第14話 仕事始め

 年始休暇が終わり、助手三名態勢となった私の研究室だったが、基本的になにも変わった事はなく、ビスコッティはまだ組み立て途中の魔法薬精製装置にかかりきりで、エリナはさっそく簡単な錬金術の研究を始め、なぜかミスリル製のヤカンを量産していた。

「うん、いい感じでみんなマイペースだね。これこそが、私の研究室だよ」

 その様子に満足した私は、ノートパソコンのディスプレイを開け、正規のアカウントを使って、所内ネットワークにログインした。

 特に目的はなかったが、こまめにチェックしているフリーの助手リストを眺め、ファイルサーバに保存してあるファイルのうち、最新の研究に関するものを開いた。

「最新の高効率位相反転爆弾か。趣味じゃないんだけど、作れって命令されたら作らないといけないんだよね」

 私は苦笑した。

 『火』と『水』の精霊力を利用しようという、特に精霊力同士が強く反発する組み合わせの爆弾は、もうほぼ完成している。

 しかし、私は嫌がらせで、まだ未完と報告してあった。

「こんな戦略級の大規模破壊魔法なんて、とても世に出せないけど、さすがに誤魔化しが利かなくなってきたからね。少し工夫して…」

 私はノートパソコンのキーを叩き、すでに完成していた強烈な大規模破壊魔法を、どうにかして、もっとマイルドなものにしようか考えはじめた。

 このままでは、人口数百万の超大都市ですら、一撃で蒸発させてしまう。

 この魔法の開発は、いわゆる黒紙による命令なので拒否権はないが、だからといって、素直に受け取るようでは、まだ三流である。

「このバッジの納期まではあと少しか。いっそ、音と光だけを派手にして、掘っ立て小屋も吹っ飛ばせないとか、変な仕様にしてやろう」

 まずは100%の完全形を作り、そこから引き算して、必要な時に必要なプレゼンが出来ればいい。

 むろん、100%仕様を渡すつもりは全くなかった。

 『火』と『水』という最も反発が強い精霊力を利用した魔法で、対消滅どころかお互いの力に干渉して、それとは逆方向の桁違いのエネルギーを生み出す手法など、恐らく私の他には開発出来る者はいないだろう。

 そうでなければ、わざわざ黒紙まで使って、私に命じてくるわけがない。

 つまり、私が『現時点ではこれが限界』と言い切ってしまえば、相手はそれを聞き入れるしかないのだ。

「さて、この部分をこうして…。あっ、ダメか。じゃあ、ここをこうした上で…」

 物騒な魔法であるが、魔法自体に罪はない。

 最終的には、派手に光って爆音も轟くが、ただそれだけの魔法を目指していた。

「これで粘ってやれば、そのうち開発不能って諦めてくれるはず。研究費として大金を受け取っているけど、それだって限りがあるだろうし」

 私はニヤリとした。

 攻撃魔法の専門家としては、面白い研究題材ではあったが、その成果物を軍部になど渡したら、まずロクな使い方をしないだろう。

 私とて、この研究所という閉鎖空間にいても、隣国との国境線が沸騰していることくらい知っている。近いうちに、戦争が始まるのは確実だ。

「はぁ、疲れました。師匠、なにニタニタしているんですか?」

 ビスコッティが冷蔵庫を開け、中の缶ビールを一本取った。

「いや、なんでもない。で、作業は終わりそう?」

 私はビスコッティに問いかけた。

「はい、あと数時間で終わるでしょう。それにしても、部屋が広くなったので困ってしまいました。使わないのも勿体ないので、薬草や材料のストックを増やしてもいいですか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うん、構わないよ。好きに使っちゃって」

