第三話:逸話の山と「何か」③

 綺麗な風景。それとは対照的に、互いに睨み合う二人――。


「人間っていうのは毎回同じ、理不尽で心が腐っていて、そして家族を傷つける、仲間を傷つける」


 幼い少女の姿をした彼女の言葉には、深い憎しみが滲んでいた。

 その見た目は、神凪かなよりも年下に見えるほど幼い。

 だが、そんな無邪気さを感じさせる外見とは裏腹に、彼女の口から出てくる言葉は重苦しく、暗い邪念に満ちていた。

 人間が妖や化け物と呼ばれる存在たちにしてきた仕打ち――騙し討ちや拷問、無慈悲な殺戮。

 その罪深さを考えれば、彼女の言葉を完全に否定することはできない。

 だからこそ、嘘やせこい手、卑怯な手を使うことは許されない。

 正々堂々と戦う……これが神凪なりの、今まで人間が妖達にやってきた騙しに対してのけじめだ。


「騙し合いなら辞めといた方がいいですよ。私はいつもあなた達人間の言葉を疑って戦っていますから」

「騙す?はは、そんなことしないよ、正々堂々戦おうか、異能力勝負で」

 

 神凪は少女の瞳をまっすぐ見つめた。


「…そうですか…、珍しいタイプの人間ですね。まあどうせ、嘘なんでしょうけど」


 少女の視線には、相変わらず人間への厳しい嫌悪が宿っている。

 そんな彼女が猫妖怪特有の長い爪を出し、こちらへ猛スピードで距離を詰めてくる。

 神凪は距離を取るように後退しつつ戦う。


「異能力、罔象女神ミツハノメ!」


 罔象女神(ミツハノメ)の力を発動する神凪。この異能力は、罔象女神みつはめのめのかみという水を司る神の力を使うことができる。

 そして目の前の相手は猫妖怪。

 水を操る力は圧倒的に有利なはずだ。

 神凪は手のひらに水の玉を作り出し、それを大量の弾幕として少女に向けて放つ。

 だが、少女はその弾幕を軽々と躱し、距離を詰めてくる。


「まあ、そう簡単にはいかないよね。でも、森に火をつけたらまずいし、迦具土神カグツチは使えない…だったら!」


 神凪は足元に水の柱を生成し、自分を高所に持ち上げる。

 これで上から一方的に攻撃する寸法だ。


(よし!あとはここで撃ち続ければ!)


 そう考えた瞬間、下を見下ろしても少女の姿が見当たらないことに気づく。 


「え?どこいった?」


 辺りを見回していると、足元の水柱すいちゅうから泡が立ち上る。


「まさか…!?」


 視線を落とすと、少女が水柱を泳いで登ってくる姿が目に飛び込んできた。

 

「えぇ!?まじで?」


 少女が水面に顔を出すと、不敵に微笑みながらこう呟く。


「異能力、 暗獄首猫アンゴクノクビネコ


 瞬間、神凪は暗闇に包まれた空間へと飛ばされる。


「え?」


 周囲を見渡すと、真っ暗な中に赤と青の二つの光が輝いている。

 そして、不意に少女の声が響いた。


「なぜ私が水を嫌わず泳いで来れたか気になりますか?ふふっ、冥土の土産に教えれあげます。猫っていうのは体が濡れ体温を奪われるのを嫌います。ですが私は現在人型、濡れるのは好きではありませんが、別に濡れても問題はないんですよ。そしてそこは私の異能力の中、せいぜい泣きじゃくりながら死んでください」


 神凪は暗闇の中で身動きが取れず、ただ立ち尽くすしかない。


「迦具土神…!」


 最後の望みをかけて炎を発動させたその瞬間、目の前が一瞬明るくなり、小さな炎が暗闇を照らす。

 だが、その視界には首だけの黒猫が大口を開け、彼女に襲いかかろうとしている光景が映った。


(あ…)


