第3話 ビスコッティの受難
当然といえば当然だが、各研究室には研究費が、研究所の年間予算から割り当てて振り込まれてくる。
私の研究室にもそれは該当するわけで、レベルゼロとなれば相当額が研究室名義の口座に振り込まれてくる。
遊んでるようで、私もこれで研究は真面目にやっているので、怒られる事はない。
「ビスコッティ、予算足りてる?」
ノートパソコンのキーを叩きながら、私はふとビスコッティに聞いた。
「はい、十分だと思いますよ。よほど高価なものを使わなければ」
荷物を棚に収めながら、ビスコッティが笑った。
「じゃあ、いいや。いやもう、上半期の決算書を書くのが面倒なんだよ。こればかりは、ビスコッティに頼めないし」
私は椅子の背もたれに身を預け、大きく伸びをした。
半期末に行われる研究費の査定作業は、必要な作業を管理者の自分が全てやらないといけない。
これがまた面倒で、領収書の精算やら研究のレポート作成やら…。さすがに慣れたとはいえ、一番嫌で頭を悩ませる作業だ。
「ビスコッティ、領収書ってこれで全部?」
私は後ろで、書類が詰まった段ボール箱を、棚から引っ張り出しているビスコッティに声をかけた。
「はい、領収書は全てです。あとは、研究成果物目録ですが…」
ビスコッティが、私の机に書類の束を積み上げはじめた。
「これだ、これなんだよね。少し、性能をかさ上げして…」
研究費に見合った開発品や魔法であるかどうか。
これが、予算の増額や減額が決まる。
ここはレベルゼロ。この辺りの監査は厳しいが、それなりに不自然ではない程度に性能や成果に下駄を履かせるのが常だった。
「師匠、お茶煎れます」
ビスコッティがケトルに水を入れ、お湯を沸かしはじめた。
「ビスコッティ、エリクサーは何個作った?」
私はビスコッティが作った魔法薬精製実績の書類に目を通した。
「はい、全部で百個です。キリがいいので、そこで止めています」
ビスコッティが淀みなく答えた。
「ちゃんと書いてよ。えっと、エリクサー百個と。これは誤魔化せないな」
私は小さく息を吐いた。
対象者が死んでいなければ、あらゆる怪我や病気を癒やす奇跡の魔法薬エリクサー。
製法が複雑で触媒に使う輝石という鉱物が高いので、どうしても目に付く。
こんなの数字を誤魔化したら一発でバレてしまうので、そこは素直に書いた。
「あとは適当に書いて、最後に帳尻を合わせてマイナスに持っていく。プラスや差し引きゼロだと、予算が削られちゃうからね」
ノートパソコンのキーを叩いていると、ビスコッティがお茶を持ってきた。
「師匠、もう三日寝ていませんよ。そろそろ、休まないと」
ビスコッティが心配そうに声をかけてきた。
「早く終わらせたいんだよ。ところで、このワイン十本ってなに。こんなの通らない!」
たまたま見つけた領収書を、ビスコッティに押し付けた。
研究費を自分の酒代に充て、その領収書を堂々と押し付けてくる。それが、ビスコッティだ。
「えっ、通りませんか?」
ビスコッティが慌てた声を上げた。
「当たり前じゃん。自分で払う事。却下」
私はビスコッティに領収書を押し付けた。
「だ、ダメですか。高くて私の給料では…」
ビスコッティが狼狽した声を上げた。
「知るか馬鹿。研究費を流用するな」
私は冷たく突き放した。
「あ、あの、これは二日酔い治療薬の研究で…」
ビスコッティが食い下がった。
「あのね、十本で百万クローネもするワインで、どうやって誤魔化するの。その辺の安いテーブルワインで十分じゃん。その方が、悪酔いするし」
私はもう一度突き放した。
「あ、あのですね。どうせ飲むなら、美味しい方が…」
ビスコッティは半泣きで、さらに食い下がってきた。
「じゃあ、その研究レポートみせてよ。大体、ビスコッティって、どれだけ飲んでも酔わないじゃん」
私は今度こそ会心の一撃を見まわした。
「え、えっと、それは…。私もう借金が…」
「知るか。イライラしてるのに、変なもんだすな」
私は再びノートパソコンに向かった。
「れ、レポートですね。今書きます。待っていて下さい!」
ビスコッティが慌てて隣室に消えた。
「ったく、前の下半期でも同じ事やったしね。今度は知らん」
私は書類の山を片っ端からひっくり返した。
