第11話 デート1

 季節はもう夏と言ってもいい気候なのだけれど、梅雨明けの発表はまだされていない。


 あと一週間もすれば夏休みに入るというそんな時期の土曜日。


 私は駅前に来ていた。



「……人が多い。酔った。帰りたい……」



 周りは人、人、人……。


 朝の九時だというのに混雑している。


 帰りたい……。



 人混みに紛れるのが苦手な私が何故こんな人の多いところにいるのかというと、王子様へのご褒美をすることになったからだ。


 あの王子様、平均点99.88なんていう記録を叩きだしたのだ。


 一教科以外すべて満点という恐ろしい成績を。


 学年一位は伊達ではなかった。


 本人もこれほどまで高い点数を取ったのは初めてらしく、「ご褒美の力だね!」とはしゃいでいた。


 これでご褒美をやらないわけにはいかないだろう……。



 ちなみに、私の期末テストの平均点は59.85だった。


 王子様より40点も低いが、これでも中間よりはだいぶマシになっている。


 40点台前半だったからな……。


 うちの学校では中間・期末を合わせて60点を超えていないと補習授業が確定することになっている。


 60点以上を取っていても授業態度が悪かったり提出物の期限が守られていなかったりしたら補習になる可能性はあるが。


 ……マジで危なかった。


 特に数学二つと化学が。


 王子様に勉強を見てもらっていなかったら私の夏休みは死んでいたかもしれない。



 ということもあって、私は甘んじて苦手な人混みの中に紛れているのである。


 ご褒美で今日一日、王子様に付き合うために。


 お礼もかねて。




 遅刻するのはいけないと思って待ち合わせの時間より三十分も早く来てしまっていたのだけれど、待っていたのは五分ほどだった。



「あっ! おはよう! 早いね、ローズちゃん!」


「ローズちゃん言うな」



 王子様がやってくる。


 意外だったのはその格好。


 白いワンピースに麦わら帽子とは……。


 この人はカッコイイ系の人だから、とやかく言う人はいそうなファッションだが……。


 じっと見ていると。



「……や、やっぱり変、かな? 私がこういうの着るのは……」



 恥ずかしさと憂いの籠った表情をされる。


 ……うずっ。



「……いいんじゃない? 他の人がどういうかはわからないけれど、私は悪くないと思う。きれいで清楚な感じが出てるっていうか」


「っ、そ、そう……っ」



 気づいたら思っていたことがそのまま口に出ていた。


 そんな魅力が彼女にはあった。



 私の言葉を受けて、王子様はもっと顔を赤くする。


 って、おい、なんでそんな反応すんの?


