除夜の鐘

かもライン

十数年ぶりの帰省

 思えばその時、なぜ帰ろう、などと思ったのかは分からない。


 例えばその直前のクリスマス、仕事で残業でデートをスッポかした為、付き合っていた彼女にフラれてしまったというのも理由の一つかもしれない。一応2年越しの関係ではあったが、特に執着していたつもりはなかったし、結婚も特に考えていた訳でもない。しかし、いざ別れてしまうと寂しくなるものだ。


 それと本来なら12月の27日で仕事納めの筈だったのに残務処理で30日午前中までずれ込み、さすがに仕事で年越しはしたくなかった為、同僚たちと必死でやって終わらせた後、昼飯を食ってその同僚達と別れたら、急に暇になって心がポカンとしてしまったというのもあった。


 ちょうどそんな時、おふくろから「今年も帰らないの?」と電話があったので、つい思わず「じゃ、帰ろうか」と答えてしまった。


 言った後で『あ……』と思ったが、その時のお袋の喜びはしゃぎ声に気押され、撤回出来なかった。

 息子が故郷に帰る。そんな大した事でもない筈だが。

 ただ、色々と忙しさを理由を付けては帰れない帰れないを繰り返してきた為、本当に忙しくない以上、帰らない理由もない。

「親孝行、したくないのに親がいる、か」※1

 誰に言うともなく、つぶやいた。


     ☆


 翌日の朝早く、新幹線に乗って、田舎の県庁所在地の駅でローカル線に乗り換える。そこから地方都市駅で運良く1時間待ちでさらにローカル線に乗換えた。

 そこからオレンジ色したディーゼル気動車に揺られる事1時間。ようやく目的の駅に着くとドアを手動のボタンで開け、他には誰の姿も見えない駅に降り立った。


 そう。本当に、誰もいない。


 さすがに冷えた空気に襟元を締め直し、ギシギシ音を立てる木で出来たプラットホームを抜けると、改札口には『ここに切符を入れて下さい・駅長』と書かれた看板に、定期券ぐらいの切符も入る位の大きさの穴があいた箱が一つ。


『タダ乗りしようと思えばいくらでも出来るな』と昔も思ったものだ。とは言いながら、1時間半に1本、この列車を走らせるだけでも年間・億の赤字が出る様な路線で、そんなセコイ真似なんかはするつもりはなかった。


 さて、たまにでもこうやって帰ってくると、それなりに感慨はある。


 駅前は、というより駅前ですらこの街は全然昔と変わっていなかった。本当に全然変わっていないわけではないが、ほとんどが記憶との誤差範囲内に収まっていた。


 ローカルとはいえ一応は駅前だというのに、小さい店や食堂がいくつか並んでいる形だけの商店街。未だコンビニやファーストフードの波も、ここら辺には全くの無縁だった。


 辺りを歩いている人にも、若者は皆無。ほとんどが野良着の老人か老人一歩手前の世代の人たちばかりだ。


 駅前のロータリーには、時間待ちのバスが一台。タクシーすらいない。

 そして今ここで待ち合わせしている筈の、うちの親の出迎えの車も来ていない。


「電車、この時間になるって言っておいたのになぁ」

 駅前を見渡しながら、また誰に言う訳でもなくつぶやいた。


 バスの時間を見たが、次の発車まで1時間以上。それまで延々このバスはお客を待ちつづけるのだろう。


 とりあえず携帯を取り出すが、


「げ……」

 既に圏外だ。ここは本当に日本か?。


 そう思っていると、やっと1台の見慣れた車がロータリーに入ってきた。玉虫色の三菱コルト。そして、その運転席の窓に、少し老けた親父の姿があった。


 窓から手を出して振っている。

 久しぶりに見る親父の髪の生え際は、確実に後退していた。

 コルトは俺の横で止まった。


「よっ、夕矢。すまん、出るのに手間取ってなぁ」

「親父よぉ。まだ、こいつに乗ってたのか?」


 確か俺が学生時代に買った奴だから15年以上になる筈。しかも中古でだ。

 いくらここが十数年前から変わってないからって、乗っている車まで同じっていうのは、どうしたものだろうか。


 とはいえ、さすがにボディの塗装の光沢は無くなってきて元メタリックだったのかどうかも分からなくなっているし、所々剥げサビも浮いている。バンパーも端の方は欠けている。


「ん?」

 助手席に女の子がいた。

 中学生くらい。見た事もない女の子だ。

 その子はドアを開けて出て来た。


 おや、誰だ? などと考えるヒマも与えず、彼女はいきなり俺に抱きついてきた。


「お帰りなさい、お兄ちゃん!」

 お、お兄ちゃん?。


「誰?」

 俺は、訳も分からず親父に聞いた。


「誰って、夕実ゆみじゃねぇか。お前の妹の」

「え、え? 聞いてねぇよぉ!」

「帰ってこねぇお前が悪い。しかしまぁ、そんなところで感動の再会してねぇで、さっさと乗れ」

「いっしょに後に乗ろ。お兄ちゃん」


 俺は訳が分からないまま、車に乗った。

 夕実が先に乗る。俺もそのまま後ろに乗って、助手席に荷物を置いた。

 体格的には助手席の方がいいのだが、後ろに乗らなかったら夕実に怒られそうだ。

 ドアを閉め座席に倒れ込むと、コルトは急発進した。



     ★


※1 不謹慎川柳である。

『親孝行したくないのに、俺がいる』Verもある。

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