「えっと、ケッソン元素と魔力拡散による効力の違いか。そんなのやったな。試射場の半分をぶっ飛ばしたけど、いいデータが取れたやつか」
この時は悲惨だった。
想定影響範囲をはるかに超えて、危うく研究所の建物を粉砕する所だった。
怒られたけどそれだけ。ビバ・レベルゼロ。
「まあ、いいや。他にも色々やったな…」
その後、決算書をひたすら書いて終わりが見えてきた時、ビスコッティが隣室から飛び出てきた。
「師匠、これです!」
ビスコッティが私にレポート用紙を押し付けてきた。
「諦めろっていったのに、どれどれ…ブルン地方のワイン。フルボディで肉によく合う…バカ者!!!」
私はレポート用紙を放り投げた。
「誰が食レポ書けっていった。はい、ご愁傷様」
私はビスコッティをぶん殴った。
「こ、これではダメですか?」
ビスコッティが泣きはじめた。
「ダメに決まってるでしょ。ってか、よく見たらワインだけじゃなくて、料理の代金まで計上してるし。えっと、別用紙でビスコッティの給料減額申請しなきゃ…」
本当に私が作業に入ると、ビスコッティが私にしがみついた。
「ダメです、それは容赦して下さい。これ以上減らされたら生きていけません。代わりに、ベッドの上で気持ちいい事しますので」
「バカたれ。二分の一にしてやる!」
私は本当に用紙を書き、決算書の束にねじ込んだ。
「さて、印刷印刷。ビスコッティ、これ以上給料を減らされたくなかったら仕事!」
私はプリンターで完成した決算書を印刷しはじめた。
「だ、ダメです。マジでダメです!」
ビスコッティが私の体をユサユサ揺さぶった。
「特別に減給一ヶ月だけにしておいたよ。最大の半年にされたくなかったら、かき集めて束にして」
私は椅子の背もたれを楽にして、ここぞという時に取っておいた葉巻に火をつけた。
「ああああ、師匠が鬼になった。怒らせちゃった。どうしよう!?」
ビスコッティが泣きながら、プリンターから吐き出される紙をまとめはじめた。
「怒ったわけじゃないんだけどな。因果応報、反省しなさい」
私は笑った。
いつも暇だと遊びにくるリズも、さすがに忙しいようでこない。
ビスコッティは泣いたまま。
この空気は、いかんともしがたい。
しょうがないので葉巻を楽しんでいると、部屋の呼び鈴が鳴った。
「おっ、今のビスコッティは使い物にならないから、私が出るか」
私は椅子から下りて、部屋の扉を開けた。
「こんにちは、ビスコッティさんはいますか?」
部屋にやってきたのは、鬼の事務長と呼ばれて恐れられているトライフルさんだった。
「あれ、どうしたの?」
私は不思議に思って問いかけた。
普通、事務の人がレベルゼロの研究室にくる事はない。
ただならぬ事にビスコッティをみると、泣いて赤かったビスコッティの顔色が青くなった。
「はい、実はビスコッティさんは研究所共済組合から借金をしていまして、分割返済をしているのですが、前回の返済分から期日を三ヶ月も過ぎています。事務としては、これ以上は待てないので、いわゆる取り立てですね」
トライフルさんが笑った。
「この馬鹿…。ビスコッティ、そっちはいいからトライフルさんと話して」
私は動きが固まったビスコッティに声をかけた。
「…はい」
ビスコッティがよろよろとやってくると、トライフルさんが一枚の紙を手渡した。
「給料差し押さえのお知らせです。ダメですよ。無計画な借金は。では」
風のように現れたトライフルさんは、風のように去っていった。
「あーあ…。慰めの言葉もないや」
私は机に戻り、葉巻を楽しみはじめた。
「…師匠、お金貸して下さい。返済しないと」
ビスコッティがよろよろと戻ってきた。
「ダメ。借金で借金を返すな」
私は冷たくいい放った。
「百万クローネです。貸して下さい」
「バカ者。どうせ酒代でしょ。助手の給料は安いのに、貸す方も貸す方だけど」
私は苦笑した。
「師匠だけが頼りなんです。私に出来る事ならなんでもしますので…」
ビスコッティがため息を吐いた。
「ダメなものはダメ。金の切れ目が縁の切れ目になりかねないから、私は一クローネも貸さないよ。さて、お昼だし気分転換に食堂でも行こう」
私は笑った。
「…はい、分かりました。食欲ないですけど」
ビスコッティがため息を吐いた。
少し早い時間なのか、食堂はまだ混んでいなかった。