 そう思った瞬間、雷の音が響き、黒猫が感電する。

 そして雷と一緒に、今日、喧嘩をしそうになった、とてもイライラとさせられた人間、「風間 頼かざま らい」が彼女と黒猫の間に立っている。


「俺のを殺そうとする奴は許さねえ、それが猫だろうが、バケモノだろうが」


_______

 夕暮れの空を背に、女の子は静かに髪をなびかせていた。その表情にはどこか物悲しげな雰囲気が漂う。


(適当な事を言う人間でした…もしあの言葉を、彼女を失う前に聞いていたら少しは心に響いていたのでしょうか…)


 少女はそんな思いを胸に抱えながら、ふと背後に気配を感じた。


「…っ!?」


 突然、空間に亀裂が走り、ワープホールが出現する。

 その中から、神凪を抱えた頼が現れた。


「ふふ…よく逃げ切れましたね。私の異能力から逃れた人間は、初めてです」


 彼女は意味ありげに微笑みながら言葉を投げかける。

 しかし、頼は特に興味がないといった様子で軽く返した。


「そうかよ」


その態度に苛立ったのか、女の子は挑発するように声を上げる。


「それにしても、『正々堂々と戦う』なんて言っておきながら、結局他人にたよっているではありませんか…。やっはり人間なんて口だけの存在ですね」


 その言葉に、頼は静かに目を細めた。

 そして一歩前に進み、冷たい視線で彼女を睨みつける。


「そうか。それじゃあ、まずその『正々堂々』の意味を訂正してやろう」


 彼の声には確かな怒りが込められていた。


「『正々堂々』ってのは、一対一で戦うことじゃない。ましてや、一方的に相手のルールだけを押し付け、不利な状況で戦うことでもない」


 頼は両手を広げ、その手に雷を集める。

 その光は彼の表情を鮮烈に浮かび上がらせた。


「お互いがそれぞれのルールを理解し、平等な条件のもとで全力を尽くす――それが『正々堂々』だ」


 女の子は一瞬言葉に詰まりながらも反論する。


「で、ですが!私は彼女に異能力の制限を強要したわけではありません!」

「本当にそうか?」


 頼の問いに、女の子は一瞬だけ息を呑む。

 その隙を逃さず、頼は続ける。


「お前は最初から俺たちを監視していたな。その間に、神凪の性格を把握していたはずだ。神凪は森を傷つけないよう気を使い、さらには追いかけてきた敵ですら助けようとする。…そんな優しい性格だとな」

「それがなんですが?性格のことをわかったところで戦闘には影響ないでしょう!それともなんですか?あの女は優しいから私を攻撃するのに躊躇してしまうとか、そう言うことですか?!」


 彼女が声を荒げるのを、頼は冷静に手で制した。


「落ち着け。まだ話は終わってない」


 彼は軽く息をつきながら言葉を続ける。


「お前たちを追っていた途中、何かを立てようとしたのかは知らんが、草木が一本も生えていない広い空間を見つけた。なぜそこを選ばず、この木々の生い茂る場所にしたんだ?」

「うっ…」


 女の子は何も言い返せなくなり口籠る。


「少なくともお前らが人間を嫌っている理由として環境破壊は確実に入っているだろ。なのにも関わらずあの場所を知らないわけがない。違うか?」

「それは…」


 女の子は言葉を失い、俯く。

 そして小さな声で呟いた。


「…仕方ありませんね。それなら、ここで決着をつけましょう!」

「いや、その必要はない」

「え?」


 頼の意外な言葉に、女の子と神凪の声が重なった。


「え〜と…頼くん?それはどうゆうことで?」

「そうです!それはどうゆう意味ですか?というか、戦う必要がないと言うならなぜ先ほど異能力で脅すようなことを…」

「あぁ〜…あれはちょっとした威嚇だよっと、来た来た」


 頼は女の子の後ろに茂っている森を見る。

 すると森から、綺麗な着物姿の、女の子と同様、ケモ耳と二本に分かれた尻尾が目立つ女性がこちらへ歩いてくる。


「あの人に会えたからな」


 神凪は女性の綺麗な佇まいに見惚れてしまう。

 その時、女の子の口から予想外の言葉が飛び出す。


「お母様?!」

「ん?お母様!?」

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