第四話:逸話の山と「何か」④

 女なら誰もが見惚れるであろう美貌と気品ある佇まい。

 さらに、カリスマ性を感じさせる端正な着物と堂々としたオーラがその存在を際立たせている。

 その姿を目の当たりにした神凪かなは、胸の奥に一瞬息を呑むような感覚を覚えた。

 そして気づく――この山全体を覆っていた強大なオーラが、この女性のものであることに。


「いやはや、うちの娘がご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます」


 女性は静かに頭を下げる。

 その動作には、圧倒的な威厳と余裕が滲み出ていた。


「い…いえ…こちらこそ…」


 神凪は慌ててお辞儀を返す。


「お…お母様…あの…これは違くて…!」


 女の子は必死に言い訳をしようとするが、その瞬間、女性がふっとその場から姿を消した。

 そして次の瞬間、女の子の耳元で鋭い声が響く。


「この馬鹿娘が!」


 その怒声はあまりにも強烈で、女の子は頭を抱えながら地面に突っ伏してしまった。


「お見苦しいところをお見せしてしまい、すまなんだ」


 母親は軽く息をつきながらそう言うが、頼はそれを手で制しながら返した。


「謝罪は結構です。それより、話し合いの場を設けてもらえませんか」


 頼は冷静に話しながらも、隣に立つ神凪は事態についていけず、ぽかんと口を開けたままだ。


「……おい、行くぞ」

「……………ハッ!ご…ごめん」


 神凪は慌てて我に返り、頼の後を追う。

 その視線の先には、女性が地面に伏していた女の子を抱えながら、迷いなくどこかへ歩き出している姿があった。

 しばらく歩くと、美座和みざわの話で出てきたであろう家屋が見え始める。

 女性は二人を家の中に案内し、居間へと通す。

 畳が一面に敷き詰められた部屋の中央には丸い木製のテーブルがあり、その周囲には座布団が四つ置かれていた。


「どうぞ、座ってください」


 女性の促しに従い、頼と神凪は母親たちを向かい合わせに座る。

 その間、女の子は女性の隣に無言で座っていた。


「我は函南屋 茂木かんなみや もぎ。三百年以上この山に住む妖の一種族――化け猫だ。

【異能力:称号師名付け親 特殊スキル:広範囲幻覚視こうはんいげんかくし

そしてこっちが」


 茂木は女の子の頭に手を乗せ撫でる。


「私の娘の函南屋 芽衣かんなみや めい

【異能力:暗獄首猫アンゴクノクビネコ 特殊スキル: 広範囲幻覚視こうはんいげんかくし  猫変幻】

我と、猫又である夫との子、つまり化け猫と猫又のハーフの子だ」


 頼は納得の表情を浮かべながら呟いた。

 だが、その表情はどこか不気味な笑みにも見え、神凪は少し引き気味に見ていた。


「それじゃあ、いくつか質問させてください。この山のオーラや行方不明者たちについてです」

「よかろう。何でも答えよう」


 茂木は落ち着いた様子で頷く。


「まず、山を覆うオーラについてですが、あれはあなたの特殊スキル『広範囲幻覚視』によるもの、ということでいいですか?」

「ああ、その通りだ。どちらかと言えば芽衣のものなのだがな。あれは生き物にだけ作用する広範囲のオーラで、幻覚を見せることができる。だが、その範囲外から見ればオーラは丸見えだ。だから霊感のない人間にしか基本は使えぬのよ」

「では、私たちが見た“ブリッジマン”は?」

「芽衣が作り出した幻覚だな」


 茂木はさらりと答える。

 その一言で、神凪と頼はこれまでの謎が少しずつ解けていくのを感じた。


(それじゃあ、あの山を覆っていたオーラは芽衣ちゃんのものだったんだ)

「それで、行方不明になっていた人たちはどこへ?」

「それは我も知らん。知っているのは芽衣だけだな」


 茂木の視線が隣の芽衣に向けられる。


「あ…えっとですね……」


 芽衣は少し動揺した様子で答える。


「あの人たちは、ここの家屋の裏にある倉庫に置いています」


「一応無事なんですよね?」


 神凪の問いかけに、芽衣は静かに頷いた。


 神凪は、行方不明者が無事であることを聞き、胸を撫で下ろす。

 だが、頼はその安堵の空気を切るように厳しい剣幕で茂木に質問を始める。


「とりあえず安否が確認できたことは安心しましたが、まだ聞きたいことが残っています」


 頼は茂木を真っ直ぐ睨みつけ、低い声で続けた。


「最近、2〜3週間ほど前にこの山へ60代くらいの女性が来ませんでしたか?」


 神凪はその言葉を聞き、頭の中に一人の人物像が浮かんだ。

 美座和──あの女性の顔が。


「どうしてそのようなことを?」


 茂木は頼の問いに質問で返す。

 頼は少し間を置きながら、以前美座和という女性が彼らの家を訪れた際の出来事を話し始めた。

 彼女が語った内容や、そこに感じた違和感についてだ。


「あの時、美座和はこの山に関する話を持ち出してきた。だが、彼女の話の中にどうも辻褄が合わない点があったんです。特に、彼女が『この山を購入する』と言い出した件について。」


 神凪は驚いて頼を見た。


「え?美座和さんの企業が山を購入すること?それに何か違和感があったの?」


 頼は一瞬だけ呆れた表情を見せるが、すぐに真剣な顔に戻り、説明を続けた。


「まず、逸話や伝承が残るような山を購入するとなれば、普通はその土地や山について事前に調査をするはずだ。だが、美座和は会社の関係者だと言いながら、まるでその情報を持っていなかった。個人的な調査に偏っていて、会社の関係者としての整合性がなかったんです」