食券販売機のカードリーダにIDカードをかざして食券を買うと、続くビスコッティでトラブルが起きた。
なんどカードをかざしても、エラー音がなるだけで食券が買えなかった。
「あれ?」
ビスコッティが声を上げた。
「ちょっと待って、オッチャンに聞いてくる」
私はカウンターに行き、立っていたオッチャンに事情を説明した。
「そうか、嬢ちゃんが買えたって事は、機械の故障じゃないとは思うが。みてみよう」
オッチャンがカウンターから出てきて、私と一緒に食券販売機の様子をみた。
「もう一度当ててくれ」
オッチャンは所見販売機の背面を開け、中の様子をみているようだった。
「はい、えっと…」
ビスコッティが再びカードを当てると、やはりエラー音がなるだけだった。
「あー、これは事務局でロックされてるね。もしくはIDカードの不具合かもしれないし、一度みてもらった方がいい。現金はあるか?」
オッチャンは食券販売機の背面を閉じた。
「はい、ありますが…。あっ、買えた」
ビスコッティが券売機に現金を投入すると、素直に食券が買えた。
「ビスコッティ、ご飯食べたら事務局にいこう」
空き席に座り、ワゴンに乗せた巨大トレーをテーブルに置いて、私はビスコッティに声をかけた。
「はい、そうします。このままでは、不便なので」
ビスコッティが不思議そうにカードを見ながら、ぽつりと呟いた。
事務局は三階にある。
レベルゼロの食堂からエレベータで三階に移動すると、大きなカウンターがある事務局に移動した。
ちょうど手すきの事務員がいたので、声をかけて事情を説明すると、さっそくビスコッティのIDカードをチェックしてくれた。
「カードは問題ありません。ビスコッティさんは給料差し押さえ中なので、IDカードの決済機能がロックされています。返済が終わり、給料差し押さえ期間が終了し次第解除されますので、まずはそちらからお願いします」
事務員のまさに事務的な言葉がぐっさり刺さったらしく、ビスコッティはその場に崩れ落ちた。
「あーあ、なんかどこかでそんな気がしていたけど、やっぱりね。現金決済でいいじゃん。使い過ぎもないし」
私はため息を吐いた。
「あ、あんまりです。私が一体なにをしたと…」
それきり、ビスコッティは黙ってしまった。
「わ、分かったから、とりあえず研究室に戻るよ。ほら、立ち上がって」
私は力尽きたビスコッティを抱えるようにして、レベルゼロの研究室に戻った。
研究室に入ると、ビスコッティは私のエリアにある小さなソファに腰を下ろし、小さくため息を吐くだけになった。
「大丈夫、私は知ってるよ。酒代だけじゃなくて、借金こさえても慈善事業をしてるって。助手の動きを知らないで、上司が務まらないでしょ」
私は笑った。
「えっ、知っていたんですか。私がスラム街に孤児院を建てた事を」
ビスコッティが愕きの声を上げた。
「知ってるに決まってるじゃん。助手の怪しい動きには敏感なの。単なる酒代だったら、とっくに放り出してるよ」
私は笑った。
「そうですか。酒代だけにしては、師匠が優しいとは思っていたのですが」
ビスコッティが顔を上げた。
「いくらなんだって、そこまで馬鹿じゃないでしょ。でも、お酒は控える事。単にだらしないって思われるよ」
私は笑みを浮かべた。
「はい、気を付けます。でも、給料差し押さえとなると、維持費が…」
ビスコッティがまたため息を吐いた。
「で、残債はいくらあるの。変なところから借りてないよね?」
私は自分の椅子に座った。
「はい、ここの共済だけからです。利子込みで百二十万クローネほど…」
ビスコッティがさらにため息を吐いた。
「返済の目処も立たずに借りるからだよ。いってくれれば、堂々と寄付出来たのに。百二十万ね。ちょっと待ってて」
私はノートパソコンの画面を開き、書類のテンプレートを呼び出した。
「お金は貸さないけど、だったら自分で稼げばいい。魔法薬学が得意でしょ。お金になる薬を作って売ればいい。って、いっても、禁止薬物じゃないよ。作ったら蹴り出す」
私は書類を作成して、プリンターで印刷した。
「資金難で苦しむ研究者は多いんだよ。でも、予算には限りがあるから増額はできない。そんなときに備えて、特例措置で自分の成果物を外部に売る事が出来る。これは、その許可申請書だよ。私のサイン入りだから、簡単に通るはず。他は自分で書いてね。なにを売るかなんて、私が口出しする事じゃないから。ビスコッティに任せた」