 言ったこっちまで恥ずかしくなってくるだろうが……っ。


 ……おかしいな。


 王子様、こういうのには慣れているものだと思ったんだけど……。



 二人で顔を赤くしてお互いにお互いの顔が見られなくて喋れなくなるという時間がしばらくの間続いた。


 時間が経ったからかその状態から回復したらしい王子様が私に指摘してくる。



「て、ていうか、なんでローズちゃんは制服なのさ?」



 それは私の服装について。


 今日は休日だというのに私は北西高校の制服(冬服)を着ていた。


 理由は至極単純である。



「外で着れるまともな服がない」



 ……そう、私は服に頓着がない。


 だから私服をあまり持っていなかった。



「普段、どんな格好してるの……?」


「ジャージ、またはスウェット」


「……今日の行き先、ショッピングモールに変更した方がいいかな……」



 変な気遣いをする王子様。


 目的地が変わったとしても服は買わないが。


 女子の服は高い。


 そこにコスメやアクセサリーも加わってくる。


 トレンドを意識しようとするなら出費はバカにならない。


 私は趣味にお金を費やしたいのだ。


 衣類にかかる支出は切り詰めの対象である。



「目的地を変更してもいいけど、服は買わないから。私はこれでいい」


「じゃあ変える意味ないじゃん! ローズちゃんが制服なら私がこの格好だとつり合いが取れないよ……。私も制服着て来たらよかった……!」


「……着替えてくる?」


「……時間が惜しいからこのままで行く……」



 王子様のテンションが下がった。


 ……私の所為で先行きが不安になっている気がしないでもないが、ご褒美、スタート。




 王子様がご褒美にご所望されたのは私とお出かけすることだった。


 電車に揺られて四つ先の駅、テーマパーク前駅へ。


 そこは動植物園や水族館、遊園地などが併設されている大型の施設に徒歩一分で行ける駅。


 一つに纏まっているので出かけるにはもってこいの場所。



 今日行く予定なのは水族館。


 私としては植物園の方が好きなのだけれど、今日の主役は王子様なので彼女の行きたい場所に素直についていく。


 王子様がネットで購入していたチケットを使って館内へ。



 中は暗めで青いライトが多く使われているそんな感じ。


 まずは巨大な水槽がお出迎え。


 施設が大きいので大きな水槽も多いらしい。



 その大きな水槽の中にいた大きな魚(名前は知らないが頭のこぶがすごい)を見ていると王子様が聞いてきた。



「ローズちゃんはどんなのが好きなのかな? 何かみたいものとかある?」



 と。



 ……見たいもの?


 難しい質問だな……。


 魚は専ら食べるのが専門なので水族館には来たことがなかった。


 今も、これを調理するとしたらどうやってするのだろうか? ということを考えてしまっていた。


 食べることに意識がいってしまう私には観賞を目的とする水族館は根本的に合わないのかもしれない。



 周りを見渡してみて、パンフレットがあったのでそれを手に取って見てみる。


 どこにどんな生き物が展示されているのかというマップが記されていた。


 それを確認して答える。



「……シロクマとかイルカとか、アザラシ、カピバラ、ラッコ、ペンギン。兎に角、食べられないやつ」


「うわぁ、ムードも何もない言い方するじゃん……。色気よりも食い気的な……」


「うっ。……あっ、でも、水族館の中に魚料理を出すレストランがあるって書いてある。これがあるってことは魚を見ると食べたいって感覚になる人が一定数いるってことなんじゃない?」


「そう言われると身も蓋もないんだけど……。私はカワイイお魚を見て食べたいとは思わないんだよなぁ……」



 私の回答は最悪だったらしい。


 王子様が頭を抱えている。


 ただ、マップにあったレストランのことを言うと王子様は口ごもった。



「じゃあとりあえずあっち行ってみよっか! 哺乳類がいっぱいいるみたいだし!」



 そんなこんなで、私たちは入口から左のルートで回ることになった。


 王子様に手を引かれながら。



 シロクマ……水に飛び込む姿は迫力がある。


 カピバラ……のんびりしている。


 ラッコ……手を繋いで寝ている。


 ゾウアザラシ、オットセイ……動かない。


 カワウソ……食事シーンが凶悪的。


 イルカ……優雅に泳いでいる。


 ペンギン……よちよち。



 途中、近くのステージでショーが行われるとのことで見に行った。


 アシカのショー。


 ボールとフープを器用に扱うアシカたち。


 あと、ここのアシカのナデシコちゃんはリボンをきれいに回せた。


 新体操の大会に出たら入賞できるのではないか? などと間の抜けたことをナデシコちゃんの芸を見ながら考えていた。



 そうして、もうすぐで主に哺乳類がいるゾーンを抜けるという時、王子様が話しかけてくる。



「ローズちゃんが見たかったコーナーがもうすぐ終わっちゃうね。何が一番よかった? 私はイルカとかアシカもよかったけど、やっぱりペンギンかな! 館内をお散歩してる姿がもうたまらなかったよね!」



 話題は何に一番そそられたか。


 王子様は可愛いのが好きらしい。


 ……まあ、いいんじゃないかな、この人らしくて。


 ひねくれてる私に同意を求められても意見は合わないんだけれど。



「カワウソ一択。特に食事シーン」


「ええ……っ」



 ……引かれた。


 ……あっ、これって王子様へのご褒美なんだったっけ?


 もっと楽しませる努力をすべきかもしれない……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る