初めての再会 2

「ただいま」


 住宅街の一軒家。地方都市にはよくある一般的な家庭。

 なんとか危機を切り抜けた大翔が帰宅すると、母はリビングで朗らかに迎えてくれた。


「おかえり。今日は遅かったのね?」

「うん、まあ……」


 気分が重い。

 大翔はうつむいて、母と目を合わせられないでいる。


 折角の温かい団欒が、あの出来事を過去にした明るさが。

 これから切り出さないといけない話題により、破滅してしまいしそうで、酷く恐ろしい。


 絞り出すように、恐る恐る口を開いた。


「ちょっと、話があるんだけど……」

「なあに? 深刻な顔して」


 心配げな声は優しさに満ちていて、反応が予想されるだけに尻込みさせた。


 それでも意を決して、話す。


「……妹に会ったんだ」


 その瞬間。

 母は顔面蒼白となった。

 怯えて豹変した形相が金切り声で叫ぶ。


「やめてよ! そんな、質の悪い冗談言わないで!」

「いや、本当にそういう人に会って……」

「ならそんなの新手の詐欺よ、騙されないで!」

「いや人じゃなくて蛇なんだけど……」


 蛇。

 その言葉が、更に火に油を注ぐ。

 叫ぶ母の輪郭が奇妙に揺らいだ。


「嘘よ! 全部。当たり前じゃない、そんなの。何を聞いたか知らないけど、そんなの全部、嘘だから!」


 母の全身から黒い靄が立ち上る。

 骨の蛇が纏っていたものと同じ。幼い頃、荒れた際にも見た事があったソレは、やはり見逃してはいけないものだったのだ。

 取り乱した母に怖気づきそうになるも、大翔は懸命に近寄る。


「ちょっ、落ち着いて……」

「見ないで!」


 黒い靄が更に吹き出した。母の姿が見えなくなる程に濃く厚く。

 しかもそれは徐々にまとまって、形を作る。


 骨だ。

 人間と蛇。あるいは両方が混ざった姿。どれも小さな体で、子供、いや赤ん坊のよう。


 それは、かつて手を離してしまった娘のイメージなのか。


「だって! 仕方がなかった! 無理だった!」


 母は靄の向こうで、髪を振り乱し涙混じりの声を響かせる。


「でも! 違うの! 見捨てた訳じゃなくて! 仕方なくて! でも! 愛がない訳じゃなくて!」


 後悔。罪悪感。そして愛情。相反する感情が渦巻く。

 見捨てた、見殺しにした意識。だから骨。死のイメージ。


 しかしそれは間違った認識だ。

 こうなったのは自分がきっかけ。大翔は必死に事態を収めようとする。


「分かってる! 分かってるから!」

「見ないで! 失望しないで! 大翔まで失いたくないの!」


 知られたくなかった。だから隠していた。

 自分も見捨てられるのでは。と、そう思われかねない。

 それが、怖かった。

 疑心暗鬼。負の情念。

 ずっと恐怖を育てていた、悪化していた。


 だからそれが、あの形で無意識に大翔へ向いてしまったのだろうか。


「見ないで!」


 その悲壮な声に応え、骨の子供達が大翔に群がる。守るように。救うように。

 大翔は目を閉じずに、向き合う。何も出来なくても、せめてそれぐらいはしたかった。


 そして背後から、頼りになる妹の声。


「安心してママ。ね、アタシも分かってるから」


 オレンジの蛇が大口を開けて迎え撃つ。

 嘆き。恐れ。悔い。

 それらの形、際限のない骨の群れを呑み込んでいく。全てを受け止めるように。許すように。


 やがて骨は一体もいなくなった。静かなリビングは元通りの色。

 母は腰を抜かして、引きつった顔で蛇を見上げている。


「あ、あ……」


 そのまま、蛇は母まで食らってしまった。


「わーーーーーー!!!」


 大口に呑まれた。

 大翔は慌てて駆け寄り、蛇の鱗を触る。


 すると、その顔は上にあがっていき、母の姿が床に残された。