私は自分のサインを書いた書類を、ビスコッティに手渡した。
「あ、ありがとうございます。さっそく、吟味しますね。お金になるもの。エリクサーが一番儲けが出る魔法薬ですが、高すぎて一部の金持ち貴族にしか売れないでしょう。主力は花粉症ですね。今はそういう時期なので。あとは…」
急に生き生きと動き出したビスコッティの様子をみて小さく笑い、私は一声かけて部屋を出た。
途中事務局に寄ってから、エレベータで玄関ホールに下りると、スッと犬姉が私の斜め後ろに立った。
「どうましたか。急にハンティングしたくなったなんて」
犬姉がクスリと笑った。
「まあ、部下が頑張ってるのに、上司が見てるだけっていうのもね。ちょうどいい獲物いた?」
私が問いかけると、犬姉がスッと紙を差し出した。
「王都の禁止薬物を仕切っているボスです。ジョン・カデリータ。偽名でしょうけどね」
犬姉が小さく笑った。
「そっか、よさげな獲物だね。行動パターンは把握してる?」
私は犬姉に問いかけた。
「はい、ヤツはアジトから滅多に出ません。唯一、日曜日にホランズ教の神殿に祈祷に行く時だけは、確実に外出します。護衛は五人。いずれも、手練れです。ですが、日曜は避けた方がいいでしょう。ここがウィークポイントだと自覚しているはずなので、なんらかの対策をしているはずです」
犬姉はさらに紙を差し出してきた。
そこには簡単な地図が描かれ、大体の位置が把握出来た。
「広場から少し外れた公園の大木だね。あそこなら、行ったことがあるし、ちょうどいい感じでアジトが見える」
私は地図を小さな火炎魔法で焼いた。
「分かりました。さっそく準備しましょう。外出許可は取っていますか?」
犬姉が問いかけてきた。
返事代わりにカードを渡すと、私と犬姉は研究所の建物から出た。
「車を用意してあります。いきましょう」
犬姉についていくと、車寄せの片隅にこなれた年式の小型車が駐まっていた。
私は白衣を脱いで後部座席に放り込み、胸にIDとさっき事務でもらった特別外出許可証を胸につけ、助手席に座った。
犬姉も同様にしてから運転席に座り、エンジンを掛けた。
「出します」
犬姉の短い声と共に車はゆっくり走り出し、研究所の正門前で止まった。
守衛に許可証を提示して、正式な手順で研究所を出ると、気持ちスピードを上げて車は市街地の石畳の上をガタガタ走りはじめた。
「時間が早いです。公園という事は、まだ人出が多いはずですが」
車を運転しながら、犬姉がぽつりと呟いた。
「大丈夫。姿や気配を完全に消す魔法があるから。魔力は隠せないけどね」
私は小さく笑った。
「そうですか、便利そうですね。私も欲しいです」
犬姉が笑った。
「そうでもないよ。雨粒が不自然に消えるから雨の日はダメだし、魔力がダダ漏れだから、気が付く人は気が付いちゃうからね」
私は笑みを浮かべた。
車は程なく目的地の公園に着いた。
「まずは散策しようか。時間つぶしに」
私は笑って車を降り、犬姉も続いて降りた。
公園といっても運動公園ではなく庭園のようなもので、都会のオアシスという感じだが、思ったより人がいなかった。
「これなら安心ですね。ところで、得物は大丈夫ですか。目立つからスコーンさんが持ってくると伺っていますが」
犬姉が確認の問いかけをしてくると、私は空間ポケットから、細長いアタッシュケースのような物を二つ取り出した。
「お気に召すか分からないけど、ステアー・スカウトエリートだよ。ちょっとマニアックだけど、軽くていいんだよね」
私はアタッシュケースを一つ犬姉に手渡し、自分も一つ片手にぶら下げた。
「確かにマニアックですね。私は初めて扱います。存在は知っていましたが」
犬姉が笑った。
公園を一通り回って様子を確認したあと、私たちは目標の大木に着いた。
ここで不可視の魔法を使い、二人で木登りしたあと、適当な枝の付け根に陣取って腹ばいになった。
「ここからアジトの出入り口までは二百メートルほどあります。逃げるには十分でしょう」
隣にいる透明な犬姉の声が聞こえた。
「大丈夫。撃ったら、飛行の魔法で車まで逃げるから。それはともかく、様子を伺おう」
