才能の卵

 とてつもなくでかい卵がある。

 目を擦ってもう一度見てみるが、やはりそれは、俺の家の玄関前にある。

 廊下の天井と壁にぴったりサイズで立ちはだかり、出勤する俺を邪魔していた。

 あと五分で家を出なくては遅刻が確定してしまうのに。

 触ると少し暖かくて不気味だ。

 耳を付けてみると、中からドクンドクンと音がする。

 その音を聞いて、ふと、先週だかのニュースを思い出した。

 近頃『才能の卵が出現している』という内容だった。

 大きさは大小様々。触ると温かく、中からは何かの胎動が聞こえる。

 ……特徴がばっちり当てはまるではないか。些か想像よりもデカすぎるが、これは才能自体がデカいということだろうか。

 途端にワクワクして来た。

 これが孵化したら俺にどんな才能がもたらされるのだろう。

 才能の卵を孵化させた人は、ピアニストやら宇宙飛行士やら絢爛たる仕事を謳歌して、誰も彼もが幸せそうだった。テレビの向こうの話だと気にも留めていなかったが、まさか自分にお鉢が回って来るとは。

 今日は会社で定例会議があるが、そんなものはやめだ。どうせ課長が居眠りしているような会議、出席する意味も無い。この卵を温めて孵化させる方がいいだろう。

 俺は同僚のAに議事録の代打を頼んだ。その後、スマホで才能の卵の温め方について調べ、掛布団やら毛布やらを卵にせっせと巻き付ける。

 卵が孵化するには七時間ほど必要だそうだ。


 午後三時。ピチン、と割り箸を割ったような音が響いたかと思うと、卵が縦にパカリと割れた。思わず「よっしゃ!」と声を上げながら、中を覗く。

 しかし、そこには何も無かった。

 白い空洞があるばかりで、つるりと乾いている。触っても鶏の卵と同じような手触りしかせず、自分に天啓が閃く事も無い。鼓動は何処から響いていたのだろう。

 ……これで終わりか? 才能は?

 自分には気付かない何かが身に付いたのだろうか。

 どうすればそれがわかるのだろう。

 結局何の手応えも無いまま一日が過ぎ、次の日普通に出勤することになった。

「おい、昨日どうしたんだよ」

 昼休みに同期のBに肩を叩かれる。

「いや、ちょっと急用が出来てな」

「そうか……でも本当惜しい事したなぁ」

 同僚が大きく息を吐き出すような声と共に、隣に座ってくる。。

「なにが?」

「何がって、社内メール見てないの? 昨日の定例会、急に社長が来て新規プロジェクトの話になったんだよ。ほぼ内容も布陣も決まってて、最後の一押しに第二企画部の意見が欲しいって。んで、そこでAがたまたま同じようなプロジェクトの構想練っててな。その場で決まってAがプロジェクト副リーダーに大抜擢ってわけ」

 Bが言うそのプロジェクトは、俺とAが居酒屋で話していたものだった。俺のパソコンにも草案はある。何せ、Aと度々見せ合っていたのだ。

「嘘だろ……俺も考えてたのに」

「Aもそう言ってたよ。お前と二人で考えたから、二人入れてくれって」

「そんな……じゃあどうして俺に話すら来ないんだ」

「あの会議で、相当Aがハマったんだろうな。社長直々に即決定で、他の人間を入れる余地は無かった」

 それを聞いて俺は更に力が抜ける。会議で発言出来ずに悩んでいるAに、何度も居酒屋でアドバイスしたのも、俺だ。

「俺がやってればAよりも上手く出来たのに!」

「そう声を荒らげるなって……俺だって可哀想だと思うよ」

「可哀想で済ませる問題じゃないって……」

「昨日休んだのが全てだ。いつも絶妙に間が悪いよな、お前。そういう才能あるよ」

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