第34話

 最初はC-TATに頼らずともしっかりとした生活を送ることができていたフェルナンドであったが、問題はすぐに露呈した。周りの皆が当たり前のように受けている検査を自分は受けることができないという現実は彼が成長するに連れて、心に重くのしかかるようになり、そのストレスをC-TATで取り除けないことがさらにストレスを重くさせた。

 他とは違うフェルナンドのことを誰も馬鹿にしたり陰口を叩いたりしなかった。しかしそのことが彼にとっては一層辛く感じられた。腫れ物のように扱われていると思い込んだのだ。ついには当時付き合っていた彼女にあの検査は人をダメにする、と風聴してひどく心配されるほどだった。

 母親であるローサはそのことについて度々彼の彼女ガーゼルから相談されていた。

 しかしローサはいつもそれを適当にはぐらかしていた。そうする理由はフェルナンドが検査を受けられない原因を知られてしまうと、ローサがその昔傭兵としてこの国の暗い仕事に携わっていたという秘密がバレてしまう。もしその秘密がバレたら彼女はもうこの国に住んでいくことができなくなる。それにC-TAT無しでフェルナンドを育てると決心した母親の意地として、彼の気が狂ったと認めるのには抵抗があったのだろう。ローサはしきりに彼はまだ大丈夫、すぐに治るからとガーゼルに言い聞かせて誤魔化していた。

 だがその誤魔化しもフェルナンドがローサに暴力を振るうようになって限界を向かえる。ローサの顔は痣だらけになって外出しない日々が増えた。ついに耐えきれなくなったローサは妹のロゼロに連絡を取った。

 傭兵業を辞めてから何年も連絡してこなかったのに、とただ事で無いことが起きていると予感したロゼロはすぐにローサの家へと向かった。しかし彼女が辿り付いたときにはもう何もかも手遅れだった。

 机や食器棚が倒れており、床の上には割れた食器の破片が散らばっていた。そして壁には血痕が付いていて、ここで何があったのかは見るよりも明らかで、もうすっかりと冷たくなったローサのそばにフェルナンドはうなだれて座りこんでいる。

 彼の手には血塗られた果物ナイフが握らており、床には血だまりが出来ていた。彼はロゼロの姿を見た瞬間、手にしたナイフを振りかざして襲い掛かったがローサと違いロゼロが彼に手加減する理由は無い。むしろ自分の姉を殺した仇だ。するどい蹴りがフェルナンドの腹部にめり込み、彼の口からは嗚咽声と共に血の混ざった吐瀉物が放たれ、あっという間に彼の意識を刈り取った。

 ロゼロは荒れた家の一人茫然としていた。彼を殺そうかどうか迷ったが、これでも姉の一人息子だからとすぐには殺しはしなかった。

 気の抜けたロゼロだったがチャイムの音ではっと我に返った。ロゼロとローサは瓜二つだ。彼女は何の気負いもせずに玄関のドアを開けるとそこにはガーゼルが立っている。彼女はフェルナンドのことを心配している様子だった。

 「今息子は少し気が動転しているだけだからすぐに治る。あともう少し大人しくなったら検査に連れて行くから通報だけはしないでおくれ」

 ロゼロは適当にそう言うとガーゼルを追い返した。おそらく今は引き下がったがこのままだと彼女は不審に思うだろう。放っておくと彼女だけでなく近所の人たちまでもが不審に感じてしまう。

 ロゼロがこの時、取った行動は意外にもフェルナンドを助けることだった。彼の状況は知っていた。全てが全て彼だけの責任にするのは酷だった。彼女はフェルナンドに少量の大麻を吸わせた。そのかいあって、彼が目を覚ました時には凶暴性はすっかりとなりを潜めていた。そして自分の母親を手掛けたことも忘れていた。

 それからしばらくの間、ロゼロは彼の母親ローサとしてフェルナンドの世話をした。C-TATの代わりに大麻を吸わせる日々、それが寿命を縮めることになると知ってはいたが、彼が抱えた心の問題は嘘のように消えた。フェルナンドとガーゼルがホルニシャの街で同棲するようになってからは、ガーゼルに見つからないよう密売人として地下水道で彼に大麻を渡しそこで吸わせた。

 しかしC-TATのCEOがロゼロに下した命令は残酷だ。

 命令に従ったロゼロはあの日、フェルナンドの頭部を拳銃で撃ち抜き、今まで偽物のフェルナンドを愛する役を演じ続けたのだった。

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