第26話 ウルスラの価値

「ペラルゴ先生、きみがしようとしていることはッ!」

「ユスティーン先生すみませんが、少しだまっていてください」

 ペラルゴ先生が右の人差ひとさゆびをユスティーン先生に向けると、ユスティーン先生は口をぱくぱくさせて肘掛ひじか椅子いすちるようにすわんだ。なにかの魔法まほうでもかけられたのだろうか。ユスティーン先生は音楽の先生で、魔法まほう得意とくいじゃないと言っていた。今かけられた魔法まほうも自分ではけないのだろう。

「ユスティーン先生になにをしたんですか」

「ただの脱力だつりょく魔法まほうですよ。しゃべるのもむずかしくなったはずです」

 ペラルゴ先生は笑顔えがおのままだ。笑顔えがおのまま、だれかを攻撃こうげきできる人、ということか。ウルスラはペラルゴ先生の顔を見ながら一歩後ろにさがった。すると、ランシャンさんがウルスラの両肩りょうかたささえた。

「だいじょうぶよ、ウルスラ君。こわくない、こわくない」

先輩せんぱいは、ペラルゴ先生となにをたくらんでるんですか」

「ふふ……わたしたちね、ウルスラ君の歌が大好だいすきなの」

 ないしょ話でもするようにひそやかにそうげられて、ウルスラはきょとんとした。

「えっ? あ、はい、ありがとう……ございます?」

 ウルスラのかたをぐいっと下にしてソファにすわらせたランシャンさんは、となりにすわって頭をでてきた。

「でもね……あと数年もしたら、君はおとなになっちゃうじゃない? そしたら、君の今の声もわっちゃう」

「そうですね」

「だから、それを止めたいのよ!」

「……え」

 ウルスラは何を言われているのか理解りかいできないでいた。手紙に書いていた、すべてをつたえるとはなんだったのか。

「……手紙のことは?」

 質問しつもんにうなずいたのはペラルゴ先生だった。

「君の信用しんようるために、ヒルタンとランシャンの情報じょうほうをもとにわたしが書いていました。前回、君がひとりでてくれなかったのは誤算ごさんでしたが……さいわい余計よけい信用しんようられたようでかったです」

「ヒルタンをねらってたんじゃなかったんですか?」

「ええ、ヒルタンには協力きょうりょくをおねがいしていただけですよ。ケガもなにもかったでしょう?」

かった……」

 まだ話の流れは見えないけれど、とりあえずそれは本当にかった、とウルスラはため息をついた。

わたしたちの計画に協力的きょうりょくてきでない人が来てしまうと、君をここにとどめておくことができなくなってしまう。カレンさえ気をつければいいと思っていたんですが、一緒いっしょにアテッタがてしまったので、前回は中止になりました。なので今回は一人ひとりで来るようにと書いたのです。ちゃんと一人ひとりてえらかったですね、ウルスラ」

 言葉ではほめられているが、全然ぜんぜんうれしくない。ちっとも動かないペラルゴ先生の笑顔えがおから目をそらす。

ぼく声変こえがわりを止める……どうやってですか?」

「君を長命種ちょうめいしゅにすることによって、です」

 ウルスラは言葉をうしなった。長命種ちょうめいしゅ、つまり司教しきょう様にれっせられるということ? いや、そんな能力のうりょくも、覚悟かくごも、ウルスラにはい。

「……無理むり、です、よ……ぼくには、無理むりです」

司教しきょうになれと言っているのではありません。司教しきょうになっても長命種ちょうめいしゅになっていないかたもいらっしゃるということは、ぎゃく司教しきょうにならなくても長命種ちょうめいしゅにはなれるということでしょう。

 君の歌声を永遠えいえんのこしたい。今すぐ長命種ちょうめいしゅになりたい、と、君の口から言ってくれるだけでいいのです」

「言うだけで、どうなるんですか?」

「その言葉をられたら、わたしたちはここで、自分の命をたてに、君を長命種ちょうめいしゅにするように神を説得せっとくします」

「えぇ……」

 それって説得せっとくじゃなくて脅迫きょうはくって言うんじゃなかったっけ。

「今すぐ……ぼく長命種ちょうめいしゅに……」

 長命種ちょうめいしゅ……神様のために自分の、人間としての生き方をててもいいと思う人だけがなるんだよ。そうカレンは言っていた。セルシアおにいちゃんはもうなっている。サレイ先生もだ。おとうさんはなる気はないと言っていた。みんな、大人おとなになってから決めたことだ。カレンは分からない、大きくなったらなるかもしれない。でも、今すぐなりたいとは思っていないだろう。

 ウルスラだけが子供こどものまま永遠えいえんつづけるのか?

