惑星少女

「付き合ってください!」

「ごめんなさい!」

「そんなことない!」

 聞き間違いだろうか。そんなことない……?

 放課後呼び出された体育館裏。

 ハートのシールで封がされた手紙で呼び出されたとなっては、俺も心の準備をして臨んだわけで、草野からの告白には用意していたごめんなさいを返したわけで。

 同じクラスの藤原マヤさんが好きな俺は一途に行きたかった。まだ高校一年の六月。草野も嫌いなわけではないが、夏休みには藤原さんに告白する算段を立てているのだ。

 だから断ったのに。

「……そんなことないって?」

「阿賀野くんは私と付き合えるはず」

「……なんで?」

 やはり聞き間違いではなかったようだ。

「いや、ごめんな? 他に好きな人がいるから草野とは付き合えないんだ」

「他に好きな人がいても付き合えると思う」

「いやいや、だからその好きな人と付き合いたいから」

「付き合っていいよ」

「うん。だからごめんなさい」

「だから私とも付き合おうよっ!」

「……なんて?」

「時代は一夫多妻制だよ阿賀野くん!」

「……なんで?」

 ふわふわと肩に掛かるウェーブ気味の髪が揺れた。ノーベル賞でも獲ったかのようなしたり顔で俺を見つめている。何処にそんな自信溢れる要素があるのだろうか。

 草野は入学当初から思い付きで行動することが多かった。

 お弁当はお弁当箱でなくてもいいのでは、と一人だけガスコンロと鍋を持って来て教室で一人ちゃんこを初めてみたり、誰かの誕生日直前にわざわざ作らなくてもいいのでは、と何も無い日に折り紙のわっかを繋ぎ合わせてみたりしている。

 それ以外は至って真面目なものだからみんな触れないが、このようないらん閃きをするので、やんわりと変人の地位を確立している。

 しかし、その思い付きは二日と続いた試しがない。引き際は弁えているようで、それを加味すればギリギリ普通の女子高生、というのが我がクラスの草野の評価である。

 ギリ常識人なのだ、今の発言もただの思い付きだろう。

 そう思って適当にあしらった俺が間違いだった。その場できっちりと一夫多妻制は日本では認められていないと言うべきだったのだ。

 次の日から草野は当然の様に俺の隣を歩くようになる。当分は俺のお目当ての相手を特定するのに御執心のようで、事ある毎に訊いて来る。

「言っちゃいなよ、ほれほれ」

「離れろ。そもそも一夫多妻制が成立したとして草野と付き合う気は無ぇよ」

「そんなことない!」

「だからその自信は何処から来るの!?」

「だって私可愛いでしょうが!」

 自分の容姿に自信を持っているのは良い事だが、駅のホームで叫ぶ内容ではない。電車を待っていた他の客がちらちらとこちらを窺う中、草野はアリクイの威嚇のように両手を上げた。クリーム色のカーディガンと猫のようにふわふわなブラウンの髪は良く似合うし、目も鼻も口も収まるところに収まっていて確かに可愛い。しかし

「可愛さは関係無い」

「何故!?」

 日本の常識で生きている俺は藤原さんに誠実でありたいからだ。

 それに草野は可愛さよりも鬱陶しさが勝つ。その上こいつが周りをちょろちょろするものだから、全然藤原さんに近づけない。

 まさかそれが一ヵ月も続くとは思わなかった。

 六月から付き纏われ始め、遂には七月に突入し、もうすぐ夏休みが見えてくる。

「夏休みは私、お盆に長野に帰るんだ」

「やっと草野から解放される」

「一緒に来てもいいよ」

「やめとく」

 草野がちょろちょろしている時は、大抵このような他愛のない会話を重ねている。その何処の会話が引っ掛かったのかわからないが、草野は俺が藤原さんを好きな事に気付いたようである。そんな気配を億尾にも出しているつもりはなかったので心底驚いた。

「めっちゃわかりやすかったよ」

 そう言って悪戯っぽく笑う草野は小悪魔的だった。

 しかし、そこからの草野は一転、小悪魔から天使へ変わる。というのも、どうにかして俺と藤原さんをくっつけようとキューピッド役を勝手に買って出たのである。

「……何で?」

「え? だって藤原さんの事好きなんでしょう?」

「でも草野は俺の事好きなんだろ?」

「え? うん。だから幸せになってもらいたいんじゃん」

 キョトンとした顔で首を傾げる草野は、やはり最高にズレている。

 草野は藤原さんと仲良くなり、俺の働いているマクドナルドに遊びに来たり、俺の空いている日にわざわざプールで遊ぶ予定を立てたりと、なかなかに策士で小憎らしい。何処までが作戦で何処までが素かはわからないが、藤原さんとどんどん仲良くなって、いつしか二人で行動することが多くなった。

 相対的に、俺の周りにいる時間は短くなる。

 草野が俺の周回軌道上から外れた分、空間が広く感じた。

「順調ですよ、阿賀野君」

 段々と他愛のない話はなりを潜め、藤原さんとの経過報告が多くなった。なるほど、藤原さんと草野はもはや親友と言って良いほどに仲を深めているらしい。先日はお互いに家にお泊まり会をしたそうだ。

「マヤちゃんはまだ好きな人がいないんだって」

 チャンスだね! と背中を叩かれる。

「ああ……そうだな」

「なぁに、その腑抜けた顔は。シャキッとしないと候補にすら上がらないよっ!」

「わかってるよ」

 久々に二人で下校する通学路。

 西日が海を照らしている。

「なぁ、夏休みの話なんだけど。お盆の」

「お盆? ああ、ばっちり。そこはマヤちゃんとの約束外すよ! 草野君も実家帰るんでしょ? 私も長野に帰るしね」

「いやそうじゃなくて」

「なぁに? 他に行きたい場所でも出来た?」

「……そうじゃなくて。まぁいいや。今日は何してた?」

「え? 私? マヤちゃんの好きな映画色々聞いて来たけど?」

「へぇ……いや、それはまた後で聞くわ。草野は今日何してたんだ?」

「う~ん、そうだな。あ! そう言えば購買でね――」

 どうでもいい話を楽しそうにし始める草野。

 それを聞きながら俺は近いうちに、プールのキャンセルを頼むだろうな、と他人事のように思った。

 俺の周りをちょろちょろと鬱陶しい惑星が回っている。

 プールよりも長野で無駄話に魅力を感じる俺は、何かが間違い始めている。

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