 頼はあの場面にいた神凪へ思い出させるように続ける。


「あの山の調査といいながら専門家ではなく社員を行かせること、社員の性格の選別の仕方、社員の一人が言っていた『あの上司のババア』、まあ美座和のことなんだろうが、会社内では情報が出ていないのにも関わらず山の人が居ないと知っていたこと、よく考えれば違和感だらけだ」


 神凪はその話に首を傾げた。


「それって、ただ調査が甘かっただけじゃないの?」


「いや、そうじゃない」頼は静かに否定し、説明を続ける。


「例えば、調査を専門家ではなく、性格的にも山に不向きな社員に任せていたこと。その社員の一人が言っていた『あの上司のババア』──おそらく美座和──が、なぜか山の状況を知っていたこと。普通ならありえない点がいくつもあるんだ」


 頼の言葉に、茂木は考え込むような素振りを見せた後、静かに頷いた。


「確かに3週間ほど前、60代くらいの女が訪れた。だが彼女は一人ではなく、男を連れていた。彼らは、我らに人間への憎しみを煽るような話をしてきたな」


 茂木は神凪に視線を向け、その頭を優しく撫でた。


「我は揺らがなかったが、この子はまだ未熟だ。心を乱され、今回のような事態を引き起こしてしまったのだろう」


 頼は腕を組み、深く考え込んだ後、口を開いた。


「……つまり、あなた方にも危害を加えようとしていた、と考えていいですね?」


茂木は静かに頷き、微笑む。


「そういうことだな。だからどうする?」

「それなら話は早い。我々に協力してくれませんか?彼らを捕まえるために」


 神凪は驚き、慌てて声を上げた。


「ちょっと待って!勝手に協力をお願いするなんて、失礼だよ!」


 茂木はふふふ、と笑い声を漏らし、二人を見つめた。


「気にするでない。ただ、我らができることは限られておる。私はこの山の守り神としての役割があるゆえ、簡単にここを離れるわけにはいかんのだ」


 頼はその言葉に驚きを見せるが、茂木は何かを思いついたように手を打った。


「そうじゃ。今回の詫びと言ってはなんだが、芽衣を連れて行ってやってくれんか?」


「え?」


 頼と芽衣の声が重なった。


「いやいや、今回の件は長引くかもしれませんし、簡単に返せない可能性もありますよ?」


 頼は焦りながら提案を否定しようとしたが、茂木は断固として引かない。


「構わん。ここにいても芽衣は暇を持て余すだけじゃ。なんなら、今回だけでなく今後も共に行動させてくれても良い」


 その言葉に頼は困惑し、押し切られそうな予感を抱く。

 芽衣も慌てて声を上げる。


「お母様、待ってください!もう少し冷静に考えてください!」

「我はいつでも冷静だ」


 頼と神凪は呆れたように顔を見合わせた。

 その様子をよそに、茂木はふと暗くなった外を指差し声を張り上げる。


「おっと、もうこんな時間だ。お前たちはもう帰ったほうがいいだろう」


「え?ちょ、待っ──」


「さあさあ、もう帰りなさい。芽衣よ、彼らを出口まで案内しなさい。戻ってきたら容赦はしませんよ」


 茂木の急な追い返しに、神凪と頼は戸惑いを隠せなかった。

 気づけば三人とも外にほっぽり出されており、いつの間にか家屋は跡形もなく消えていた。


「ご…ご無体な……」


 芽衣は一人嘆きの声を漏らしたが、茂木の言葉を思い出して肩を落とす。

 それでも結局、三人は帰るしかなかった。

 その様子を高い木の上から見下ろしていた茂木は、独り言のように呟く。


「芽衣の運命はそう簡単に変わらん……だが、こうしておく方があの子にとっても幸せだろうて。ふふふ……」

_______


 ある薄暗い路地に挟まれた古びた建物。

 その建物の一室から、ぼんやりとした白い光が漏れている。


「それで、あの化け猫を使う作戦はどうなった?」


 部屋の中央に置かれた椅子にふんぞり返る男。

 その前で、60代ほどの女性──美座和 加奈子みざわ かなこが膝をつき、頭を下げている。


「はっ!申し訳ございません!あの化け猫どもはおさの方が察しがよく、それに頼という男も頭の切れる相手でして……しくじってしまいました!」


 男は表情を変えないまま椅子から立ち上がり、ゆっくりと美座和に歩み寄る。そして彼女の耳元で低い声で囁いた。


「俺は正直者なんだ。次ミスったら殺す……この言葉、冗談じゃないからな」


 その言葉と共に男は背を向け、椅子に戻る。

 美座和は冷や汗を拭いながら「行け」と促す彼の言葉に従い、部屋を出て行った。

 扉の向こうに消えるなり、美座和は口の端を歪ませる。


「くっそ!私の出世の邪魔しやがって……クソ猫が!でも今度はミスらない。なんてったって、この私が直々に仕留めてやるんだから」

【人物:美座和 加奈子 異能力: 鋭糸閃エイシセン 特殊スキル:力闘覚醒リキトウカクセイ


 一方、その頃。

 神凪は芽衣を抱きしめたまま、平和な寝息を立てていた。

 だが彼らの背後には、組織の影がじわじわと忍び寄っていたことなど、知る由もない。

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