「勘違いしないでよね。ママまで食べるワケないでしょ」


 食べたのは悪い情念だけだ。

 不機嫌そうな声に対して申し訳なく思いつつ、ほっと胸を撫でおろす。


 母からは黒い靄はすっかり消えていた。

 目をぱちくりと瞬かせ、放心した様子。心配になる大翔より先に、甘えるような声がかけられる。


「……ママ」

「……え? ……あ、ねえ、まさか……」

「うん。アタシ、ママの娘だよ」


 徐々に焦点の会う瞳が、その姿を捉えた。


 母は手を伸ばし。

 妹は鎌首を下げ。

 どちらともなく、恐る恐る距離を縮めていく。


「怖い? やっぱり、そうだよね……」

「そんな事ない! そんな事……」


 母はギュッと目を閉じ、そうして開いた、潤んだ瞳には決意の色。

 しっかりした意思で、娘の顔に手を添えた。


「やっぱり。お花みたいに綺麗な鱗」


 オレンジの鱗を愛おしげに撫で、そして母は娘を抱きしめる。


「かりん」

「ママ」


 二人は見つめ合った。今までの時間を取り戻すように熱く。


「ごめんなさい、ごめんなさい……娘なのに、あなたを手放してしまって……」

「知ってる。分かってるから。アタシこそ、こんな形で生まれてごめん」

「そんな事言わないで! かりんは何も悪くないんだから。ね?」

「うん。だからお互い様。ママももう謝らないで」

「かりん……」


 母はきつく強く抱き締めた。

 かりんもまた、優しく蛇体を添わせる。

 珍しい絵面ではあったが、それは確かに麗しい親子の姿だ。


「ホラ、おにーちゃんもボーッとしてないでさ!」

「そうよ大翔。あなたもこっちに来なさい」

「え! ……分かったよ」


 大翔は照れながらも二人の下へ。

 三人で身を寄せ合って、互いの存在を実感する。

 しばらく家族が一つになって、心地良く温かな空気に浸っていた。






 かりんは家に泊まって、父とも会って、話をして、初めての家族が揃った夜を過ごした。その翌日。


 朝、大翔はかりんを見送る。

 今住んでいる、妖怪関係の者達が集まる居場所に帰るというかりん。

 玄関先、住宅街に大蛇がいるのは目立つが、なにやら姿を隠す手段があるらしい。


 蛇の顔ももう怖くない。大翔は親しげに笑みを浮かべる。


「じゃあ。また遊びに来てよ。喜ぶから」

「うん。あ、でもね……」


 言い淀むかりん。段々彼女の表情も分かるようになってきたが、なんだか気まずそうだ。

 不思議に思う大翔。そしてかりんは、舌を出して尻尾で頭をかきながら言った。


「最初の骨蛇の原因ね……やっぱりママじゃなかったみたい」

「え?」

「いや無関係じゃないんだけど、ただ利用されただけっていうか……ママの念を軸に他の人のやつも固めて命令した人がいるっていうか……」


 説明によると詳細は未だに不明。例の妖怪仲間も調べてくれているが苦労しているらしい。

 ハッキリしているのは命の危機は終わってない、という事だけのようだ。

 急に背筋が冷えた。


 ただ、それでも。


「とにかく! まだ命が狙われてるかもだから」

「じゃあ……また助けてくれる?」

「えー、次は自分でなんとかしてもらいたいんだけど?」

「そんな事言わずに! いや僕も鍛えればいいのはそうなんだけど……」

「大丈夫だって、おにーちゃんは才能あるから!」


 冗談を交えてはしゃぐ兄妹。顔には自然な笑み。

 恐怖よりも心強さが勝る。

 何が来ても切り抜けられると思えた。

 朝日に輝くオレンジの鱗が、行く先を照らすように眩しい。


 こうして大翔の、蛇の妹と共に危険へ立ち向かう日々が幕を開けたのだった。

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