 なにしろ、以前の研究室と比較して、一部屋当たりの広さは二倍以上だ。

 平気な顔をしているが、私も落ち着かない。

「分かりました。それでは、また作業してきます」

 ビスコッティは、缶ビールを一気に飲み干し、空き缶を持って隣室に入っていった。

「エリナは平気かな。あとで見にいこう」

 とりあえず、手がけている新型攻撃魔法を弄るのが先だ。締め切りまで、あと一ヶ月しかない。

「破壊力ゼロで光と音だけは一人前。これだよ、こういうのが大事なんだよ」

 私は笑いながら、ひたすらノートパソコンのキーを叩き続けた。


 昼過ぎまで自分の作業を続け、私は一区切り付けて、ノートパソコンのディスプレイを閉じた。

 どうやら時間を忘れているようで、いつもなら昼食に誘ってくるビスコッティがこないので、忙しいのだろうと思って、私は椅子から立ち上がった。

 そのまま研究室を出て、今日は弁当にでもしようと思って、売店に向かった。

 その途中、さりげない動きで犬姉が私の少し後ろに付き、小さく笑った。

「お昼ですか?」

 犬姉が笑った。

「うん、そうだよ。犬姉は?」

 私の問いに、犬姉がいつの間にか手にしていたライフルを見せた。

「食事の前に、準備体操です。きますか?」

 犬姉が笑った。

「なに、釣りに行くんだ。どうしようかな、暇といえば暇だし、私も付き合うよ」

 私は空間ポケットから愛用の狙撃銃を出した。

「今日の獲物は、それほど大物ではないですよ。どうしてもと頼まれて、私も仕方なく承諾したようなチンピラです」

 犬姉が笑った。

「そっか、チンピラね。まあ、私は暇つぶしに付き合う程度にしておく」

 私が笑うと犬姉が頷いた。

「はい、私の話し相手くらいで構いません。スコーンさんの手を汚す必要はありませんよ」

 犬姉がクスリと笑った。

 二人で一階に移動し、玄関前の車寄せで、犬姉が自分の車を取りに行った。

 すぐに見慣れたピックアップトラックがやってきて目の前に止まると、私は助手席に滑り込んだ。

 犬姉の運転で車は走り出し、周回路をゆっくり走りはじめた。

「あっ、そういえば外出許可証持ってる。すっかり忘れてた」

 私は慌てて犬姉に問いかけた。

「はい、偽造ですがありますよ。使う機会があるかもしれないと、スコーンさんの分もあります」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「あれま、バレたら大事だよ」

 私は苦笑した。

「大丈夫ですよ。変な態度でなければ、簡単に誤魔化せますから」

 犬姉が笑った。

「まあ、頑張って演技するよ。どこまで行くの?」

 私は笑った。

「はい、スラム街です。お世辞にも安全とはいえない区画なので、用心して下さいね」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「スラム街か。年単位で久々だよ」

 私は笑った。

「まあ、好んで立ち入る場所ではないですからね。さて、もうすぐ正門です」

 犬姉のいう通り、正門はもう間近だった。

「さて…」

 私は空間ポケットから、ダテ眼鏡を取り出してかけた。

 これだけでも、かなり印象が異なるはずだ。

「スコーンさん、それでいいです。白衣の胸のIDはこれで」

 犬姉が差し出してきたIDを受け取って取り替え、私は無言を決め込む事にした。

 車が正門で門番に止められると、犬姉が言葉巧みに適当と思われる行き場所を示した。

 そのまま特に問題なく正門から研究所を出ると、犬姉は車をメインストリートに向けた。

「十五分くらいで着くと思います。すぐに片付けますので」

 車を運転しながら、犬姉が囁くように告げてきた。

「まあ、怪我しないようにね」

 私は小さく笑った。

 車はメインストリートを少し走り、細い路地に入ると犬姉は速度を落とした。

 そのまま王都の入り組んだ道を、迷う気配もなく犬姉は車で進んでいき、徐々に荒れた路面と建物が並ぶエリアに踏み込んでいった。

「さて、この辺りで徒歩に切り替えましょう」

 犬姉は路肩に車を駐め、ライフルを片手に運転席側の扉を開けた。

 私も車を降り、犬姉にくっついて、何かが腐っている臭いが漂う、淀んだ空気が充満したスラム街の道を歩きはじめた。

「今回、私がこの仕事を請けた理由はいくつかあるのですが、どうもビスコッティさんが経営している孤児院に、執拗な嫌がらせをしているらしいという事もあります。報酬は大した金額ではありませんし、メインはこれです」

