知らない、妹

「しかし妹が出来たなんて俺、全然知らなかったぞ」

「当然だ。教えてなかったんだから」

「なんで?」

「帰ってきた時の楽しみにとっておこうと思ってな」

「……とっておきすぎ」


 そういう事なら、本当に帰ってこなかったこっちが悪かったのかもしれない。

 俺は隣の夕実の顔を見た。


 まだ幼いが、多分美人……というか大きくなったら美人になりそうな予感をさせる。まだ俺の趣味ではないが。

 長い髪を編んで後に流している。


「夕実は……」

「なぁに? お兄ちゃん」

 夕実は俺の視線に気付いてか、目をうるうるさせてこっちを見た。


「えと、夕実はいくつになったんだ?」

「13歳。もう中学生になったんだよ」

 まるで大人になった、と言わんばかりの口調だった。


「13って事は、やはり俺が家を出てから生まれたんだな」

 俺が12歳の時に家を出て今26。そしてそれまで家に帰らなかった訳だから、会っている筈がない。


「お前が全寮制の中学に行ってしまって、夜がヒマになっちまってなぁ。ある意味自然の摂理だ」

「親父!、夕実の前で言うような事じゃねぇだろ」

 夕実は少し顔を赤らめている。最近……に限らず女の子は耳年増だし同年代の男の子と比べて精神年齢は高い。言っている意味も少しは理解できるのだろう。


「でもさぁ。何で今まで帰ってこなかったの?」

 夕実は顔をふくらせて見せた。


「色々あったんだよ」

 本当に色々あった。


「例えば?」

 夕実はちょっと怒った顔で、身を乗り出して言った。

 やっぱり全部、言わないと駄目か……。


「まず俺が私立の中学へ行った事は知っているよな」

「通いが無理な、学校指定の寮に入ったんでしょ」

「ああ。それで、そこの中学と高校で俺はハンドボール部に入っていたんだけど」

「うんうん。知ってる」

「そこのハンドボール部は強豪だが練習がキツイのでも有名で、盆も正月も合宿で、とても実家に帰省しますっていう雰囲気じゃなかったんだ」

「アナクロ……」


「俺もそう思う。で当初、高校を卒業したら実家に帰って農業を継ぐという約束もしていたんだけど」

「あ、それ初耳」

「俺がこっそり大学を受験して合格し、進学する!、なんていったもんだから親父に勘当された」

「え?」


「まぁ、その分を奨学金やバイトの掛け持ちで、必死で学費と生活費捻出したんだ」

「そ、そうだったの?」

 夕実は運転している親父に向って聞いた。

 と、親父は顔を劇画タッチにして滝の様に涙を流している。

『夕矢!、お前という奴は……』と拳に力を込めて、


「お父さん。それ勘当じゃなくて感動」と、夕実に突っ込まれている。

「俺はこんな勘当をされていたのか……」


「まぁそれ位の反対を押しのけてでも行きたいと思わなければ、大学なんぞ行く意味もないとワシは思ふ」

 親父はサラっと言ってのける。


「で、俺としてもそんな感じだったから卒業してもやっぱり農業継がずに、そのままそこで就職したんだ」

「何か凄い」


「ワシは本当の意味で勘当なんぞしたつもりも、なかったがな」

「でもちょっと帰り辛いものがあってね」

「ふ~ん……」

 夕実はそれらの言葉に、何かドラマを感じている様だ。


「でも、とりあえずお兄ちゃん帰ってきたから、それでいいんじゃない」

「何か無理やり、めでたし・めでたしに、持って行ってないか」

「いいの。神は天にあり。世はすべてよし」

「ここはグリーンゲイブルか」


 時代遅れの三菱コルトは、歓喜の白道……じゃなくて花の咲いていない桜の並木道を、ひたすらかっとんで行った。

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