第39話 海底王国『エラ・マリス』⑨~守るために死す~

 海底の広場に漂う赤い泡がまるで散りゆく命のように揺れていた。海水はぬるく鉄の匂いが鼻を突き、傷ついた兵士のうめきと壊れた柱のきしむ音が不気味な残響を残す。


 その中で、リュナ王妃は血が流れ出す首元を押さえながら、ゆらりと顔を上げた。その瞳は尚も凛と輝き、絶望に染まる海底に最後の光を照らし続けていた。


 その瞳から微細な青色の光子こうしが発生し、海流に舞いはじめると次の瞬間、星の巫女の視界が柔らかなゆがみが生じ、心の奥に澄んだ声が響く。


(星の巫女……聞こえますか?)


 リュナ王妃の声だった。静かにけれど確かに心に届く、エクストゥラセンソリ・パーセプション≪超感覚的知覚≫によるものだった。


 巫女はびっくりしたように目を見開く。

「これは……王妃の心の声……?」


 リュナ王妃は静かに微笑みながらその声を、さらに巫女の心の奥深くに届くように続ける。


(星の巫女、あなたにお願いがあるの。この状況ではもう勝ち目はないでしょう。私が消えた後、あの子たち……王子たちはプルトーンに殺されるか、クロノスの影の傀儡かいらいにされてしまう……)


 その王妃の言葉に星の巫女の胸がぎゅっと締め付けられる。


(だから……王子たちを隠して欲しいの)


 リュナの声は決して揺るがない、決意に満ちた母の声だった。


(……隠す?)巫女は心の中で問い返す。


 その問いを感じ取り、リュナ王妃の瞳に光が増す。


(アルトは花の種に姿を変え、地上へ飛ばして欲しい。あの子はまだ幼い……けれど、花となりいつか芽吹き復活する力を持っている)

 

 巫女の心に浮かぶのは、今は小さなアルト王子が立派に成長する姿であった。王妃の声はさらに続く。


(ノアは海そのものに溶け込むように、オーシャンフォームに閉じ込めて、時が満ちるまで眠らせるのです。彼は王として『エラ・マリス』再建と海域そして地球を救う為に、アルトと共に正義の剣を振るう時が必ず来ます)


 リュナ王妃の想いを聞き、星の巫女の胸が熱くなる。目の前で剣を構え恐れることなく、母を守ろうとするノア王子、兄の援護をするために震えながらも剣を抜いたアルト王子。その二人を見守る母の祈りはどれほどに深いだろう。


(……リュナ様、あなたは……?)


 星の巫女は答えを聞かずとも理解していたが、あえて問うてみた。すると王妃の心の声が静かに答える。


(私は……ここで終わりを迎える。このエラ・マリスの地で。プルトーンがどうあがこうとも私は生きる事は出来ない。だからこそ……二人に未来を託したい……)


 星の巫女の頬を涙が伝う。それは自分の意志とは関係なく、ただ溢れる感情が涙腺を崩壊させていた。


(母は……子を守るために……)

 彼女は唇を噛みしめると、誰にも気づかれないように小さく頷く。


(……わかりました。王妃様……必ずや二人を守り抜きます。私の命続く限り)


 その誓いにリュナ王妃は柔らかく微笑む。血には染まっていたが、その微笑みはどこまでも清らかであった。


(ありが…とう…星の巫女。あなたなら……必ず……)


 会話はそこで途切れた。青い光子こうしが赤に変化しながらやがてふわりと散り、王妃の瞳から光がゆっくりと消えはじめる。


 消えゆく中で、リュナ王妃の視線の先にはノアとアルト——二人の息子たちがいた。

 ———母の最後の願いを受け継ぐ未来の光のように。


 星の巫女は胸に手を当てリュナ王妃の想いを受け止めていた。それは月と星が海底王国そして地球、最終目標である宇宙の征服を目論もくろむクロノスの影からすべてを守る契約の証であった。

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