第10話 ご褒美
彼女は私から離れることはなく。
その日もテスト勉強を見てくれた。
なんか昨日より気合いが入っていた。
なんかしてきそうで警戒していたけれど、おかしなことはしてこなくて。
なんでも、「私が必要な人だって思わせたい!」とのこと。
授業は至って真剣に行われていた。
彼女が離れないでくれてよかった。
……って、何をホッとしてるんだ、私は……っ。
違う、これは……そう、腐女子であることを受け容れられたからだ。
私の周りにいた人たちは私のこれを変な趣味だと捉えて嫌厭する人しかいなかったから、肯定した王子様の評価が相対的に見て上がったにすぎない。
あと、この人が今離れて行ってしまったら明日からのテストが大変なことになる。
成績の観点からすると私にとってこの人が欠かせなくなっているのは間違いない。
だから離れていってほしくなかっただけだ。
……それだけだ。
私はそれ以降、このことをあまり考えないようにして勉強に集中することにした。
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期末テストは地獄。
英語はコミュニケーションと論理・表現。
数学がIとA。
国語が現代の国語と言語文化。
理科が化学基礎と生物基礎。
社会が地理総合、歴史総合、公共。
細分化されているのに加えて音楽、美術、プログラミング、技術家庭科、保健体育の副教科のテストもやらなければいけない。
十六教科とか頭がおかしい。
それを三日で行うとか詰め込み過ぎにもほどがある。
まあ、こんなのがあるから中学の時に私に嫌がらせをしていたやつらがこの学校に来なかったというのもあるかもしれないが、それにしたってひどい。
私は何度も打ちのめされそうになりながらも立ち向かった。
王子様は、テスト期間が始まってからもまだ終わっていない科目の勉強に付き合ってくれていた。
そして――
「……長い戦いだった……」
「お疲れ様、ローズちゃん」
「……言うな……」
「本当にお疲れだね……。ツッコミに切れがないよ?」
金曜日の放課後を迎えた。
テスト最終日の放課後を。
即ち全工程の終了。
私は期末テストという難敵になんとか打ち勝ったのである。
現在、例の古本屋の読書スペースで無気力に机に突っ伏し中。
隣には王子様がいる。
もはや日常の光景と化しているな……。
だらける私に王子様が聞いてきた。
「それで、出来はどう?」
……痛いところを突いてくるな。
少しだけ顔を動かして横目で王子様を見る。
期待する顔。
この顔をどう変化させてしまうか想像できるから言いたくない……。
言いたくないが……。
「……よかったよ。今までで一番。追試なんて絶対にないって言えるほどに」
「ほんと!? よかったんだ……! そっか、そっか……!」
テストの出来は悪かったわけではない。
むしろよかった。
よすぎた。
私一人で勉強していたらあり得ないほどに。
だがしかし、だからこそ言いたくなかった。
王子様が嬉しさ極まって抱きついてくる。
「ええい、離れろ……!」
押して離そうとするが離れない。
力つっよ……!
……これも嫌だが、まだいい。
問題は恐らく、このあと。
「これで君は、私が必要だって思ってくれたかな?」
……はい、来ましたドヤ顔。
イラッとするしなんか悔しい……っ。
この顔を向けられたくなかったから言いたくなかったんだ……!
テスト勉強を手伝ってもらったのにその報告をしないのは人としてどうかと思って言ってしまったのが恨めしい……っ!
……とはいえ、だ。
彼女がいなかったら大変なことになっていたのは事実なのだ。
ムキになっていないで大人にならなければいけないだろう。
そう思ったから、私は――
「はいはい、思った! 思いましたよ! ……勉強見てくれて、ありがと……っ」
「っ」
ああ、もうっ、何やってんだ私は……。
感謝を伝えるのに恥ずかしがるとか……っ。
でも、言えた。
これでしてもらってばかりで感じていた負い目がほんの少し、本当にちょっとだけど解消できて――
「い、今、ありがとうって……! ローズちゃんがデレた……!?」
「で、デレってなんだ!? ……い、今のは何かの間違い! もう二度と、絶っ対に言わない!」
「ええ!? ローズちゃんがグレた……!」
「ローズちゃん言うな!」
……言ったことを早速後悔しそうになった。
この……、私の勇気を……っ。
素直に感謝されてくれ……。
私はふてくされた。
王子様が一生懸命私の機嫌を取ろうとしてくるがツンとあしらって彼女の方を見ないようにしていると、王子様がいる方から音がしてきた。
筆記用具や教科書などが広げられる音が。
ちらっと見てみると、勉強をしているようで……。
何をしているんだ? というのが顔に出てしまっていたのか、王子様は説明してきた。
「南高は来週から再来週にかけてが期末の期間なんだ」
「……別に、聞いてないし……」
そ、そうか……。
うちの学校と同じタイミングでやるものだと思っていたけれど、王子様の学校の期末はまだ終わってなかったのか……。
「国語は現国と古典、数学は一つだけなんだけど、理科は生物と化学からの選択と物理と地学からの選択、社会は日本史と世界史と地理と公民、英語は論理・表現とリスニング。それと保険、体育、音楽、美術、情報、技術、家庭科のテストがあるかな。一日三科目ずつでお昼には帰れるんだけど、それが六日間続くんだよね……」
「うわぁ……。テストで週を跨ぐとか……。って、いや、だから聞いてないし……」
それでよく私の勉強を見てくれたな……。
大真面目に申し訳なくなってくるんだが……。
本気で、お返しをした方がいいのではないか? という考えになっていると、王子様が何かを閃いたような顔をした。
……一応聞こうか。
「あっ、そうだ! ローズちゃんの点数がよくなってたら何かお礼がほしいなぁ……みたいな?」
「ねだるな。今のでお礼する気なくなった」
「ええ!? そ、そんなぁ……っ」
本当にこの人は……。
タイミングが悪いというかなんというか。
今のでお礼をする流れになったら、言われたからやるみたいに見えちゃうじゃないか。
それはなんか受け容れられなかった。
で、お礼をしないと言ったら言ったで、王子様がショックを受けてぐずり始めちゃって……。
それはそれで見ていられなかった。
……そう、王子様は私の言葉で勉強ができる状態じゃなくなっていて、これでもし彼女の成績が落ちたなんてことになったら気分が悪いなんてものじゃないから。
だから、仕方ない。
私はテーブルから身体を起こして提案した。
「……わかった。じゃあ、あなたが成績を落とさなかったら、あなたの願いを叶える。ほしいものでも、やりたいことでも。もちろん、無理のない範囲に限るけれど。……これでいい?」
「……え? そ、それってご褒美ってこと……!?」
「……嫌ならいい」
「い、嫌じゃないっ! 嫌じゃないよ……!」
王子様は食いついた。
真剣に教科書と向かい合う。
やる気は取り戻せたみたいだ。
これで私が罪悪感を抱く未来になる確率はある程度下げられただろう。
それに、王子様の望みがわかれば借りを返すことができるかもしれない。
多少強引でも口実をつくらなければ私は動かないからな……。
悪くない計画だと思う。
「ふへへ……。ローズちゃんからのご褒美……っ」
……王子様の顔が緩んどる……。
この計画が上手くいくかちょっと心配になってきた。
けれど、二週間後。
私は「学年一位」は伊達ではなかったことを思い知ることになる。
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