃなくて、この8月の探偵部の活動でどこか行かない?って……そう言おうと」
「あ、え?今月の探偵部の活動で?」
私は顔が熱くなっているのを気付かれないように両手で頬を押さえながら、大きく何度も頷いた。
「そっ、そうそう。えっと、バタフライ伝説も解決……したし……次の事件を」
「あ。あぁ、そうかそうか……そうだな。うん、次のね……」
高速で
「アニが興味ある次の謎の事件とか、ないの?その、夏休みじゃないと行けないような場所とか……」
「夏休みじゃないと行けない場所……うーん、そうだな……どこか別の場所で話そうか?ここはちょっと暑すぎる」
「うん、そうだね。ここはかなり暑すぎる……」
見上げた天空のキャンバスには、入道雲の隙間から飛び出した飛行機雲が、一本の完璧な直線を描いていた。
紺碧にくっきりと映えるその白い線はまるで、遠くへ馳せた私たちの夢や願いを象徴しているかのように見えた。
──これは、彼と私が一緒に過ごした最後の月の物語。
と同時に、私たちが起こした、最高の奇跡でもあった──
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