 そんなのは、いやだ。

「……いやです。今はまだ、長命種ちょうめいしゅになりたくありません」

「なに言ってるの! ボーイソプラノは早い子だと十二さいくらいでもう出せなくなる声だってユスティーン先生も言ってたのよ! 今が一番うつくしいの!」

「でもぼくは、大人おとなになりたい。いつかカレンの身長もいて、騎士きしだんの人たちみたいなたよれる大人おとなになりたいんです。声がわっても、歌える歌がわっても、音楽はぼく見捨みすてません!」

「ですが、きみが大きくなると、うた司教しきょう様と同じ声になるだけなのでは?」

 たしかに、今でさえセルシアおにいちゃんにているウルスラは、大きくなったら双子ふたごのようになるかもしれない。今までは、すてきなことだと思っていた。

「それならそれで、セルシアおにいちゃんの代わりに……」

「あの仕事を、君もやるんですか?」

「……」

 うた司教しきょう様の仕事はただ歌うだけではない。人々をやかたまねき、なやみごとを聞いて心をやすこともしている。それがあっての、あの人気なのだ。

ぼくは……その仕事はたぶん、できません……。きっと、それでも、ぼくだって役に立ちます。司教しきょう様が歌えない時に歌うこともできるし、二人ふたりで歌うのもできます。歌声だけが僕の価値かちじゃない。大きくなったら力も強くなるし……」

「そうですか……」

 ペラルゴ先生の声色こわいろわった。ユスティーン先生がウーッとうなり、カタカタふるえはじめる。必死ひっし魔法まほうあらがおうとしているようだ。

「分かってもらえないのでしたら、もう強硬きょうこう手段しゅだんを取るしかありませんね。本当はやりたくなかったんですが……」

「何を……」

 する気なんですか、と言う前に、脱力だつりょく魔法まほうがウルスラにもかけられてしまった。ソファにすわってすらいられなくなって、ランシャンさんのかたにもたれてしまう。かろうじて目だけ動かせる。ペラルゴ先生は、なおも笑顔えがおだ。スルヤと同じタイプの人なのだろうか。

去勢きょせいって知ってますか?」

「!!」

 知っている、りゅうのオスがやられていたやつだ。最悪さいあく。同じ人間にやることじゃないだろ!

 したかったが、声は出なかった。ユスティーン先生の抵抗ていこうはげしくなる。ユスティーン先生は、ペラルゴ先生がこうするかもしれないと知っていてウルスラをがそうとしたのか。ウルスラは、素直すなおにあの時先生の言うことを聞いてげていればかったと後悔こうかいした。ランシャンさんは悪いことをしていると感じているのかドキドキしているけれど、ウルスラのかたをつかんではなしてくれない。ペラルゴ先生がウルスラの前にかがんでくる。

「すみませんね、治癒ちゆ魔法まほうを使えないので、かなりいたいと思います。せめてねむらせて……」

「や、め、ろー!!」

 ユスティーン先生! ユスティーン先生が脱力だつりょく魔法まほうあらがって、ペラルゴ先生にたいたりした。しゃがんだ不安定ふあんてい体勢たいせいだったペラルゴ先生はゆかころがった。

「ウルスラ、くん、に、なんてこと、を! ぼ、くが、ゆるさない!」

 ユスティーン先生はふるえる手でウルスラのひざにしがみついてきた。ペラルゴ先生が起き上がり、やれやれと首をる。

「そもそも、あの声がくなるのはしい、世界の損失そんしつだと言っていたのはユスティーン先生、あなたじゃないですか……」

「それは、そうだけど! 長命種ちょうめいしゅに、なりたい、って言うなら、話はべつだけど! 無理むりやりは、だめだ! ウルスラ君を、きずつけるなんて!」

 先生~! ウルスラはうれしくてきそうになりながら声を出そうと頑張がんばった。しかし、ウーともエーともつかないうめき声が出ただけだった。

「いいかね、そもそも、ボーイソプラノは! いずれひとしくくなるからこその、芸術げいじゅつなんだよ! たしかに、去勢きょせいという道を、えらんだ子もいたと、ぼくが言いはしたけど! 無理強むりじいはだめ! 無理むりにウルスラ君の将来しょうらいをゆがめるくらいなら、ぼくが今ここで自爆じばくして、ウルスラ君と一緒いっしょに死ぬ!」

 せ、先生~?! ウルスラは今度はこわくてきそうになりながら声を出そうと頑張がんばった。

「ウゥー!」

 それなりに大きい声が出た。あとはくちびるしたが動いてくれればいいんだけど!

「ああ、はげましてくれるんだね、ウルスラ君……! ありがとう、一緒いっしょに神にされようね……!」

「ち、がああああう!!」

 バカ! バカだろ! バカですよね!? ウルスラはいかりのあまり自分の血がギュッとめぐるのを聞いた。一気に魔法まほうけていくのが分かる。なるほど、おこればかったんだな。

ぼくは死にたくもないし! 男の子をやめたくもないです! 勝手に決めないで! ぼくの気持ちを尊重そんちょうしてください! 先生たちは、先生でしょうが!」

 ウルスラの一喝いっかつに、二人ふたり大人おとながバツ悪そうに顔を見合わせた時──

「そこまでだよっ!」

 天の光のようにって入ってきた元気な女の子の声とともに、面談室のとびらふたたはじんだ。

「カレン!」

 と、その後ろに、何人もの重そうな足音と、金属きんぞくの音。

「ペラルゴ先生、ユスティーン先生。お二人ふたり監禁かんきん脅迫きょうはく現行犯げんこうはん連行れんこうします」

「ようウルスラちゃん、頑張がんばったな!」

「おとうさん、ガンホムさん……!?」

 入ってきたのはあおよろいと黒いよろいの、世界で一番たのもしい人たちだった。

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