 犬姉が笑った。

「なんだ、そういう事か。だったら、私がやらないと格好付かないね」

 私は笑った。

「いえ、それには及びません。さて、もうすぐ着きますよ」

 犬姉は笑い、全くなにも考えていないという足取りで、倒壊しかけている二階建ての建物に入っていった。

「こんな場所に入ってどうするの?」

「はい、ここが絶好の狙撃ポイントなんです。あの黄色の建物が、ビスコッティさんの孤児院です」

 犬姉が双眼鏡を渡してきた。

 屋根がない二階建ての建物。その二階部分の崩れた壁に身を寄せ、そっと双眼鏡を覗くと、綺麗な黄色に塗られた建物が見えた。

「あれか。なんだ、意外とちゃんとやってるみたいだね」

 私は小さく笑った。

「はい、今現在の孤児の数は十四名のようです。さて…」

 犬姉は床に座り、スコープを覗いた。

「ターゲットがいますね。門の前で、なにかやっています。始末してしまいましょう」

 犬姉が小さく呟いた。

 双眼鏡で見ると、閉ざされた門の前で、柄の悪そうな連中が六人ほどなにかやっていた。

 それがなにか分かる前に、犬姉がライフルを撃ち、たちまち六人を倒してしまった。

「あれ、終わっちゃった」

 私は苦笑した。

「はい、大した相手ではありません。あとは、スラムの住人たちがスラムの法で死体を片付けてくれるでしょう」

 犬姉が笑った。

 しばらく見ていると、どこからともなく人が集まりはじめ、六人分の死体を漁りはじめ、お金はもちろん、血塗れの服まで剥がして持ち去り、なにもなかったかのように、その死体を適当な場所に放り捨てた。