私は双眼鏡…じゃなかった、ビノクラでアジトの入り口を観測した。
一見すると小ぎれいなオフィスビルだが、入り口にさりげなく強面のオジサンがうろうろしていて、ここは真っ当な建物ではないと主張している。
これもまた、レベルゼロ研究者の姿。魔法だけでは、王令には応えられない。
「観測代わります」
犬姉の声が聞こえ、私はスコープを覗いた。
今のところ、これといった異常はない。
場合によっては、今日中はここを出ないかもしれないが、それならそれで待つだけだ。
「警備の者に僅かな動きがあります。もしかしたらの話しですが、外出する可能性があります」
犬姉の声が聞こえた。
待つ事数時間、日が暮れてきて今日はないかなと思った時、一台の高級車が滑り込んできて、ビルの出入り口に横付けした。
「…きたな」
チャンスはビルから出てきて、車に乗るまでの数秒間しかない。
その間にターゲットか違う人かを、確認して撃たなければならない。
かなりの高難度だが、そういう訓練を受けているのも、またレベルゼロの研究者だ。
こんな街中で攻撃魔法を使うわけにはいかないし、そんな事をしたら誰がやったかバレてしまう。
魔法の威力は絶大だが、決して万能ではない。
「出ました。ファイア」
いぬ姉の声と共に、ビルから出てきたスーツ姿の男に向かって引き金を引いた。
サイレンサ付きなので音は小さめだが、二百メートルでは銃声が聞こえただろう。
スーツ姿の男が倒れて路面を血で汚しながらのたうち回り、周囲を囲んでいた強面のおっちゃんたちがしくらめっぽう拳銃を撃ちまくりはじめたが、無論そんなものは届かない。
不可視の魔法の効果が切れてしまう飛行の魔法はやめ、素早く木から下りると、私たちは銃を分解してケースに入れ、それを空間ポケットに放り込んでから、ゆっくり公園を歩いて車に戻った。
「スコーンさん、お見事です。あとは、私が始末してくるので、少し待っていて下さい」
犬姉が笑みを浮かべてゴツい拳銃を取りだし、車から降りてビルに向かっていった。
「よしよし、禁止薬物のボス退治完了。定期的に汚物は消毒しないとね」
私は笑った。
しばらく待つと、服を血で汚した犬姉が帰ってきた。
「男の首を取ってきました。これがないと、お金がもらえないので」
犬姉が袋に詰め込んだ物を後部座席の下に置き、人目も憚らず服を着替えた。
「さて、帰りましょう。組織の連中が集まってきて、大騒ぎになっているので」
犬姉はクスリと笑い、車を出した。
生死を問わず、二億八千万クローネ。
ビスコッティが聞いたら、さぞぶったまげるだろう。
行くところがあるという犬姉が運転する車から降り、私は一人で研究所の門を通った。
犬姉の話しによると、現金化するには夜中まで掛かるとの事だったので、一度研究室に戻る事にした。
いつもの白衣に着替え、事務で特別外出許可証を返却すると、エレベータに乗った。
今頃はビスコッティがせっせと魔法薬作り、外部販売の準備をしている事だろう。
大金を手にした私だが、だからといってビスコッティを直接助けるつもりはない。
「師匠、まとまりました。これで、借金は全部返せそうです」
私のエリアにある小さなソファに座り、ビスコッティが書類をペラペラ振った。
「決まったならよし。信用してあらかじめサインしてあるから、そのまま事務局に持っていくといいよ。自分のサインも忘れないでね」
私は笑った。
「はい、分かりました。ちょっと、行ってきます」
ビスコッティが書類を片手に、パタパタと部屋を出ていった。
「さて、犬姉いるでしょ?」
私が声をかけると、犬姉が天井パネルの一枚をずらして降りてきた。
「はい、どうしました?」
犬姉がニコニコした。
「うん、懸賞金は全額ビスコッティの孤児院に寄付して。直接の方が速い」
「分かりました。では、そうします」
犬姉が器用にジャンプして、空いた天井パネルの一枚分の穴に跳び上がり、再び閉じた。
「このくらいはしないと、上司として格好が付かないからね。しっかし、疲れた」
私は椅子の背もたれに身を預けた。
「もう夜か。長いような短いような、そんな一日だったなぁ」
私は窓の外を眺めながら、小さく笑ったのだった。
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