「今回は場所がスラムで助かりました。片付けが楽なので」

 犬姉が笑った。

「まあ、そうだね。ここだったら、この程度じゃパトロールも動かないだろうし」

 スラムにはスラムのルールがあり、表向きの司法機関が入り込む余地はない。

 まあ、今回はこのくらいにして、ささっと撤収するべきだろう。

 声に出したわけではないが、犬姉もそこは分かっているようで、私たちは足早に車に戻り、犬姉が車を出した。

 スラム街からメインストリートに戻り、一安心したところで、そうそうに研究所に着いてしまった。

「今回の件、ビスコッティさんには内緒にしておきましょう。迂闊に私の存在が見えてはいけないので」

 研究所の車寄せで、犬姉が笑った。

「そうだね。ビスコッティの孤児院に対して嫌がらせしていた輩が、勝手になにか死んだだけ。そうしておこう」

 私は笑みを浮かべた。

「スラムでの殺人など、日常の一コマですからね。では、私はまた引っ込みます」

 私が助手席から降りると、犬姉は車を出しどこかに向かって走っていった。

「はぁ、ビスコッティの孤児院を初めてみたよ。意外とちゃんとしていたね」

 私は小さく笑い、売店で昼食を買ってから研究室に戻った。


 研究室に戻ると、ビスコッティとエリナが仲良くお茶をしていた。

「あれ、師匠。どこに出かけていたんですか?」

 せんべいを囓りながら、ビスコッティが笑った。

「ちょっと散歩。さて、メシでも食うか」

 私は笑って、椅子に座ってサンドイッチを食べ始めた。

 味はまあ、普通といえば普通だ。

「スコーン先生。さっそくゴーレムを錬成したいのですが、材料を購入してよろしいですか?」

 エリナが三枚の書類を手渡してきた。

 材料の発注書、研究費の請求書、特定魔法道具所持許可書だ。

 材料の発注書や研究費請求書は分かるだろうが、ゴーレムは使い方によって危険になるので、所持するためには許可が必要なのだ。

「うん、書類に不備はないね。サインするから待って」

 私は三枚の書類にサインして、エリナに手渡した。

「ありがとうございます。では、さっそく事務局にいってきます」

 エリナが笑みを浮かべ、研究室から出ていった。

「どう、仲良くやれそう?」

 私はビスコッティに問いかけた。

「はい、問題ありませんよ。ところで師匠。なにか、生臭い臭いがしますよ。どこに行ったんですか?」

 ビスコッティが不思議そうに問いかけてきた。

「えっ、臭う?」

 私は慌てて鼻をクンクンさせたが、特に変わった事はないように感じた。

「はい、なにかスラム街みたいな臭いです。ゴミ箱でも漁ったんですか?」

 ビスコッティが鼻をクンクンさせた。

「そうなんだよ。ダストシュートに間違って、大事な書類を放り込んじゃってさ。なんとか回収したけど、臭うならシャワーを浴びて着替えるよ」

 私は笑って、研究室に標準装備のシャワールームに向かった。

「…まさか、こんな時間で臭い移りするとは」

 スラム街にいたのは、三十分にも満たない時間だ。

 その間に臭いが移るとは、少々想定外だった。

 私はシャワーを浴びて、洗濯済みの服に着替えた。

「…いけね。IDも偽造のままだった」

 私は白衣から胸に付けてあるIDを外し、本物は新しい白衣に付けた。

 こうして、私は普段通り椅子に座り、ノートパソコンのディスプレイを開いた。

「師匠、そういえば私も薬草と魔法薬の材料を揃えたいのですが、よろしいですか?」

 ビスコッティが、記入済みの注文書と予算申請書を差し出してきた。

「えっと、なになに…」

 私はビスコッティが書いた書類をチェックした。

「また、ずいぶん買うね。いいよ」

 私は書類にサインした。

「ありがとうございます。これで、変なスカスカ感に苛まれる事がなくなります」

 ビスコッティが笑った。

「それは良いことだね。ここもスカスカだから、機械でも置くか」

 私は部屋が広い事をいい事に、空間ポケットからとりあえずよく使いそうな機械を取りだし、空きスペースに並べてみた。

「うん、いい感じだね。あとで、メンテしよう」

 私は笑い、ノートパソコンに向き直ってカタカタはじめた。

「さて、問題はここなんだよね。うーん…」

 なにしろ、究極の破壊力を持つハッタリ魔法だ。

 このコンセプトは、なかなかやり甲斐がある。

「師匠、私は作業の続きに戻ります」

 ビスコッティがテーブルにあった湯飲みやせんべいを片付け、隣室に入っていった。

「さて、仕事仕事。半分は趣味だけどね」

 私は笑い、ついに呪文を完成させた。

「これ、大規模試射場じゃないと危ないよね。通常の試射場じゃ危なくて使えないし、使用許可を取らないと」

 研究所には、無駄に広い敷地を利用して、戦術級という比較的大規模な攻撃魔法も撃てる試射場がある。

 しかし、私が相手しているのは、さらに上の戦略級攻撃魔法だ。

 絶対に爆発はしない。そういう作り方をしていない。

 だが、万一がある。爆音と光だけで衝撃波の一つも放たれないはずだが、どこかでミスっていたらと考えると、下手な事はできない。

「まあ、最悪の失敗だと、研究所どころか王都も丸ごと蒸発しちゃうんだけどね」

 私は苦笑した。

 それでも、攻撃魔法という性質上、実際に試してみる必要がる。試射なしで完成はあり得ない。

 私は机の引き出しから未記入の試射場仕様許可申請書を取りだし、必要事項を書いてサインした。

 別に急ぐ事はない。あとで、ビスコッティに頼めばいい。

「さて、今日はこんなところかな。今やるべき事は終わった」

 私は一人呟き、棚から取り出したとっておきのバーボンのボトルをとりだしたのだった。

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